3 俺らと一緒に行かないか?
「ところで。早速依頼を受けたいのですが、本日のおすすめは?」
「喫茶店か何かと勘違いしてない?」
「似たようなものでは?」
「違います!」
リオンさんは何とも言えない表情を見せ、ため息をひとつ。
「まあ、アドバイスを求めてきただけ良しとしましょう。そうだなあ、君にでもできそうな仕事は……、下水道のドブさらい、城壁の破損個所調査、湖周辺のゴミ拾いなどなど。新人さん向けの依頼は各種取り揃えてあるけれど?」
どことなく聞こえは良くとも、要するに街の美化作業でした。
「まじめな話、こういった調査や清掃作業は立派な社会貢献なの。どんな仕事であれ、怪物と遭遇する可能性がある以上、街の業者は積極的にやりたがらなくて。そういうのが全部ギルドへの依頼になるんだよ」
見て、と指差す先には、壁一面を覆うほどの巨大なコルク版。
びっしりと依頼書が張り付けられていました。
そのほとんどが、そういった美化作業の依頼だそうで。
「汚れ仕事は冒険者へ、ですか」
「華々しい怪物退治だけが冒険者の取り柄じゃない。むしろ根底にあるのはこうした社会奉仕活動なんだよ、うん」
「なるほど」
やや得意そうに語るリオンさんは、妹に言い聞かせる姉のようでした。
一通り説明を終え、最後に付け加えます。
「では、これで登録完了です。登録料は銅貨一枚になります」
一瞬だけ時間が凍りつきます。
「……お金、取るので?」
「そりゃあ、まあ。ギルドは慈善事業ってわけじゃないし。……え、あれ、そんな大金ってわけでも」
顔を蒼くさせた私の様子に、リオンさんは焦りを隠せません。
はらはらとした視線に見守られる中、私はポケットから鈍色の硬貨を一枚取り出し、カウンターの上に置きました。
「ではこれで」
「なーんだ、ちゃんと持っているじゃない。びっくりさせないでよ、もう。はあい、じゃあこれで―――は、駄目だね……」
唐突にリオンさんの声調が変わったかと思うと、がっしりと手首を掴まれ拘束されてしまいました。
ドスの利いた声が私を容赦なく責め立てます。
「ギルドはね、公的機関なの。盗んだお金を受け取ることはできないよ」
「な、何をバカな……。こ、これは私の物で」
「知らないの? 銅貨に刻まれた紋章をよく見て。森の妖精が描かれているでしょう? これは人間が扱っていいお金じゃないんだよ」
「う……」
やはりダメでしたか。
いえ、もちろん種族によって使うお金が違うことくらい知っていましたけれど……。
服を手に入れる際に漁った荷物の中には、これしか入っていなかったのです。
仕方なし。
「さっき、道で、拾って?」
苦しい言い訳でした。
「……百歩譲ってそうだとしても、それを受け取ることはしないよ」
「そうだ、換金所の場所をお聞きしても?」
「換金はここでもできるけど。それが許されるとでも?」
許されるはずもないことは、誠実で険しい眼差しが物語っていました。
「ちょっと裏まで来てもらおうか」
「見知らぬ方に連れ込まれるのはちょっと……」
素性を明かし事情を話せば情状酌量の余地ありと言外に譲歩されます。
が、明かせない理由があるのです。
こう見えても、実は私はとある盗賊団の元から逃げ出した身。
万が一、私がこの街に居ることが彼らにばれたら……。
きっと命を狙われるに違いありません。
機会を伺い、チャンスを待ち、策を弄してようやくここまで来たのです。
彼らのところへ連れ戻されるわけには……。
そんなことになれば、私は……。
「アクアマリンはこの辺りじゃ二番目に大きな街だからね。当然、盗人を収容する施設もちゃんと用意されている。それでもいいの?」
「衣食住、揃っているとありがたいです……」
万事休す。
……かと思いきや、思わぬところから救いの手が差し伸べられました。
「なあ、君。俺らと一緒に行かないか?」
「はい?」
「んん?」
背後からのお誘いに、私とリオンさんは同時に首を傾げます。
声を掛けてきたのは、身軽な軽装を纏った快活そうな若者でした。