表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/4

4・ハポン国トーキョ駅側の下町チャーハン


 所持金一万円。


 このゲームの中でもその価値は変わらない。


 そう、この現代社会で一万円。

 子供の頃は大金だと思っていたが、大人になるとそうでもないと感じてしまう。

 物価が高いのだから仕方ないのだけど。


 それはさておき、この一万円は大事に使わないといけない。

 何せ収入のあてが全く無いのだから。

 

 だが悲しいかな、腹が減っていると何を食べるか? それだけしか考えられなくなってしまう。


 取り敢えず、メシ。

 話はそれからだ。


 トーキョ駅の敷地内には、現実の東京駅と同じく、数多くの飲食店が軒を連ねている。そして現実同様、少々お高い。

 場所が場所だから仕方ないのだが、今はとにかく腹一杯食べたい。

 店を探してブラブラとしているうちに、いつの間にか駅の敷地内から出てしまっていた。


 こうなったら駅の周辺まで捜索範囲を広げてみるか。

 

 飯屋を求めてさらにブラついていると、直ぐに周囲の雰囲気が変わった。

 トーキョ駅の側はオフィス街といった感じだったのが、夕日が似合う古き良き下町といった風情だ。


 うん、こういうところなら、安くて美味い店がありそうだ。


 ほどなくして、一軒のチャイカ(中国)料理屋が目に入った。


「チャーハンが五百円で、大盛が無料か」


 店の外の貼り紙に中々サービス精神旺盛な文字が踊っている。

 よし、ここにしてみるか。


 年季の入った引き戸を引き、中に入るとこれまた昭和の匂いを感じさせる、古ぼけた店内が出迎えてくれた。


 朱色のカウンター席と三つほどのテーブル席がある、小さなお店で、席には卓上用の小さな瓶のコショウや一味唐辛子、酢や正油といった調味料が置いてある。


 ゲーム内時間でいまは午前11時。

 ランチタイムに入ったばかりとあって、店内にはまだ客の姿は無かった。空いてるカウンター席に着くと、店員と思われる、品の良い老婆が水を持ってきてくれた。


「いらっしゃい。何にします?」

「チャーハン、大盛で」

「はい、毎度どうも。おじいさん、チャーハン大盛一つ」

「あいよ」


 オーダーを受けた、店主と思われる老料理人が調理を開始する。

 この店はカウンター席の向こうが厨房になっていて、料理をする姿が丸見えだった。


 中華鍋が熱され、煙が立ち上る。

 始めに溶き卵。次にご飯。

 老人とは思えない、素早い手際で具材が中華鍋の中で激しく踊り狂う。これは期待出来そうだ。


 漂い始めた香ばしい匂いに、俺はゴクリと唾を飲み込んだ。


 いったいどれぐらい待っただろうか。

 ゲーム内時間で五分とかかってないはずなのに、かなり待たされたような錯覚に陥った。

 そんな俺の前に、ようやくやって来たチャーハンは、本格的な中華料理屋(このゲーム内ではチャイカ料理屋だが)のものとは一線を画すものだった。


 具は卵とネギ、刻んだチャーシュー。

 そして細切れにしたナルトが彩りを添えている。

 だが、最大の特徴は、レンゲですくった時に発覚した。

 ご飯がパラパラではなく、しっとりしていたのだ。


 普通、美味いチャーハンと聞いて思い浮かべるのはご飯がパラパラのものだと思う。冷凍食品のものでも、それをウリにしている商品がある。

 だがこのチャーハンは、まるで家で母親が作った様な、しっとりベタベタした感じなのである。


 そして、それがたまらなく──、


(いい!)


 のである。

 しっとりしている故、油を全体にまとっていない分、そのクドさを感じずに済み、また炒められてない部分があるためそれだけご飯自体の旨さが生きている。

 そして調味料のガツンとした味わいがあり、コクもある。

 

 正に家庭で作れるチャーハンの最高峰といった貫禄があった。


 わき目も振らず、一気に掻き込んだ俺の耳に、アナウンスを報せるチャイムが届いた。


〈料理スキルの効果【再現料理】により、料理レシピ【下町しっとりチャーハン】が登録されました〉


 何のことか分からず、直ぐに調べてみると、どうやら俺が持っている料理スキルが仕事をしたようだ。

 スキルはレベルを上げていくと特殊効果を発揮するようになる。

 今発動したのは、料理スキルLv7で覚える効果【再現料理】だ。これは自身が持つ料理スキルのレベル以下で作られた料理を食べると、自動的にその料理のレシピを解析し、作れるようになるというものだった。

 食べただけで作り方が分かるとか、現実だったらチートもいいところである。いや、ゲーム内でもかなり便利なものだ。何しろ、このゲーム内で料理をしようと思ったら、一回は必ず現実同様の手順を踏み作成して、レシピを登録する必要があった。


 一度登録してしまえば、二回目以降はオートで作成出来るのでグッと楽になるらしい。

 つまり、今の俺は料理スキルLv7以下で作られた料理を食べるだけでレシピが追加され、作成も材料さえ用意すれば作り放題という訳だ。


(いやあ、得したなあ~~)


 のんきにそう思った、その時だった。


「あだだだだ……!!!」

「お、おじいさん!?」


 さっきまで元気に中華鍋を振っていた老人が、突如、腰を押さえてうずくまってしまった。


「こ、腰をやっちまった……!」

「まあ!? すぐに病院に行かないと!」

「馬鹿言うな! 昼のかきいれ時に穴を開ける訳にはいかねぇだろうが!?」

「また無茶言って……! まともに立てないのに、どうやって料理するんですか!?」


 何やら口論が始まってしまった。

 正直、勘弁してほしい。

 人が言い争う声というのは、どうしてこうも食事をマズくするのだろうか? せっかくのチャーハンが台無しだ。

 そう思っていたら、またアナウンスを報せるチャイムが鳴った。


〈突発イベント【下町のチャイカ料理屋を救え】が発生しました〉


 え? 突発イベント?

 何のことやらサッパリだったので、慌てて調べてみると、以下のことが判明した。


 ・条件を満たすと発生する。

 ・クリアすると報酬としてスキルポイントがもらえる。

 ・チャンスは一度だけ。再挑戦は不可。


 ふむ、これはラッキーかも。

 スキルポイントは新スキルの取得や、すでに所持しているスキルのレベル上げに使用できる、大変有用なものだ。

 それだけに、こうしたイベント報酬以外ではまず手に入らない。

 それを入手できる機会が巡って来たのだから、自分の幸運を誉めてやりたい気分だ。


 しかし、何が原因でイベントが出たんだ?

 ……まあ、十中八九、料理スキルが関係していると思うが。


「だがワシのチャーハンを心待ちにしている人がいる以上、休む訳には……!」

「そんなこと言っても、おじいさんが無理をしたら何にもなりませんよ!」

「くう……! こんなことなら、弟子の一人でも育てておけばなぁ……」


 うん? さっきから、このじいさんとばあさん、こっちをチラチラ見てる気がするんですが。

 これってあれかな?

 料理スキルでレシピを取得したことが関係してるのかも。


 これはひょっとすると、働き口が見つかったかも。


 

 


 



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ