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紗耶香の秘密

3月になってもまだ随分寒い日が続いている。紗耶香ちゃんはすっかり元気を取り戻して、今はまだ試験休みで帰省している。


「合田さん、外線です」


「お待たせしました。合田です」


「合田昌弘さんですか?」


「そうですが、どちら様ですか?」


「私、山本信一郎と申しますが、金沢の山本紗耶香の父親です」


「紗耶香さんのお父さん、ご無沙汰いたしております」


「その節は娘がお世話になりました。お陰様で紗耶香が元気になりました。来週、東京へ行く用事があるのですが、夜にでもお時間をいただけませんか?」


「日時は?」


「3月25日水曜日の夜7時からはどうですか?」


「大丈夫です」


「それでは、新橋に『三秋亭』という料理屋がありますので、お越しいただけますか?」


「『三秋亭』ですね。了解しました。7時に伺います」


「では、お待ちしています」


僕がこの会社に就職してから6年になっている。理科系なので当初は研究所へ配属されたが、2年前に本社勤務となった。もともと人づきあいが億劫で研究開発の仕事を希望したが、おかしなもので人づきあいは研究所ではうまい方と見られたのか、本社向きと判断されて、異動となった。本社の方が昇給は早いと諭された。仕事の内容は特段に難しいわけでもなく、卒なくこなせている。


入社6年で給料も年令の割には多くもらっていると思う。住居費も会社が1/3負担してくれるので、田園都市線の高津駅から徒歩10分くらいのところに1LDKのマンションを借りて住んでいる。ここが丁度、本社と研究所の中間地点でもあるので、再度、研究所に異動になっても引越しをしなくてもよいと思っている。


ここのところ紗耶香ちゃんと時々会うようになっていたが、これまで付き合っている女の子はいなかった。就職してから2~3人と付き合ってみたものの、東京の女の子とはどこかテンポがあわないので、深入りはしなかった。


とはいうもの、健康な独身の男としては女の子がほしくなるが、東京には便利なところがある。給料にゆとりがあるので、時々はめんどうがないプロの女性のご厄介になっている。


30歳位で結婚したいと漠然と考えていたが、恋愛がめんどうくさいように思えて、その頃になったら金沢の両親に頼んで見合いの相手を紹介してもらえばよいと気楽に構えていた。


約束の日に、新橋の料理屋へいくと、個室に通された。紗耶香ちゃんの父親が待っていた。少し年を取ったようだが、あの時の恰幅の良さはそのままだ。


「わざわざありがとうございます」


「いいえ、こちらこそ、ご招待ありがとうございます」


「まずは一杯」とビールを勧める。


料理を食べながら、最近の金沢の話を聞いた。新幹線が開通する前後から随分景気が良くなったとのことだった。父親の会社もまずまずと言う。


「合田さんは独身と聞いていますが、付き合っている人もいないのですか?」


「はい、強いて言えば、今は紗耶香さんと時々会わせてもらっています」


「それではお願いがあります。紗耶香を嫁にもらっていただけませんでしょうか?」


「それは紗耶香さんの希望ですか?」


「申すまでもなく紗耶香の希望ですが、私共親の希望でもあります」


「合田さんには、紗耶香が小さい時に二度も命を救っていただいたり、家庭教師をしていただいたりと、えも言われぬご縁を感じるからです。これからお話しすることは紗耶香が知らない話ですが、合田さんには聞いておいていただかなければならないと思っています」


父親が話し始めた。紗耶香は月満たずして生まれて、幼い時から病弱であった。5歳くらいのころ、檀那寺の前住職が家に来た時に、紗耶香を見て、こう話したとのことだった。


紗耶香は、昔の金沢あたりに住んでいた平家の落ち武者の流れをくむ土豪の姫君の生まれ変わりだという。その土豪は国主に忠誠を示すために、姫君を人質に差し出し、国主は姫君を側室とした。


姫君には好きだった幼馴染みの許婚がいたが、父親のために人質になることを承諾した。だが、父親は国主に忠誠を疑われて殺されてしまった。姫君はこれを悲しみ、自害したという。その時の年齢が21歳だった。


悲劇の姫君は、その後二回生まれ変わったが、いずれも21歳で死んだという。紗耶香は3度目の生まれ変わりで、21歳で死んでしまうと言われた。ただ、運命の人に巡り合って、幸せになれば生き延びると言われたとのことであった。


「その運命の人が私だと?」


「それは分かりません。合田さんの家系は金沢出身ですか?」


「父方の曽祖父は加賀前田藩の家臣だったと聞いています。ただ、前田家とは寺の宗派が全く違いますので、金沢あたりの出身で後に前田家の家臣になったのではないかと思います。母方は近辺の山村の出ですが、平家の落ち武者の子孫と聞いたことがあります」


「住職の話がもし本当だとしたら、結婚していただいても、紗耶香は21歳で死んでしまうかもしれません。そのことをご承知いただいた上での話ですが」


「私も紗耶香さんとは、夢の中でつながっているような不思議なご縁を感じています。あの事故の後も『さやか』と言う名前がずっと記憶に残っていました。そして家庭教師になったときは本当に驚きました。また今回の入院の時は助けを呼ばれた夢を見て駆けつけました」


「それなら、なおのこと、お願いします」


「今度、紗耶香さんと二人で話をさせてください」


「では、結婚の話は?」


「紗耶香さんと話し合って決めます」


「今度の土日に金沢へ帰ろうと思います。両親にも話しておきたいので」


「丁度、紗耶香は今試験休みで帰省しています。では土曜の晩に一緒に食事をすることで、我が家へ来ていただけますか?」


「お伺いします」


「ただ、紗耶香にはこの生まれ変わりの話や21歳で死ぬ話はしないでおいてくれますか?」


「承知しました」


「よかった。紗耶香が喜びます」


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