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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

好きと嫌いは✕✕✕。

作者: 如月奏羅

__いつもへらへらしてる馬鹿女。


それが、彼奴の第一印象だった。

自分は悪くないのに、困ったように笑って『ごめんね』と言う。

散々傷つけて、泣かせたくせに、それでも次の日には『おはよう』っていつも通りのへらへらした笑顔で言うんだ。


そのせいで、俺は自分が惨めに感じた。

大嫌いで、目の前から消えて欲しくて、暴言ばかり吐き続けた。

それでも、彼奴が消えることはなかった。


ずっとそれが続くと思っていた。

絶対なんて確証ないくせに、そんな日々が続くと錯覚してしまった。


後悔に苛まれたのは、彼奴が消えてしまってからのことだった。

始まりはいつだったか_

俺の記憶にあるのは2年前、高校1年の夏だった。


夏と言っても、まだ初夏でほんのり暑い程度だった気がする。

この日の俺はいつになく苛立っていた。理由は大したことじゃなかったと思う。

いつまでも中学生気分でいるんじゃない、とかそんなことを朝から言われたんだと思う。



*****



「まだ苛立ってんのかよ、眉間にしわ寄ってていつも以上に怖い」

「うっせ、余計なお世話だばーか」


たわいない会話。

いつも通りの日常。


俺はそれが心地良かった。

何か面倒事には巻き込まれたくなかったし、平凡でもそれで良かった。


「どこ行くん?」

「便所」

「いってらー」


トイレに行ったついでに自販機でも寄るかな、と思って曲がり角を曲がる。

その瞬間に走ってきた女とぶつかる。

それと同時に女が持っていた大量の飲み物が手からこぼれ落ちた。


「あ、えっと、ごめんなさい!!」


今朝の苛立ちが収まりきってなかった俺は、最初の暴言を吐いた。


「早くどけよ、邪魔」

「ご、ごめんなさい……」


先程落とした大量の飲み物を急いで拾ってまた走っていった。

舌打ちをして自分の飲み物を買いに行った。


戻ると「あれ、さっきより悪化してね?」と言われたが、返す気力もなく無視した。


思い出すだけでイライラしてくる。

何もしてないのになんでこんなに今日はついてないんだ。



*****



翌日の授業は合同授業。

とは言っても単なる美術の時間。

この学校では1組と2組、3組と4組、といったように隣のクラスと合同で授業する。


今までクラスごとにわかれていたのに、クラスを混ぜた出席番号順の席に変わった。

隣に座った奴の顔を見て一気にやる気が削げたのは、きっと気のせいじゃない。


「あ……」

「またお前かよ。俺になんか恨みでもあんの?」

「ご、ごめんなさい……」

「冗談だよ、ンなこともわかんねぇのかよ」


冗談も通じない、謝ってばかり、いつも何かびくびくしてる。

そんな女だと思った。

自分の大嫌いな、腹立つクソ女。


「__じゃあここを……、そこの貴女、答えてくれる?」

「え、私ですか…?」

「えぇ」

「え、っと……」


答えがわからないのか、いつまでも答えない。

それに対してまたイライラしてくる。


「ガラス」

「あ……、えっと、ガラス、です」

「そうです。ガラスは溶かして成形できるほか、削ったり磨いたりすることもできます。

そのため、自由自在なデザインに対応できるのが特徴です。そして……」


どうせあのまま放っておいても授業は進む。

けど、イライラして仕方なかった。

ただ、それだけ。なのに。


「ありがと……」


初めて、『ごめんなさい』以外を聞いた瞬間だった。

へにゃ、とした変な笑顔を初めて見た。


別に、感謝されることは何一つしていないのに。



*****



それから、彼女がとてつもなく馬鹿だということを知った。

よくこれで入学できたな、と思うくらいには馬鹿だった。


「代入はまだしない、先に連立で解く」

「あ、そっか……」

「こんなのも解けないのかよ」

「ごめんね」


へらへらした笑顔をする。

彼女がいることで自分はどこか、優越感に浸っていたし、それと同時に惨めに感じた。


いつも攻撃して傷つけているのにも関わらず、怒りもぜずにごめんねと謝るだけ。

自分が弱い者いじめをしてる気分にさせる。


へらへらして、ちっとも怒らない。

もう少し、反抗したっていいじゃないか。

いつも人をイライラさせる。


「なぁ、いつも俺に聞きに来てるけどクラスで友達とかいねぇの?」

「あ、えっ、と……。ほら、私こんなだから、全然……」


不味い、と思ったときにはもう遅かった。

俯いていて、顔はよく見えない。けど、きっと傷ついた顔をしている。

だって、制服のスカートをぎゅっと握り締めているから。


それは彼女の癖で。

傷つくと、いつもスカートを握り締める。


重苦しい空気が漂う。

どうしよう、と思っているといきなり顔を上げ「さ、続き教えて!」と言ってきた。


すぐにでもその空気から逃げ出したい気持ちに駆られていた俺は、断るわけなく教えた。

それでも、後悔は付き纏っていた。


……なんでこんな気持ちにならなきゃならないんだよ。


きっとそう思い始めた時に気づけばよかったんだ。


*****


「おはよ」


今日もまたへらへらしながら俺のところに来る。

たまたま、その時はいつもよりイラついていた。

きっとタイミングが悪かったんだと思う。


自分を惨めにさせるあいつが嫌いだった。

いつもはそう思っても口に出さなかったのに、今日ばかりは顔みたら全て吐き出していた。


「ッ、うざいんだよ!!いつもいつもへらへら笑って、こっちがどんなに惨めな思いしてるかわかんねぇ癖に!!!もう俺の前から消えてくれ!!!!!」


怖くて、顔を上げられなかった。

周りは何事かと思ってざわめく。

でも、これだけはハッキリ聞こえた。


「……ごめんね」


震えてた。

言ってはいけないことを言ってしまった。

後悔に苛まれて、息苦しい。


*****


彼女が学校に来なくなった。

そわそわしている自分がいて、それにも腹が立つ。


そんな中、重苦しい空気で担任に聞かされたのは


「マンションの屋上から飛び降りて自殺した」


だった。

真っ白になった。

訳が分からなかった。

何かの、冗談じゃないのか。

これは夢なんじゃないのか。


いろんなことが頭の中を巡って気持ち悪い。

ハッキリとわかることは、もう彼女はこの世にはいないこと。

そして


自分のせいで消えてしまった


それだけは、明らかだった。


*****


「あの子、あまり学校のこと話さなくて…。ありがとう、来てくれて」

「いえ……」


会わなきゃダメだと思って、彼女の自宅に行った。

行ったところで、何かができる訳じゃないのに。

握りしめている拳から血が滲む。


「家に男の子が来たら渡すように言われてた手紙があって……絶対見ちゃいけないって念を押されてたからきっと大事なものなのね…

ゆっくりしていってね」


そう言って彼女の母親は封筒を俺に渡して退室した。

残された俺は金縛りにあったかのように動かない指先を、無理矢理動かして封筒を開ける。

紙が一枚、俺宛に入っていただけだった。

彼女らしくない、がたがた歪んだ文字で


『好きでした』


と書いてあるだけだった。

その時、ようやく気づくことが出来た。

きっと、最初から好きだったんだ。

自分で自分の気持ちに気づいていなかった。

失ってから気づくなんて、馬鹿みたいで。紙を握りしめながら肩を震わせている俺はきっと滑稽で。


これが夢なら、覚めて欲しいと願うだけだった。

紙にしみが出来ていたのはきっと、涙の跡。

泣きながらこれを書いたんだ。


*****


後から知った、いじめられていたこと。

なんで俺は苦しめることしか出来なかったのか、後悔してもし足りない。


大嫌いだと思ったんだけどな。

忘れることが出来ない別れ方をしたんだ。


ほんと、ずるい。


生きてる内に気づいて伝えたかった。

そしたらきっとへらへらした顔で言うんだろうな。


「ありがと」


って。

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