期待以上の予想外(明瀬莉南)
明瀬総長視点になります
「警戒レベルはまだ下げないで。新入生が全て帰宅するまでは気を抜いてはダメよ」
部隊員たちに指示をだしながら今さっきこの部屋から出て行った女の子を思い出す。
斎条由紀菜さん。
実は彼女とは初めましてではない。とはいっても斎条さんが私を覚えているはずがないし、私も斎条さんの名前は知っていても顔まで覚えていなかった。
昔に会ったことがあるのはたった一度だけ。幼い頃に奴を動揺させた唯一の女の子。
統括のミスターパーフェクトこと侑斗・S・タウリアイネンというなんとも呼びにくい苗字の男は私の幼馴染でもある。
母親同士が友人という間柄でよく互いの母親に連れられて母親の集まりで顔を合わせていた。
昔から天才だの可愛いだのと侑斗の周りは騒がしかった。しかも幼少期は奴の母親の好みの服をあれこれ着せられて色々連れ回されてたのを何度も見ている。
綺麗な顔で綺麗な服を着てにこりともせずに立っているだけの侑斗についたあだ名は「マネキン」。まあ、私が呼び始めたのだけど。
ちなみに私の小さい頃は髪を短く切って男の子の格好をして暴れまわっていたガキ大将的立場であった。
今の私は祖母の教育と私の努力のたまものだ。昔の私を知っている人でも結びつける人はまずいない。
だから斎条さんが覚えていなくても当たり前なのだ。
あの頃、滅多に笑わない喋らない動かないと三拍子そろった「マネキン」を笑わせて喋らせて動かして動揺までさせた女の子。それが斎条さんだった。
私は斎条さんが泣いて逃げた後に固まっている侑斗を指さして爆笑をした。だって「マネキン」が茫然としてるんだもの。笑わずにはいられなかった。その後拳骨が降ってきたけど…。
今でも侑斗は斎条さんの事を気にしている。どうやらあの時泣かれたのがよほど衝撃的だったのか、奴は彼女に対してはへたれ行動を起こしている。
斎条さんが入学してくると決まってから必要以上に入学式に力を入れ始めた努力の方向性。
そのくせ入学式準備から本番まで何度も機会はあったのに忙しいからと理由を付けて会いにいかない。
なんなら親同士のつながりが切れている訳ではないのだから機会なんて幾らでも作れるのに今まで一度も作ろうとしていない。
これがへたれと呼ばすに何と呼ぼう。
ミスターパーフェクトなんて呼ばれているくらいに隙のない奴だが、昔は「マネキン」で今はただの「へたれ」だ。
まったく、なんて面白いのだろうか!
へたれ具合を思い出すだけで口元が緩む。
淑女としてはマイナスだが、ここは許してもらおう。奴をからかえるネタなんてそうそうないのだから。
それ以上に面白いのは斎条さん本人だ。
斎条さんは最初から少し変わった子だなぁと思っていたけれど、これほどまでに期待を裏切ってくれるとは思ってもみなかった。
最初に風紀に入りたいと志願してきた時は「やはり泣かされた相手である侑斗がいるから入りたくないんだな」と思っていたが、どうにも侑斗に対して尊敬のまなざしを向けているどころか、盲目的な奴の信者と同じ目をしている。
それに、メンバーを紹介するから入学式が終わったらいらっしゃいとは言ったけれど、まさか朝一で推薦状を持ってくるとは思ってもみなかった。
そしてあの事件。
脅迫状が送られてきたのは入学式が始まる少し前。
いたずらである可能性もあるため混乱を招かないためにも通常通り式は進めて、警戒レベルを上げることになった。
結局式の途中で今回の犯人を捕まえたとの連絡が警備員から入った。
警備員が派遣されている会社、Saijou・Security・Serviceは斎条さんの家が経営している警備会社だ。
その経営者の娘だからといってアレはおかしい。
興味本位で斎条さんが母親に送ったと言っていたメールを少しだけ見せてもらったが、高校生になったばかりの女の子が予測できる範囲を超えていた。
いったい彼女はあの年齢でどれだけの経験値を積んでいるのだろうか。それとも、私には理解できない頭の構造をしているのだろうか。
どちらにせよ、私は彼女が昔「神童」と呼ばれ、今でも「鬼才」と呼ばれている才能の片鱗を目の当たりにしてしまった。
「難しい顔してるな」
「あら、戻って来てたの」
大まかな指示も終わり、事務処理を進めていた机に影が落ちて顔を上げれば三科が立っていた。
「彼女、扱えきれるかしらって思ってね」
「ああ、彼女ね」
彼女と言っただけで三科は苦笑した。
「何かあったの?」
「あったと言えばあったし、なかったと言えばなかった」
意味ありげな言い回しに首を傾げながら先を促す。
「ひとつ指示を出すと百でかえってきたんだよ」
「と、いうと?」
「頼んだことをやるだけではなくてそれに伴って要るかもしれない事を予測して「必要でしたらどうぞ」と気軽に言って一緒に色々提出された」
気軽に言う事でもする事でもない気がするが。
「ただそれだけなら少し驚くだけでいいんだけど、彼女なら簡単に予想できたであろう他の部隊員に指示していた事は一切してこなかったんだよ」
「一切?全く?」
「そう、全く。「何で?」と訊いたら「他の方がしていらっしゃる仕事を取り上げる悪癖はございません」ってさ」
という事は、彼女は指示されたことから必要あることを予測し、さらに他の部隊員に指示されている事さえ予測して行動したという事か。
「でも、それを褒めるときょとんとした顔で「私にできることをしたまでです。お役に立てたのなら安心いたしました」だもんね」
「謙遜なのか天然なのか判断に迷うわね」
「本当にね。俺からは一言。彼女を扱うのは難しいと思うってことかな」
三科の評価を聞いて、私はまた口元が緩むのを抑えきれなかった。彼女は予想外すぎて呆れてくる。
まったく、本当に、面白い。