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スライムイーター ~捕食者を喰らう者~  作者: ユエ
2話 捕食者を喰らう者
19/79

13 VS 圧倒的な脅威


 

「―――帯びよ、炎。集え、猛火の精霊。大気を喰らいて成長し、我に仇名す敵を討て!」



 絶体絶命の中、軽やかに紡がれる詠唱。オリビアさんの手のひらに火の玉が生み出されます。


 呪文が繋がるごとに炎が勢いを増し、完成した〝火球(ファイアボール)〟の魔法。

 一直線に放たれ、巨大スライムを直撃します。


 スライム相手に火炎系統の魔法は効果的な一撃、そのはずでした。



「なんで、効いてないわ!」



 オリビアさんが悲鳴のように叫びます。

 敵を焼き尽くすはずの炎は、しかし巨体に飲まれて鎮火してしまい、彼の者の命に届きません。


 返す刀で反撃が来ます。鋭い槍の如く触腕を伸ばし、巨大スライムは二匹の獲物を捕えようとします。


 どうにか回避できたのは私だけでした。



「ぐ……っ、いやっ、離して!」



 魔法の反動でわずかに動きが鈍っていたのでしょう。

 オリビアさんは逃げ足を掬われ、あっけなく転倒。為すすべなく、巨大スライムの身の内へと引きずり込まれていきます。



「あ―――っ、ぎぃいいいいいああああああああああああああああっ!!!!」



 身の毛もよだつ叫喚が弾けました。


 半壊した装束など何の役に立ちません。あっという間に溶かされ、晒された素肌が強力な酸に包まれます。

 全身の皮膚を焼かれ、肉を溶かされ、じゅううっ、と白い煙を上げながら、オリビアさんが消化されていきます。



「う、ううっ、こんのー!」



 見捨てて逃げる。そうすべきでした。


 武器が通らず、魔法も通用しない。そんな怪物を相手にできることなどありはしない。

 頭ではよく分かっていて、それでも足は自然と前に。


 やけっぱちでした。



「これでも、喰らいなさい!」



 手元に残っているのは、ギルドから贈呈された掃除用具ひとつ。もう賭けるしかありません。


 接近と同時に送風口をスライムの体内へずぶりと突っ込み、出力最大で引き金を引きます。

 生み出された突風は核を直撃し、もの凄い勢いで身体の外へと吹き飛ばしました。すぐ向かい側の壁にべちゃりと叩きつけられ、水路を流れる水の中へ落ちていきます。



「や、やった?」



 これぞ、ビギナーズラック。束の間、湧き上がる歓喜に任せて握った拳を振り上げました。


 中心の支えを失い、どろりと溶け崩れたスライムの肉体の中から、溶けかけたオリビアさんを引っ張り出します。



「しっかり!」



 衣服はなく、肌も焼け爛れ、素手では滑って抱えて持つことは困難です。


 私は小刀でワンピースの裾を引き裂き、即席の紐を用意します。オリビアさんの脇の下に通し、そのまま引きずります。


 幸い、水路は石畳で整えられているので、私の腕力でも何とか引っ張れました。

 多少お尻が削れたところで焼け石に水です、気にせず全力で引きずって逃げます。


 私の体力を考慮しても、とにかく彼女を安全な場所まで引っ張っていって、助けを呼びに行くしかないでしょう。


 果たして間に合うのか。既に意識はなく、ひゅうひゅう、とか弱い喘鳴を零すばかりのオリビアさんを横目に、最悪の結末が脳裏を過ぎります。


 ひとつの命の瀬戸際で、必死に抗う私とオリビアさん。きっと、これは乗り越えるべき試練のひとつに違いありません。


 辛く、苦しく、悲しく、厳しい。けれど、必死に頑張ればどうにかできる。そういう類のものを、意地悪な女神様あたりが用意しているだけなのです。


 己の命を賭して冒険に挑み、傷つきながらも勝利を手にして帰還する。それはまさに、話に伝え聞く"冒険者"そのもの。

 

 今日のこの日の冒険譚を肴に、乾杯の音頭を打ちながら、皆で豪快に笑い合う。それでこそ、真に命を張る意味がある。

 そんな時間を夢見るからこそ、ここで諦めるわけにはいきません。諦めるわけには、いかなかったのです。


 しかし。


 ……―――べちゃん。


 という、不快な粘着音が私の耳に届いてきました。理不尽にも、行く手を阻む者が現れたのです。

 

 先程倒した巨大スライムでした。



「な……っ、復活早すぎ!」



 吹き飛ばされた核が落ちた先は流水。スライムにとってこの上ない養分。


 つまりは、絶望的に運がなかったのです。



「これが天罰……っ」



 だとしたら、女神様は随分陰険なお方に違いないでしょう。

 よりにもよって、動けるのが私の方とは。迫られた命の選択を選ぶ権利が、私の方にあるとは。まったく笑えない冗談でした。


 クリーナーの送風口を向けますが、所詮はかっこばかり。不意打ちは、初手だからこそ通じるものです。

 事実、巨大スライムは少し距離を保ったまま油断なく構え、こちらの出方を伺っています。驚いたことに、知性があるのです。


 大量の水分を吸収してでっぷりと水気に富んだ巨体が前方を塞ぎ、わずかな隙間もありません。


 ―――……万事休す。


 まるで、私の心が屈するのを待っていたかのように、スライムは巨体を瑞々しく震わせました。

 そして、私たち目掛けて跳び上がり、



「―――……っ。……え?」



 瞬きする間に、跡形もなく消え去ってしまいました。



「一体、何が……」



 私は唖然として呟きを漏らします。すぐ目の前には、スライムの代わりに神官服の女性が立っていました。

 

 怒涛の如く押し寄せる混乱の中、脳内ではつい今しがた瞳に映した光景がフラッシュバックします。


 スライムの巨体が襲い来る刹那、突如背後から飛び出してきた彼女は、私たちを庇ってスライムの眼前に立ちはだかりました。


 そのままスライムの餌食になるはずだった女性は、しかし健在。

 巨大スライムの核だけが空中に残され、地面に落ちて潰れたような鈍い音を響かせました。



「わたしの前で女神様を愚弄しようとは。良い度胸ですね」



 はっ、として忘却しかけていた時間の概念を引っ張り戻します。


 神官の女性が私を真っ直ぐ見つめていました。

 

 

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