9 アルルとオリビア
「しかしそうですか。いずれその王都とやらにも行ってみたいですね」
「あたしたちも本当はその予定だったのよ……。半年前、王城に住むお姫様が怪物に連れ去られた事件知っているでしょ?」
「ええまあ」
知っているはずありません。話をすり合わせているだけです。
「彼女はどうやら魔神王の根城に囚われているらしいわ。あそこは手下の怪物が跋扈する牙城よ。国王は今各地に呼びかけ、腕利きの冒険者を募り、討伐隊をかき集めている最中なの。私たちもそれに加わるつもりだった」
「そんなん、どう転んでも無理でしょうに」
正直に申し上げます。
オリビアさん、やや不服そうながらも「まあ、その通りなんだけどね」と肯定しました。
「駆け出しは足手まといですって。救出作戦なんて猫の手も借りたいはずなのに」
「それにも満たないというお話でしょう」
「ほんとはっきり言うわね……。だったらなおさらよ。そんなレベルの私たちが戦力を分散している場合なの?」
「繰り返し申し上げますけれど、これは極めて合理的に考えた結果です」
確かに、チーム内の不和を理由に隊の編成を変えてしまうのは考え得る限り最悪の悪手。
しかし今回、調査の対象はスライムであり、調査範囲は地下水道全域。となれば話は変わります。
「見たところ、皆さんスライムの対処に問題はないでしょうし。全員ばらばらに散って調査に当たるべきだとさえ思います」
「それで万が一のことがあったら、あんたリーダー失格よ?」
「名ばかりのリーダーを据え置いている時点で既に失敗ですよ」
片や多くの冒険者の中で目標に向かい切磋琢磨する若手の剣士。片や街の掃除人。
まとめられるわけないじゃありませんか。
「冒険のし過ぎで少々麻痺しているようですが、ここは遠方に位置する天然の洞窟でも、正体不明の古代遺跡でもありません。街の地下です。頭上を大勢の人々が行きかい、昼食の用意をしているのですよ?」
ここは勝手知ったる自分の街。
怪我をしたなら治療院へ向かい、武器を無くしたならば買いに行けばいい。小休止として自宅に帰ることも容易です。
「仮に何かあったとして。大ごとになる要素はありますか?」
ありません。断言できました。
このミッションの本質はあくまで調査。そういう類のものでしかないのです。
だからこそ私は、この依頼を受けたのですから。
「もちろん、油断大敵です。付き添ってくださるのなら、お互い細心の注意を払い、スライムを倒しつつ、異常がないか見て回りましょう」
「……ふん」
オリビアさん、むすっとして大層な不満顔です。
どうにかしてクランさんのフォローをしたいというのもあるのでしょうが、私についてきた理由は別にあるように思えます。
「言いたくないなら構いませんけど」
問い詰めると、オリビアさんはつまらなそうに唇を尖らせ、ぼそりと言いました。
「私はね、魔法を極めたいのよ。そのために冒険者になったの」
「魔法……。火の玉とか出すやつですね」
「その通りだけど、それだけじゃないわ」
オリビアさんは肩掛け鞄から分厚い本を引き抜き、ページを開き、呪文を唱え始めました。
「―――帯びよ、炎」
手のひらで小さな火種が煌めいたかと思うと、瞬く間に拳大の大きさに成長し、メラメラと熱気を放ちます。
「これは魔導書。ここに書かれた言葉は真言と呼ばれ、世界に影響を及ぼす力を持っている。私たち魔術師は、魔力を用いてその力の一端を引き出すの。それが魔法よ」
オリビアさんが魔導書を閉じると同時に、手のひらの火球も消滅します。
「その分厚い本はてっきり武器なのかと思っていました」
鈍器的なあれです。
「馬鹿にしないで。これはね、都の魔術学院を首席で卒業した証。私の誇りなの」
「それは失礼」
「私はね、魔法を極めて魔導書を作りたいの。その意味が分かるかしら? 世界を改竄しうる真に力のある言葉を生み出すのよ。私が、必ずね」
「それは夢がありますね」
うんうん、と相槌を打つ私を、オリビアさんは疑わしげに見つめます。
眼鏡の奥の瞳がジトッと半眼に細められ、真を問うような眼差しに。
「……で、あんたは?」
「はい?」
「何で冒険者になったの? こっちが話したんだから、あんたも話しなさいよ」
「ああ、そういう魂胆でしたか」
「どうにもね、気になるわ。気に入らないともいえるわね。あんたの言動を見ていると、真っ当な目的を持って冒険者になったとは思えない。……教えなさいよ」
探索の歩みを止めずに、目線だけで後ろを伺います。眼鏡の奥からこちらを見据える瞳は鋭く、嘘誤魔化しを許しません。
ため息をひとつ。
仕方ないなという諦観と、面白そうだなという興味本位と、あとは少々暇を持て余していたので。
私は身の上話を始めました。