2 リンネ・アルミウェッティ
冒険者家業は決して真っ当な仕事ではない。ギルドの受付嬢たるリオンも、そのことは重々承知の上。そのはずだった。
今しがた後輩から言われたことを反芻し、しばし思いに耽る。
頭では分かっていたのに、いつの間にやら新米に対して口を挟んでしまうほど、冒険者に干渉していた事実がある。
そして、見習いの彼女へはより明確な意図を持って、皆が嫌がる依頼を押し付けていた。
この三か月、溜まることのなかった依頼書の束が何よりの証拠だ。
それと自覚し、しっかりと反省してなお、憂鬱な想いばかりが口を突く。
「死んでしまったのならそれまで。大怪我して再起が望めないなら諦めもつく。けれど、擦り傷程度で済んでしまったと聞くとなおさら……」
「不幸中の幸いじゃないですか」
「場合によってはそうじゃない。動く体があるのに心は死んでいるだなんて、想像を絶する葛藤よ。あの子が今まさにその渦中にいるんだと思うと……」
普段は胸の内にしまっておく愚痴が、次から次へと溢れていく。やるせない想いは募り、思考を鈍らせるばかりだ。
そんなリオンを見かねてか、後輩の受付嬢はジトッとした半眼を作り、ぶっすりと釘を刺した。
「先輩。さっきはああ言いましたけど、励ましに行ったりしたら駄目ですからね?」
「とっても行きたいけれど、無理よねえ」
リオンは隠すことなく本音を吐露し、背もたれに身体を預けて高い天井を仰ぐ。どうせしまっておけないのだ、この際我慢するのは止めにした。
「都合の良い冒険者を失って落ち込むのは分かりますが……。あんまり組み入るなっていう、良い教訓になったんじゃありません?」
「あーあ、残念。良い娘を見つけたと思ったのに……。どうしようかな、この大量のお掃除案件」
大きく伸びをしながら、大声で愚痴る。後輩のことをとやかく言えないくらい情けない姿を晒して、澱のように募るストレスを発散する。
いい加減、切り替えなければならない。
手元に山積みになっている問題を、このまま放置しておくわけにはいかない。最悪上層部に報告し、ギルドお抱えの職員を動かして、依頼を片付けるしかない。
きっとまた上司にどやされるだろう。それだけならいい。一番の問題は地下水道だ。
報告にあった巨大なスライムの件を踏まえ、死亡者まで出したとあっては調べないわけにはいかない。
ただ、話を聞く限りこれは高難易度の怪物討伐案件だ。
新人に任せれば二の舞になるが、スライムが相手となると中堅以上の冒険者は見向きもしない。
手の空いている冒険者に片っ端から声を掛けてはいるものの、望んだ成果は得られず。
この手の案件を処理してくれそうなベテラン冒険者は、もはや一人しか思い当たらなかった。
「そんな奇特な方がまだいるんですか?」
「見たことなかったけ? この町出身の第二級冒険者よ」
「二級! でも、ベテランが進んで協力してくれる案件じゃないですよ、これ?」
「普通はそう思うよね。けれど、彼女は特別なの。スライムが関わる案件ならきっと喜んで―――ん?」
その時、ギルドの扉が開いた。
たった今入ってきた女性冒険者に気付き、リオンはぱっと顔を明るくする。
「噂をすればねえ、ふふ」
人気のない酒場を抜け、マイペースにこちらへやって来るのは、黒を基調とする神官服を身に纏った若い女性。
不意に目が合い、薄く微笑みを見せる。しずしずとした足取りでカウンターへやって来きた神官の女性は、開口一番こう告げた。
「スライムをひとつ」
「何度も言いますが。定食屋じゃあないんですけど、ここ……」
リオンは、やや呆れ顔で首を傾いだ。
神官の女性は「つい癖で」と謝罪をひとつし、言い直す。
「スライム討伐の依頼を受けたいのです。どうやら掲示板には一つも貼り出されていない様子。あなた方が隠し持っているに違いないと」
「人聞き悪いなあ……、誰も受けてくれないから回収しただけですよ」
リオンは呆れ半分といった笑みを零しつつ、手元に依頼書の束を引きずり寄せた。
スライム案件の依頼書を選り分けながら、何となく世間話を振る。
「それにしてもお久しぶりですね、リンネ・アルミウェッティさん。王都での捜索依頼でしたっけ? もう片付けてしまうとはさすがです」
送られた世辞に対して、リンネと呼ばれた神官は静かに首を振り、
「いえ。スライムが出そうにないので早々に引き上げてきました」
「あ、さいですか」
至極当然のような顔してそうのたまうものだから、リオンは思わず次の言葉を見失ってしまった。




