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君にだけは(村瀬)

 明瀬総長から呼び出しをされた時には特に何の疑問も思わなかった。

 今日、斎条さんに次期総長についての話をするというのを聞いていたからだ。

 彼女なら、斎条さんなら呼び出してくるのではないかと考えていた。


「私は先に帰宅するわ。貴方と彼女の問題だから。ただ一つだけアドバイスしておく。正直になりなさい」

「正直に、ですか?」

「そうよ」

「…覚えておきます」


 正直に、と言われてもピンとはこない。

 明瀬総長が言うことなのだから、心にとめておいたほうがいいのだろう。


「…戸締りは任せたわ」

「了解です」


 まだ何か言いたそうにしていたけれど、明瀬総長はそれ以上なにも言わずに去っていった。

 明瀬総長を見送り、総長室への扉をノックすると「どうぞ」と彼女の声が聞こえた。

 部屋の中で彼女は窓際に立って待っていた。


 斎条由紀菜。

 可愛らしさはあるけれど、誰もが見惚れるような華やかさがあるわけではない。

 本当に、中身がアレだとは思わない、普通の見た目。

 人の警備から保護だけではなくあらゆるセキュリティサービスとその研究を進めている大手警備会社の令嬢で、入試テストをほぼ満点でトップ入学。新入生代表を務める。生徒自治会に入る資格を得たにも係わらず風紀へといち早く加入をしてきた変わり者。

 彼女が風紀に来てから今までの活躍は言うまでもない。


「後輩からお呼びたてして申し訳ありません」

「いいえ。予想はしていたので」

「ええ、そうでしょうね」


 いつも周りに気を配る彼女にしては棘のある言葉だ。

 彼女に内密で署名を集めたのだから、腹を立てていても仕方がないだろう。

 座ってくださいと彼女が指した場所は総長室にある簡易的な机と椅子だ。

 その一つに腰を掛けると彼女は窓際に立ったままでにこりと笑いかけてきた。


「次期総長のお話に関しましては先ほど伺いました。私はそれを了承いたしましたので、正式な任命後はいかに先輩といえども部下として扱いをさせていただきます。それを分かっていての行動ですよね」

「もちろん」

「では、全ての先輩方も納得のことであると」

「…もちろん」


 反応に遅れた。

 一瞬、最後まで署名を拒んだ友人が頭に浮かぶ。

 1年と風組は彼女を次の総長へと言ってもなんの疑問もなく署名をしてくれた。

 彼女の実力は分かりきっていることだし、身近で見ていた者ほど説得は早かった。

 だが、友人は「彼女と話すべきだ」と最後まで言っていた。

 話したところで何になる。彼女が、斎条由紀菜が次期総長になることがベストの選択であることには変わりはないのに。それが早くなるだけの話だ。

 それなのに、どう言っても友人は最後まで首を縦には降らなかった。


「無理をしなくていいですよ。貴方が集めた署名はすべて拝見しています。風組にいたるまでよく集めたものだと感心しました」

「ありがとう」


 ほら、彼女だってこう言っているではないか。

 次期総長を決める手間が省けていいくらいだ。

 そう思っていたのに。


「ああ、勘違いしないでください。褒めていません」


 では、どういう意味かと問おうとしたが、声が出なかった。

 彼女の先ほどまであった笑顔が消え、感情のない無表情で見下ろされていた。

 息が、つまる。


「貴方がしたことはとても不愉快だ」

「もうし、わけ」


 何が悪かったのかわかってもいないのに、謝らねばと懸命に口を動かす。


「謝るな。それさえも不快だ」


 感じているのは恐怖なのだろうか。

 いや違う。怖いわけではない。年下の、しかも女の子が、恐ろしいなんてこと、ないはずだ。

 では何なのか。言い表せぬ焦りが、さらに混乱を招いていることにこの時の俺は気が付いていなかった。


「貴方には期待をしていただけに、残念だよ」


 言い訳を、せねば。

 あなたに煩わしい手続きなく長となって欲しかったのだと。

 次期総長を決める時期はもう少し先のことだけれど、先に決めてしまっても問題はない。

 決まっているならあなただって有益なことがたくさんあって、風紀にとっても新編成を早めにしてしまうことで楽にできる。


「何故、先に相談をしなかったのですか?話し合いをしたところで私が逃げるとでも?総長へ推薦されることを嫌がるとでも?断るとでも?」


 違う。そうではない。

 俺は、あなたのために。


「それとも、貴方は私を侮っていたのだろうか。上に立つ事を拒む臆病者だと」

「そうじゃない!」


 張り付く喉を開け、声を上げ、顔を上げたことで自分が今までうつむいていたことに気が付いた。

 手に背中に汗が滲んでいることにもやっと気が付いた。


「署名をしなかった方にも止められたのでは?」

「それは、」


「彼女は話ができる人ではないのか?」と友人は言った。

「こんな事をしなくても、まずは彼女と話をするべきよ」と明瀬総長は言った。

 けれど署名は集まった。止められる流れではない。止める必要もない。

 これは、決定事項なのだ。


「残念です。私は貴方に信頼される人間ではなかったらしい」


 無表情のなかに失望と憐れみが含まれた。


「違う!!」

「では、なぜ?」

「君が、斎条由紀菜という主導者がいるのならば風紀は安泰だ。だから、君が率いることが自然ではないか」


 今の統括だって、当たり前にその地位についたのだから。

 完璧な超人がいるならば、それが自然なのだ。


「そうですか。なるほど、なるほど。…本当に、残念ですよ。()()()()()()の理由なんて」

「え」

「まだ、総長やるのが面倒になったのだ。みたいな理由のほうがましだったのに」


 窓際から俺の横を通り過ぎ、後ろにあるドアを開けられた。


「私が聞きたいことは以上です。どうぞ、お帰りください」


 後ろから掛けられた言葉に反応できなかった。


「村瀬先輩?もう結構ですよ?戸締りなら私がしておきますから」


 それっぽっち。俺のやったことが、まるでくだらない事のように。


「…自分より明らかに優秀な部下に晒されながら、自尊心を押し殺し、劣等感に苛まれながら卒業までその地位にしがみついておけば良かったのか」


 口からこぼれたのは本心か、出まかせか。


「まさか先輩、わたしと同じ土俵で比べています?」


 いつのまに移動したのか、心底不思議そうな顔が目の前でのぞき込んでいた。

 驚いて身を反らすが座っているため少しだけ椅子が後ろへ移動しただけとなった。


「なにをして」

「いやいやダメですよ。同じ土俵に立ってしまっては。人智を超える馬鹿々々しい存在に対して土俵を同じくするだなんて、時間の無駄です」

「は?」

「私如きに構う暇があるのならもっと他にやることはあるでしょう!」

「いや、それは」

「当たらぬ蜂には刺さられぬと言いうものです。目の前にあって触れることが出来るからと自ら当たりにいってしまっては怪我するだけですよ。自損事故ではないですか」

「………」


 なんと傲慢な。なんと身勝手な。なんと無神経な言い分だろうか。

 脱力感にみまわれ顔が引きつる。

 ああそうだ、俺は人智外に何を期待していたのだろうか。

 でも、これだけは言いたい。


「君に言われたくない」


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