11 ろくでなしの少女
「そんな生活に嫌気がさして。新しい自分になりたくて。とある日、急襲作戦の実行部隊に志願して、仲間を裏切り、騒ぎに乗じて逃げ出しました。おかげで、今は毎日楽しいです」
「……分かってるの、あんた。自分が何言っているのか……っ」
「単なる身の上話ですよ?」
「こんな……、許されることじゃ……、ギルドに報告したらあんたは、冒険者どころの話じゃなくなる。この街から追放されるわ!」
脅しに対し、私は肩を竦めます。
「こんな与太話、信じる方が嘘でしょう?」
オリビアさんの顔色が激変します。
「よ、与太話って……」
「証拠は何にもありません」
「……」
オリビアさんは今度こそ黙りこくり、無言で私を睨みつけることに専念したようです。
非難の眼差しで抗議し続けることしばし。
「……で、どうしてあんたは冒険者になったの?」
気勢の削がれた声調で、先の質問を繰り返します。
「どうして、そこから逃げ出そうと思ったのよ?」
「盗賊団での私の主な役割は、捕虜の世話係だったんです。そこで同い年くらいの女の子に普通の世界についていろいろと教えてもらって、少し興味が沸きました。ここでなければ、盗賊なんてやめてしまえば、私はもっと楽しく生きていけるんじゃないかって」
「……それじゃあ、あんたはその盗賊団を自分の手で捕らえるために冒険者に?」
「そんなまさか」
慌てて首を振ります。それはとんでもない誤解です。
「そんなの行政に任せるべき案件ですよ。言ったでしょう? 新しい人生を手に入れたかったんです。過去の一切を捨て去って、きれいさっぱり、まっさらな自分になって」
聞いた途端、オリビアさんは再び爆発します。
「そんな、こと……できるわけないでしょ! 馬鹿じゃないの!」
「そんなことありませんよ。頑張ります」
ギリッ、と奥歯を噛みしめるような音が響きます。
湧き上がる怒りを抑え込み、オリビアさんは私に問います。
「罪を、償う気はないの?」
「いつか女神様が裁いてくれます。ええ、きっと」
そうとでも思わなければ前に進めない気がしたので、細かいことはひとまず棚上げしています。
ろくでもない場所で生まれ、ろくでもない仲間たちに育てられてきたのです。ろくでなしなのは十分自覚できています。
「だから今私はきっと、その運命に抗っている最中なのです。少しくらい大目に見てください」
そんな本心を伝えると、オリビアさんは苦心を強いられたような表情で、最大限の侮蔑を叩き返してきました。
「腐ってるわね、あんた……っ」
「ふふ、今のうちに見捨ててもいいんですよ?」
どうしますか? と問い返すと、オリビアさんの険しい眼差しがわずかに揺らぎました。
「私は……」
仏頂面でイライラと舌を打ちながらも、一度大きく息を吸って、深々と吐き出します。
「クランとリーフ。あの二人ね、付き合い始めたんですって。最近のことよ」
いつもの冷静さを取り戻した声で、赤裸々に身内の暴露話を始めました。
「狙っていた男を取られて悔しいのは分かりますけど。私に愚痴を言ってもどうにもならないでしょうに」
「別にそんなんじゃ……そうかも知れないけど。でも本当にそれだけじゃなくって」
内心の苛立ちを誤魔化すように前髪を掻き上げます。
「……まあでも、私なんてまだましな方でしょ? ああしてくっついて行ってしまうような奴に比べたら、さ」
言外に誰かさんのことを非難して、吐露を終えます。
「あんたについてきた理由はそんなところよ。これ、黙っててくれるなら、私も今のを忘れてあげる。正直信じられないし」
「それは助かります。口封じしなくて済むので」
「……はん、やってみなさいっての!」
オリビアさんは一瞬だけ目を丸くした後、強気に口角を吊り上げ、私に人差し指の先を突き付けます。
「忠告してあげる。そんな態度がいつまでも通じるほど、冒険者ってのは甘くないのよ。いつか絶対痛い目を見る。そうなる前にさ、直しなさいよ、その性格」
「何ですか、私だけ悪者みたいに。……ご忠告どうも」
まあ悪いのでしょうね、実際に。
オリビアさんの言葉に甘え、先の身の上話は忘れるとして。
どれだけ言い訳並べ立てようと、リーダーを任せられた以上、上手く媚び諂って、彼らと行動をともにするべきだったのです。
きっと私は、そういう風に振る舞えなかったから、盗賊団を裏切り、
そういう風になれないままだから、今こうして自分勝手に行動し、
そして、たった一人進んで行った道の先で、愚かに死んでいくのでしょう。
そんな諦観が脳裏を過ぎった時でした。
―――べちゃん、べちゃん、という湿っぽい音が、行く先の暗闇の中から響いてきました。