表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
スライムイーター ~捕食者を喰らう者~  作者: ユエ
2話 捕食者を喰らう者
23/79

17 初めての冒険の顛末


 

「ああ、良かった無事だったんですね。他の二人はどこに? はぐれてしまったのですか?」

「……」



 特徴である長い耳がピクリと揺れて、こちらの呼びかけに反応を示します。

 が、瞳は焦点があっておらず、表情はどこか胡乱気で、足元は覚束ず、見ていて酷く不安定です。


 何かあったことは間違いありません。



「実は私たちも襲われて。何があったのか詳しく聞かせて―――」

「もし。それから離れてください」



 静かな警告。


 次いで、ひゅっ、という風切り音。


 欠片ほどの容赦もなく木刀が振り下ろされ、私の眼前でリーフさんの頭部をかち割りました。



「……え?」

「はっ!」



 あまりの出来事に、絶句。


 そうしている間にもスライムイーターさんは追撃を加え、リーフさんのわき腹を強打。華奢な身体を凄まじい勢いで吹き飛ばしました。


 背筋を震わせる、ぐしゃりという音。壁に叩きつけられた時と地面に落ちた時とで、計二回。


 絶対夢に見るやつですよ、これ……。



「な、な、なん……っ」

「落ち着いて」

「なにしてんの!」



 悪鬼羅刹の如き所業を痛烈に非難しながら、急ぎ倒れたリーフさんに駆け寄ろうとします。


 が、スライムイーターさんは私の動きに先んじて、がっしりと私の肩を掴んでいました。



「よく見なさい」

「な、なに、を……?」



 語調強めにぴしゃりと言われて、浮き足立っていた気持ちが一気に静まり返ります。

 冷や水ぶっかけられたというのはこういうことでしょう。


 そして、はっきり醒めた眼で改めてリーフさんを見て、



「……うっ」



 疑問よりも先に吐き気を催しました。


 あろうことか、割られた頭部からずるりと中身を露出させながら、リーフさんは身体を起こそうともがいるのです。


 あまりのおぞましさに一歩身を引きます。

 後ろにいたスライムイーターさんにぶつかる形で抱き止められました。



「手遅れだったようです」

「手遅れって……」

「彼女はスライムに寄生されてしまったのです」



 スライムイーターさんは冷えた声色で淡々と言葉を発します。

 「見てみなさい」という指示なので仕方なく、私は嫌々リーフさんの方に視線を戻します。


 ひしゃげた頭部からずるっと滴り落ちたのは、粘り気のある体組織。

 見紛うことなき、スライムです。


 血液を多分に含み、赤黒く染まったスライムは、ずるずるとその身を引きずりながら、再びリーフさんの肉体へ戻ろうとします。


 目、鼻、耳、口。


 穴という穴からスライムが滲み出ては、また体内へ引っ込み、リーフさんの手足が壊れたように痙攣します。



「なん、なの。あれは……っ」

「スライムの核はああして作られます。スライムは繁殖の際、人や獣の中に肉体の一部を寄生させ、宿主を乗っ取るのです。そして肉の身体を栄養素にし、内側から徐々に溶かして大きく成長していく」



 言葉が出ませんでした。


 私が嬉々として首から下げていた物の正体は、つまり……。



「ううっ」



 堪らず隅っこへ駆けて行って、膝を折ります。


 口元を押え、臓腑を押し上げる横隔膜を収めようと深呼吸を繰り返せば、噎せ返るほどの血と臓物の匂いが、地下水道を流れる生活排水のそれと混ざり合い、嗅覚器官に多大なダメージを与えます。


 濃厚な空気が渦巻いているようでした。

 ぶっちゃけ、人死なんて飽きるほど見てきたつもりですが、慣れるようなものでもないようです。



「怪物が獲物を捕らえる目的は二つに一つ。捕食か繁殖か。スライムもそうだというだけの話です」



 スライムイーターさんの声が、不思議と木霊のように頭の中で響き、ぐらぐらと脳みそを揺らしてくるようです。 



「ここまで浸食されてしまえば、もはや"女神の祝福"があっても救えません。せめて安らかに」


 

 懐から取り出したのは、先と同じ水薬の入った小瓶。



「中身はわたしが調合した、対スライム用の聖水。要するに、彼らにとっての猛毒です」



 宙へと軽く放った小瓶は、リーフさんの足元で音を立てて砕け、中身をぶちまけました。

 

 本能からか、スライムはそうと知らず、触手を伸ばして水薬を体内へ吸い取り……、



「――――――――――――――――――――――――っ!!!!」



 瞬間、水路内にこの世の物とは思えない絶叫が迸りました。


 最悪なことに、人の悲鳴、そのものでした。


 リーフさんが痛みに呻き、喉を震わせ、叫んでいるのです。

 ひしゃげた頭部を振り乱し、死んだ体を仰け反らせ、スライムのようにその身を弾ませます。



「まさか、まだ意識が……?」

「当然です。母体が死んでは寄生できませんから」



 信じられないと首を振ると、スライムイーターさんはまたもあっさりと肯定してのけました。 



「スライムを産み育てるわけではないのです。身体を浸食され、意識を乗っ取られる。母体は徐々にその自我を無くしていき、やがてスライムとして生まれ変わる。それがスライムに捕食された者の辿る末路です」

「……」



 言葉を失い、呆然と思い返します。


 もしもあの時助けてもらわなければ、私も、リーフさんのように……。



「運が良かったですね。女神様に感謝いたしましょう」



 褒め言葉じみた酷い皮肉に、私は何も言い返すことはできませんでした。






 重傷者    一名

 行方不明者  二名

 死者     一名



 それが、私にとって初めての冒険の顛末でした。

 




★  ★  ★

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
読了、ありがとうございました。
感想・評価いただけると嬉しいです! 最新話ページの下部にあります!
― 新着の感想 ―
[一言] スライムの核ってそうやって出来てたんだ…。だとすれば、街にいる小さなスライムはネズミなんかの成れの果てなのかな…? リーフさんの苦痛は想像もつかない…辛い現実でした。行方不明者二名はクランく…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ