11 こうなったら自棄でした
スライムが絡むと暴走するとは、これまた厄介な。そのまま放っておくわけにもいかず、私は彼女の手に縋りつき、必死で説得を試みます。
こういう時、決して怒ってはいけません。たとえ相手が聞かん坊だとしても、優しく柔らかく、女神のような微笑みでもって受け入れてあげなくては。
「リンネさん一度冷静に、ね? 話し合いをしましょう」
「しかし、アルル様。ここは急いでこの横穴について調査し、スライムをですね」
「スライムから離れて!」
転瞬、全力で否定を叩き付けます。
「さっきからスライムスライムって。だいたい敵はそれだけじゃないって、さっきあなたが言っていたことでしょう? もっと強くて大きな怪物が出てきてしまったらどうす―――る?」
突然のことです、説教を遮ってリンネさんが飛びかかってきました。
体を捌いて避けるどころの騒ぎではありません。さすがは第二級の冒険者。その瞬発力は、私の目では追い切れません。
「やっ、何をっ?」
彼女に抱きかかえられ、そのまま一緒に横っ飛びに倒れ込みます。
状況を把握するよりも先に、べちゃん、という粘着質な足音が鼓膜を震わせました。一瞬前まで私が立っていたその場所に、巨大スライムが落ちてきたのです。
接近を許していたことに、まったく気が付きませんでした。天井に張り付き、虎視眈々と獲物を狙っていたに違いありません。
「無事ですか、アルル様! さ、走りますよ! こちらへ!」
「ええっ、いやでも、これはっ」
手早く私を助け起こすと、リンネさんはどさくさに紛れて、猛然とトンネルの奥へと駆けていきます。
何故でしょう、奇襲に対して一度距離を取るという行動選択に間違いはないのですが、チャンスとばかりに嬉々と瞳を輝かせる様を見せつけられると、素直に腹が立ちます。
躊躇い、迷い、一度足を止めてしまいました。
このまま状況に流されてしまえば、この緊急事態をギルドに報告できません。報告が遅れれば、それだけリオンさんに怒られてしまいます。
いち早くギルドへ向かわなければ……っ。
そんな焦燥を煽るように、立ちはだかるは橙色の巨大スライム。
地下水道はスライムの巨大ボディの向こう側。どうにかして横をすり抜けて、戻らなければなりません。
「いけるか……」
もらったばかりの新兵器、”黒刀”を正中線に構えます。
応じるように、橙色の巨大スライムはその身を縮こませ、跳躍の前兆を見せます。
トンネル内は水路と違って天井はそこまで高くありませんから、繰り出されるのは直線的な体当たり。予測がつけば、回避も可能なはず。
奴の体液に捕まればアウト。衝突の瞬間核を叩き、そのまま勝負を決めなくては、命はありません。
「……」
「……」
睨み合いの末、じりじりと近づき、両者仕掛ける間合いへ入ります。
場に一発触発の空気が満ちる中、
「―――っ!」
私は回れ右をして、全力で走り出しました。リンネさんに助けを求めて、トンネルの奥へと敗走です。
いや無理。あんなでかいの相手にできない。だって捕まったら一発アウトですよ? チートですよ、チート。
情けなくも背中を見せた獲物へ向けて、巨大スライムは容赦なく触腕を伸ばします。
「ひいいっ」
めちゃくちゃに振り回した"黒刀"の先が、迫り来る触腕をかろうじて弾き、その先端を喰らい潰しました。
しかし、まるで怯むことなくスライムは巨体をのたうち、追い迫ります。
「リンネさん! リンネさん!」
「はい、ここに」
走りながら助けを呼ぶと、リンネさんは走る速度を落として、私と並走し始めました。その横顔に向かって、必死になって叫びます。
「さっさと食べてよ、あれ!」
「いいえ。このまましばらく追われましょう。都合が良いです、わたしにとって」
「利己的な理由に私を巻き込むな!」
涼しい顔してとんだ性悪女です、この人。
「時に助け合い、時に足を引っ張り合う。それこそ冒険者。これこそ冒険の醍醐味。さあさ、心行くまで楽しみましょう」
「だから嫌なの、誰かとパーティー組むなんて!」
仲間。窮地に立たされた時、それはもはや足枷でしかありません。
見捨てるか、見捨てられるか。究極の二者択一を迫るものでしかないのです。
少なくとも私はそういう世界で生きてきて、……今も大して変わりないように思います。
「幸か不幸か、道は真っ直ぐ一本道です。迷うことなく全力で駆け抜けましょう」
「ああもう!」
こうなったら自棄でした。