10 ジョーカー盗賊団
「ジョーカー盗賊団って知ってます?」
「何よ唐突に?」
オリビアさんは少し考える間を挟みます。
「確か、西の方でいろいろやらかしているケチな盗賊どものことでしょ? 最近こっちに流れてきて、……そう確か、三か月くらい前に王都へ向かう途中だった商人の一団が襲われたって」
「その盗賊団頭領の一人娘が私です」
「……は?」
「彼ら、まあ盗賊ですから、物欲が強くて。大胆不敵にも大きな街や都を標的に数えて動いているので、今も着々と準備を進めているはずですよ」
オリビアさんから反応が返ってくるまで、少し間がありました。
「まさか、そんなことあるわけ……」
ぐっと唇を噛み、いつもの凛とした口調に戻ります。
「別に、話したくないならそれで……。嘘つかれるのは不愉快だわ」
「彼らのやり口はいつも同じです。大きな街をいきなり襲うことは決してありません。周辺の小さな村々を狙います。そこを拠点にし、通り沿いの商人や旅客を襲って物資を調達するんです。これは街の評判に打撃を与えますから、真綿で首を絞めるように少しずつ弱っていきます。その街への人足が遠のいたところで、一般人を装い、街へ入り、適当な騒ぎを起こすと、それに乗じて盗みを働きます。同じ手を二度使うことはなく、用が済んだらさっさと次の街へ標的を移します」
「……」
「信憑性、出てきましたか?」
くすり、と笑ってやると、オリビアさんははっとして我に返りました。
やや声量を強めて言い返してきます。
「村を襲って拠点にするって……、何を馬鹿馬鹿しいこと言って。だって、そんなことをすればすぐに行政が動くでしょ? 場合によっては冒険者に討伐依頼が届くわ。部隊が編成されれば、そんな連中それまでじゃないっ」
「ええ。なので、公にはばれないように村を襲うんです」
「そんなことどうやって?」
「あるでしょう? ある日忽然と村ひとつ消えてしまう事案が。この世界にはたくさん」
むっとした顔が徐々に解け、やがてその考えに至ったのか、オリビアさんは目を見張ります。
「……まさか」
「怪物に襲わせるのです」
聞くなり、オリビアさんは精緻な顔を酷く歪めて、強い不快感を顕わにしました。
「そんなことが可能なの? だって、ゴブリンなんて姿を見せるなり襲ってくる野蛮な怪物で……」
「ゴブリンは略奪民族です。知能や民度は著しく低いですが、交渉は可能なのです。特に、人や村を襲撃するなんていうのは彼らにとっての日常茶飯事ですから、喜んで協力してくれます」
彼らが普段住処にしている洞窟に押し入り、指揮っている上位種を潰してしまえばのこりは雑兵。生け捕りにするのはたやすいことでした。
良くしなる枝で編んだカーゴに入れてしまえば、持ち運びも簡単。
あとは襲撃する村の近くに配置して戒めを解いてやれば、一心不乱に獲物目掛けて跳びかかっていきます。
「あとはそう、ご褒美をちらつかせてやればそれで」
「ご褒美?」
「襲撃後、手に入れた略奪品から正当な分け前を与え、皆で盛大な宴を催してやるんです」
ひと仕事終えた後の成果を祝いたくなるのは、万人が有する至極当たり前の感情。
人も怪物も分け隔てなく、同じ目的を果たした同志として迎え入れ、大いに騒ぎます。
「金品は使い道がありませんから、ゴブリンが喜ぶのは酒や肉、……あと女でしょうか」
「女って……」
「襲った村の、女性です」
「……っ!」
オリビアさんの顔は青ざめ、不愉快なんてレベルじゃ済まないほどに引き攣ります。
生理的嫌悪から来る恐怖と憎悪で肩は震え、眼差しは険しくなります。
彼女は知っているのです。ゴブリンが捕らえた女性を孕み袋にし、子を成す習性を持つことを。
たとえそれが、どんな種族の雌であろうと、お構いなしであることを。
「襲撃の際の条件は、民家や家畜には可能な限り被害を出さないこと。騒ぎになり始めたら、頃合いを見計らって盗賊たちが村に侵入。助けに来たと偽りながら住民の油断を誘い、まずは男を皆殺しに。残る女子供を生け捕りにします。いち早く逃げ出した者がいたとしても、物陰に隠れた仲間がきっちり始末します」
そうして一夜明ければ、怪物に蹂躙された不幸な村の出来上がりです。
稀に、街から調査隊が派遣されてきますが、彼らが導き出す結論はいずれも同じ。怪物による被害の一例として、あっさり片づけられてしまうのです。
そうして奪い取った村の一つで私は生まれ、村々を転々と移し替える中で育ってきました。
〝遊牧の村〟は、だからその中の一つでしかなく。他と比べて割と住み心地が良かったので覚えていました。
「怪物を利用するなんて、そんなこと上手くいくわけが……っ」
「もちろん。民家を壊し、家畜を殺し、好き勝手振る舞うゴブリンも多いです。そういうのは見せしめに殺します。磔にして、弓や投げナイフの的にするんです。おかげで私、けっこう上手なんですよ」
ちら、とバッグのベルトの内側に仕込んだ小刀を見せてやると、オリビアさんは嫌そうにそっぽを向きました。
「ゴブリンは、割と失敗から学ぶ生き物なんです。目の前で仲間が惨殺される様を見せつけられると、きちんと恐怖し、やってはいけないことを学習できます」
「……それで? まさか、飼い慣らした怪物を野に放っていたってこと……っ」
「いいえ。立て続けにいくつかの村を襲い、用済みになったら一匹残らず始末します」
先に言った通り、仕事をひとつ終えるたび、怪物らには報酬を与えます。
最後の仕事が終わった後、宴の席で肉を喰らい、酒に溺れ、すっかり上機嫌になったところで、捕虜としている女性を使って一か所に集め、そして――――。
「―――やめてっ!」
「皆殺しです」
金切り声が私の言葉を掻き消し、石壁に囲まれた狭い空間で幾重にも反響します。
「文字通り、そこにいるすべての生き物を」
やがて水路の水音が戻ってくる頃、オリビアさんは弱弱しく吐き捨てました。
「何よ、それ……っ」