4 いっそのこと
「それじゃあ、地下水道の調査の案件はまだ継続しているんですか?」
呼ばれてやって来た受付カウンターで、リオンさんからそんなお話を受けました。
あれから既に十日。とっくに別の冒険者に仕事を奪われたものと解釈していましたが……。
「うん、普通は失敗扱いになるんだけどね。今回は特別。手の空いている冒険者にはこの話を回すようにって、上から指示があったし」
「それならなおさら」
「それがねえ。説明した通り少ないんだよ、スライム討伐を快く請け負ってくれる腕利きの人って」
「はあ」
リオンさんは困り顔で愚痴を零します。
……困っている、んですよね? なんだかお花でも飛んでそうなくらい、緩んだ顔してますけど彼女。いいことでもあったのかな?
さておき、地下水道の件です。
わざわざ中堅以上の冒険者に絞って話を通しているとのことで、要は新人には任せられない案件。
それだけ大ごとになっている上、未だ事態に収拾がついておらず、調査すべき事柄がまだ残されている、と……。
「それじゃあ、クランさんとマインさんはまだ?」
行方不明扱いだった、剣士の少年と尻尾の生えた獣人の少女のことを想います。
「それが……。実はついさっき報告があってね、剣士の子の死体が確認されたみたい。死者二名、行方不明者一名」
「んん……」
二人の無事を祈っている最中だっただけに、思わず喉を唸らせてしまいます。
「例の巨大スライムについても、いくつか目撃証言が来ているの。つまり、君たちが倒したのとは他の個体も地下水道に紛れ込んでいるみたい。ギルドもさすがに無視できなくなって、正式な調査隊を派遣せよ、との指令がでたの。アルルさん、君にも」
「そりゃあまあ、当事者ですからねえ……」
地下水道に向かったパーティーで、現状動けるのは私だけ。担ぎ出されても仕方なし、という気持ちはあります。
しかし……。
「あの、つかぬ事をお聞きしますが。どれだけ危ない目に遭ったか分かります? もう一度行けと言うのですか?」
「うん……、ぶっちゃけ、強制はできないなあ」
カウンターに身を乗り出し、あえて真を問うと、リオンさんはへにゃりと眉尻を下げて、実に曖昧な笑みを見せました。
「ただね、一度受けたクエストはきちんと完遂させないと、君の経歴に傷がつくと思う」
「別にそれくらい構いやしないんですけどね」
ついつい、軽く鼻を鳴らして腕を組んでしまいます。
名誉ある死よりも、わが身の安全が最優先。そもそも傷つくような名誉じゃないでしょう、掃除屋って。
「意地悪でごめんなさい。でもね、こうした案件は冒険者本人に決定権があるの。私からやめるよう促すことはできないんだ」
そうは言いつつ、微妙な表情が如実に語っています。危ないことは止めるように、と。
彼女は味方してくれるようです。
「つまりね、君が辞めようと思えばやめてしまっても構わないの。晴れてこのクエストを失敗してしまいました。ああ、とても残念でなりません。では、次はどういった掃除依頼にいたしますか? よりどり見どり取り揃えておりますよ?」
砕けた調子で事務的対応を取られ、私はどうしたもんかと唇をすぼませます。
「何というか、そこまで開き直られると、こう……いいのかなって」
「良いも悪いもないよ。規定に従い、失敗扱いにしただけ。そして失敗をいつまでも悔やんでいても仕方ないでしょう? 別の依頼を受けてもらえるよう、仕事を斡旋する。私は私の仕事を、君は君の役割を、それぞれやり遂げようとしている。それだけ」
「物は言いようですか」
「言ったもの勝ちとも言うじゃない?」
リオンさんはにこやかに微笑み、年下の妹を心配する姉のような眼差しで、私を見つめます。
「良いと思うよ、わざわざ危ない目に遭わなくたって。それにこういうのには専門家がいるから」
リオンさんは視線で神官の女性を指します。
「この間助けてもらったんだし、自己紹介は済んでいるかな? この人はね、冒険者となって以来数々のスライム案件を請け負ってきたベテランの冒険者なの。二つ名を〝捕食者を喰らう者〟。言ってしまえば君の先駆者ね」
「いつから私はスライム専門になったんです?」
きっとそれは、掃除屋なんて不名誉な二つ名を冠したその時から。
リオンさんは、私とスライムイーターさんを交互に見、そして提案します。
「いっそのこと、二人でチームを組んでみたらいかがでしょう?」