3 あらあら、うふふ♪
「いや、えっとですね。アルミウェッティさん……」
一瞬流されそうになったが、適当にスルーしている場合ではない。冒険者が依頼を途中で投げ出すなど、あってはならないことだ。
リオンは眉根を寄せて、言って聞かせるように語調を強める。
「あのですね、そういうことをされてはギルドの信用問題に関わります。仕事斡旋してもらえなくなりますよ?」
一応注意を促すものの、正直大した効果を期待しているわけではない。彼女の奇行は今に始まった話ではないのだ。
正直、新米冒険者を相手にするよりもよっぽど厄介な存在である。
リンネ・アルミウェッティ。
街の教会に仕える神官であり、第二級の実力を認められたベテラン冒険者。
彼女について特筆すべきは、その二つ名である〝捕食者を喰らう者〟が示す通り、下等怪物のスライムを好んで討伐しているという特異性だろう。
聞いた話でしかないが、その戦闘技術は強烈なもので、パーティーを組んだ冒険者たちが皆気を病んでしまうほどだとか。
おかげで彼女はギルドの中で噂の的であり、人気があるはずの神官職でありながら、必然ソロで活動することが多い。もっとも、本人はそれを気にした風ではないが。
「先日のように勝手に地下水道を練り歩かれては困ります。……まあ結果的に助けられはしましたが」
先日起こった地下水道での騒動。救援へと駆けつけた者の中に、何故か彼女が混じっていたらしい。
リオンが援軍として送り込んだのは、まったく別の冒険者だったはずなのに。
一体何をどうすればそんな間違いが起こるというのか。
リオンは小一時間ほど問い詰めてみたが、結局頭を悩ませるだけ無意味だと思い知らされるだけだった。
変わり者は、いつでも常識の外側を歩いている。
だからと言って、注意しないわけにはいかないのが、受付嬢という仕事の辛いところだ。
「ああいったことは正規の手続きを踏んで、依頼を受け、きちんと報酬を受け取ってやってください」
つらつらと小言を挟みつつ、リオンは金貨計算機を操作して報酬金を引き出し、リンネへ手渡す。
「これ、その時の分です。規律違反なので少ないですが」
「どうも」
「そしてこれを」
リオンは選り分けた依頼書の中から一枚を手に取り、リンネへ差し出した。
「お願いできますか?」
縋るように見つめる中、リンネは書面に視線を走らせる。
「地下水道の調査依頼ですか。調査関連は新人に回した方が良いのでは?」
「そうは思っていたんですが、どうにも様子がおかしくて。それを含めて調べていただきたいんです、〝捕食者を喰らう者〟と名高いあなたに。詳しい話をしても?」
「ええ、受けましょう。地下水道にはスライムがいますから」
「やっぱりそれ基準なんですねえ……」
おかしな前置きで牽制しなくとも、最初からそれを前面に押し出しておけば即解決だった。
そのことに気づき、リオンは徒労に終わった心積もりをため息とともに吐き出した。
「まあ詳細と言っても、スライムイーターさんも既に関わっている事案なので」
リオンは、十日前の救出劇までの大まかな経緯と現在までにギルドへ上がっている報告について説明し、最後に今回の依頼内容を伝える。
「要するに、例の巨大スライムはもう本当にいないのか、調べてもらいたいんです」
どこからともなく、街の地下へ現れた巨大なスライム。
リンネが単独にてこれを討伐したので、それは良しとして。早急にその後の調査と、原因の追究を行う必要がある。
強力な怪物は果たしてどこから街の地下へ潜り込んだのか。
少し前に見習い冒険者が報告してきた、スライム大量発生との因果関係はあるのか。
調べるべき案件は多い。
「討伐だけならともかく、今回一人だけというのもちょっと。せめてもう一人か二人と思うのですが、うーん……」
「わたしはいつも通りソロで構いません。むしろその方が気楽です」
「……ふふ」
唐突に吹き出したリオンを見て、リンネは不思議そうに瞳を細めた。
「ああ、失礼。最近似たような発言を耳にしたと思って」
考えてみればそうだと思う。リンネはどこか、例の彼女を彷彿とさせる。いや、逆だろうか。
新人ながら生意気にもソロ活動を好み、それでいてなかなか冒険に出ようとせず、安全に冒険者生活を楽しもうとする変わり者。
どこか臆病で、何か隠している風もある、とても賢しい見習いの少女。
もしも彼女が冒険者として立派に成長したならば、きっとリンネのような変わり者になるに違いない。
と、
「あ」
雑多な思考が途中で途切れる。
たった今ギルドに入って来た少女を目にして、リオンは人知れず小さく息を飲み、
「……あらあら、うふふ。ああ、そっかそっか。さすが私の見込んだ冒険者♪」
胸中に渦巻いていたもやもや全部を笑顔に変えて、口元を盛大に緩くした。
依頼書のなくなった掲示板の前で戸惑う彼女へ向けて、大きく手を振る。
怪訝そうにしながらこちらへやって来た見習いの少女に、ギルドの受付嬢としての顔を作り直し、柔和に微笑みかけた。
「久しぶりだね。待ってたよ、アルルさん」
アルルは、隣に立つ神官の女性を気にしながら、おずおずと顔を上げ、言った。
「あの。掃除の依頼があれば」
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