6 まあ、本人が良いならそれで
腰ぶら下げたランタンの明かりを頼りに、真っ直ぐで平坦な水路を進むこと、しばし。
「そういえば」
「何です?」
やや手持無沙汰になっていた私は、つい前を行く背中に問いかけていました。
「この間の助けてもらった時のこと。リンネさんはどうしてこんなところにいたの? ギルドからの救援依頼を受けて駆けつけたわけじゃないんでしょう?」
十日前、地下水道から助け出された後に聞いたお話です。
ギルドが救援として派遣した冒険者の中に神官服の女性はいなかったと言われ、少々面を喰らったものでした。
もののついでによくよく思い返してみると、確か彼女は私たちが進む予定だった脇道の、その先から現れました。
つまり、私たちが調査依頼を始めるよりも先に、地下水道の中を散策していたということです。
あんなところで独りきり、一体何をしていたのでしょうか。
「何を、といいますか。小腹が空いたのでスライムを探しに。ライフワークの一環です」
「え? でも、小銀を稼ぐつもりならギルドを通さないと、報酬もらえないのでは?」
「空腹を満たすだけなら必要ありません。スライムがそこに居ればそれで」
「……ああ、そうか。文字通り、スライムイーターね……」
どれほど強大な相手だろうとスライムであるなら問題ない、とリンネさん豪語します。
リンネさんの存在そのものが対スライム用決戦兵器。頼もしいやらなんやら。
そういえば、肝心の絡繰りについてはうやむやになっていました。神官が用いる奇跡に起因するもの、と彼女は言いますが、ぶっちゃけ眉唾ものです。
まあ、あり得なくはないのでしょう。焼け爛れた体中の皮膚が元通りになるくらいですから。
加護、祝福、あるいは奇跡と称されるそれらの力を結集すれば、不可能なことなど何一つない気さえしてきます。
しかし、何となくすっきりしません。
「いくら女神様のお力と言えど、そうはならんでしょうに」
万能の力ではないはずです。魔法の行使に魔導書を用いるように、絶大な奇跡の施行には複数の者の祈りが必要不可欠。
たった一人の利己的な願いを毎度のごとく聞き届けてくれるような気前の良い神様など、存在しないのです。
リンネさんの胃袋が異様に丈夫なことは、ひとまず例の祝福に起因するものだとして……。
何か他に、絡繰りがあるような気がします。私の知らないその知識は、この先きっと役に立つはず。
この際とばかりにしつこく問い質すと、リンネさんは意外にもあっさりとタネを明かしてくれました。
「あらかじめスライムを食べておけば良いのです」
「んん?」
「スライムの体液は、スライムの持つ溶解力に対して強く、中和して無毒化させる性質を併せ持ちます。人間でいうところの胃粘液と同じ役割を持っている、ということになるのでしょう。効力はまったく違いますが」
「えっと……つまり、あらかじめスライムを捕食しておけば、スライムを食べられるようになる、と。……え、どういうこと?」
訳が分かりません。
「スライムが物を溶かすと言っても、それはあくまで獲物を捕食するためであって、肉体が常に溶解力を保持し続けているわけではありません。そんなことをすれば、周囲を溶かし続けることになりますから。その仕組みは人間と同じです。物を食べ、消化しようとするから消化液が分泌されます」
「それじゃあ、その前に核を潰してしまえば、あの巨大スライムでも無傷で倒せるってことなんだ?」
「理屈の上ではそうなります」
私の質問にリンネさんは頷きを返し、先を続けます。
「まず無害なスライムの体液を体内に取り込み、内臓をコーティングしてしまうのです。こうすることで恐ろしい溶解液を含んだスライムでも安全に捕食することができます」
「ほほう」
なるほど、納得です。
が、ひと言申さずにはいられません。
「え、そこまでして食べたいの、スライム?」
「当然です」
「当然なんだ……」
「スライムはいい。ほんのり甘くてすっきり爽やかな食感は、一度食べたら病み付きになりますよ、うふふ」
リンネさんは恋を語るように薄く頬を染め、夢見るように瞳を輝かせます。
「わたしはいつか教会を出て、冒険者として世界中を旅して回り、これぞという逸品スライムを見つけ出すのが夢なのです」
「これまた大層な志しをお持ちで」
皮肉ではなく、とても壮大だと思いました。
冒険者というより美食屋? いいえ、偏食家というべきでしょうか。
「スライムはどこにでもいます。おかげでわたしは、世知辛いこのご時世にあっても飢え知らず。まさに女神様が与えてくださったご加護と言えるでしょう。心から感謝です」
「……」
語られる荒唐無稽な話のあまり、返す言葉も出てきませんが……。
まあ、本人が良いならそれで。