2・入団テスト
「よく来たな。ここがニューハポンプロレスの道場だ」
キャラメイクをしていた場所から飛ばされた先は、入団テストを希望した団体の道場だった。
俺を出迎えてくれたのは、ニューハポンプロレスのエンブレムである虎のマークがプリントされたTシャツを着た、年齢に不相応なガッシリした体格の初老の男だ。
「お前の試験官を務める、木林邦昌だ。緊張するなというのは無理な話だろうから、とにかく全力を尽くすことだ」
「は、はい! よろしくお願いします!」
返事をしつつ、いきなりレジェンド架空選手が出てきたことに、俺は内心小躍りしたい気分だった。
間違いなくこの人はかつて【虎刈りハンター】として名を馳せたあの選手がモデルだろう。
リアルでも、この団体の元ネタで管理人とかしてるらしいし。
道場の中央にあるリングに上がると、着ていたジャージがリンコスに早変わりする。それは相手も同様で、若かりし頃を彷彿とさせる赤いパンタロン姿になっていた。
「制限時間は五分間。その間に、お前の力を俺に見せてみろ!」
木林さんがそう言ったのが合図となり、ゴングが鳴った。
ゲームの中とはいえ、リングの上で試合開始のゴングを聞けた俺は、顔のニヤつきを抑えるのに必死だった。
いかんいかん!
ここで結果を出せなければ、夢の時間が終わってしまう。
気持ちを切り換え、木林さんを見ると、彼はドッシリと構えこちらの様子を伺っていた。
軽快、かつスピーディーなマーシャルアーツ殺法を得意としている木林さんらしからぬ姿だ。恐らく、俺の力量を見定めるため、敢えてそうしているのだろう。
「どうした? ただ立ってるだけならカカシでも出来るぞ」
その挑発、乗ってやるぜ。
俺は全力で木林さんに向かって走ると、彼の身体めがけてジャンピングニーパットを放つ。
が、あっさりかわされ、彼の背後にあったコーナーに激突してしまう。
その衝撃で棒立ちになった俺の右足に、鋭い痛みが走る。
「がっ……!?」
木林さんが繰り出したのはただのローキック。
たがそのローキックがとんでもなく、痛い。
「だらしねぇな。もう終わりにするか?」
「な、なんのまだまだ!」
俺は痛みをこらえてミドルキックを出す。
見事木林さんの脇腹にクリーンヒットしたのだが、彼は少し驚いた顔になった。
「ほう、素人とは思えん威力だ」
パワー20は伊達ではない。
このまま一気に……と思ったが、今のミドルキックはわざと受けてくれたらしく、二発目以降はことごとくガードされてしまう。
キックが駄目ならブン投げてやる。
素人感丸出しで、両手でつかみにいくと、木林さんはそれを両手で正面から受け止める。
期せずして、いや、木林さんの意図通りのロックアップの状態になる。
別名・手四つ、分かりやすく言うと、力比べだ。
「こ、これは……!? 想像以上の力だな」
「身体能力には自信がありましてね……!」
スキルを無視してパラメーターに全フリしたのだ。
これぐらいは評価してもらわないと、逆に困ってしまう。
ジリジリと押していき、このまま倒してしまおうと思った矢先、俺の正面から木林さんの姿が消えた。
「力以外は本当に素人だな。こんなに簡単にバックを取られるようじゃ、プロにはなれんぞ」
「イダダダダーーーーっ!!」
俺は瞬きしている間に片腕を捻られながら、背後に回り込まれてしまった。
その速さ、正に一瞬。
パッと手が放されたかと思うと、今度は尻に強烈なダメージが襲う。どうやら俺の美尻にキックをお見舞いされたようだ。
「組み合いは全く駄目だな。この辺で止めとくか?」
「そんな訳ないでしょうが!」
そこから俺は、木林さんにいいようにあしらわれた。
打撃はガードされるかかわされ、投げはそもそも組み合いで話にならず、思う様切り返しの技を喰らう羽目になった。身体のあちこちを蹴られ、何度となくマットの上に投げ飛ばされる。
このゲーム、HPゲージは満タンの状態でグリーン、そこから六割まで減らされるとイエロー、三割を切るとレッドに色が変化する。
現在のHPゲージは赤く点滅している。
正直、ここまで持ったのは、パラメータのお陰としか言えない。
そして、とどめは制限時間ラスト10秒にやって来た。
「これで終いだ」
素早く繰り出された前蹴りが、的確に俺の水月を射抜く。
その威力に俺の身体は九の字に折れ、呼吸が一瞬止まった。
(クソっ! 何にも出来ねぇ!)
心の中で毒づいている間に、俺はガッチリと捕まれていた。
首は木林さんの左腕でロックされ、逆に俺の左腕は彼の首の後ろ。そして木林さんの右手は俺の左脚を捕らえていた。
(あ、あれ? こ、この体勢って……っ!?)
木林さんのモデルになった選手は、彼のライバルである虎のマスクを被った選手との抗争で有名だが、日本プロレス史に於いては、ある投げ技を開発し、それを日本で初めて使い、広めたことで名を刻んでいる。
その技の名は──、
「投網式原爆固め!!!」
リングのど真ん中に、俺の背中は叩きつけられ、赤く点滅していたHPゲージは粉々に砕けて消える。HPがゼロになったことを告げるゲーム演出だった。
それと同時に、俺の意識は暗い闇の底に沈んでいった。
□□□■■■□□□
バシャバシャという水音が聞こえる。
それに気づいた時、襲ってきたのは冷たい水の感触だった。
「うおっ!?」
驚いて跳ね起きると、そこはさっきまで戦っていたリングの上ではなかった。
道場の隅にある、ベンチプレスする時に用いる長椅子の上だった。
「気がついたか?」
「あ、はい。ありがとうございます」
側にはヤカンを手にした木林さんがいた。
どうやらそのヤカンに入った水で起こしてくれたらしい。
「で、だ。テストの結果を言うぞ」
「はい」
「不合格だ」
「……はい」
やっぱり、という思いしか無かった。
結局、俺は制限時間の五分間、何にも出来なかったのだから。
「身体は文句無し。……しかし、それ以外が駄目過ぎる。お前、今までレスリングどころか格闘技の経験も無いだろ?」
「……その通りです」
これは後で知ったことだが、キャラメイク時にスキル取得で【アマチュアレスリング】や【柔道】、【空手】や【総合格闘技】といったものを入手しておくと、それらのスキルが試合時にかなり補助してくれるらしい。
つまり、現実では運動神経ゼロの人間も、それらのスキルがあればまともに戦えるようになるんだとか。
スキル【料理】しかない、中身が運動不足のオッサンでは、まともに戦えない訳である。
「それで良くウチのテストを受けようと思ったもんだ。学生プロレスをやってる風でもないし……。あれか、記念受験ってやつか?」
「違います! 俺は本気です!!」
「なら、尚更何かやっとけよ。せっかくの身体が泣いてるぜ」
「……はい」
返す言葉も無い、とは正にこのことだった。
俺は力なくうなだれた。
「……すみません、ご迷惑おかけしました」
頭を下げ、帰ろうとした俺に待ったをかけたのは木林さんだった。
「まあ、待て。確かに今の状態じゃ、とてもじゃないが入団は無理だ。しかし技術さえ伴えば直ぐにデビュー出来るぐらいの素質はある」
「ほ、ホントですか!?」
「でなきゃ俺を相手にあそこまで粘れるもんじゃねぇぞ。結局、決め技も出しちまったしな。やれやれ、俺もそろそろ潮時かねぇ」
そう言って木林さんは複雑な笑みを浮かべた。
このゲームに於ける彼の立ち位置は、引退間近のベテランだった。
「そ、そんな!? まだまだ大丈夫ですよ! 今日はたまたま調子が悪かっただけですって!」
「気ぃ使わんでいいぞ。それより、こいつを受け取れ」
木林さんが渡してくれたのは、この周辺地図で一ヶ所に赤い丸がしてあった。
「昔、一緒にユニットを組んで暴れまわった先輩が開いているトレーニングジムだ。そこはスポーツ未経験者でも大歓迎の所だし、その先輩も教え方がうまくてな。ウチにいる連中の何人かはそこで鍛えられたんだぜ。そこで修行して、また来年受けに来い」
「あ、ありがとうございます!」
俺が勢い良く頭を下げると、頭の中にチャイムの様な音が鳴り響いた。
〈入団テストイベントを終了します。テスト試合の内容に応じて、以下の報酬を得ました〉
〈スキル【受け身】、スキル【頑健】を獲得しました。試験官に決め技を出させたことにより修得技に【フィッシャーマンズ・スープレックス】が追加されました。特別アイテム【トレーニングジムの地図】を獲得しました〉
おお! スキルが二つも手に入るとは!?
技も貰っちゃったし、これは幸先良いかもしれない。
後はこのジムに通ってしっかりと修行すれば、来年受かるのは間違い無いな。
……あれ? 確か普通はどっかに入団出来るまで、入団テストイベントって続くって、掲示板に書いてあったよな?
でも終わったってアナウンスが流れたし。
そもそも、テストに合格してその団体の寮に住むって流れだったはず。
俺、住むとこ無くね?