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少し昔と今とこれから(侑斗・S・タウリアイネン)

遅くなりました。申し訳ありません。

 祖母の葬儀の後に父が俺に言った。日本に来るかと。

 もうおぼろげにしか覚えていない幼い日の思い出。彼女がいる日本。

 今なら、彼女と話しても、彼女の気持ちが少しは分かるのではないだろうか。

 教えてくれる祖母はいない。けれど、彼女に会えるのではないかという想いが日本行きを後押しした。


 日本に戻るとあまり構う事は出来ないと父から聞いてはいたが、本当に父とは顔を合わせることのない日々を過ごすことになった。

 寂しいとは思わなかったが、祖母を思い出してはぼんやりとしている時もあった。

 日本ではまだ義務教育中である年齢の俺であったが、あと半年で高校入学の年齢でもあるので中学には行かず、外部受験で入学をした。

 その学校のレベルは高く進学校として有名な学校であったが、良家や資産家の子息や令嬢も通っている学校であった。

 そこでも祖母に教わった通りに笑顔で接し、相手の表情から思っていることを懸命に考えた。

 上手くいっていた、と思う。

 生徒自治会統括に抜擢されたときは新参者であると固辞を示したが、周りに押され、結局は就任をした。

 メンバーは一癖も二癖もある者ばかりを集めてしまったけれど、順調だった。

 そう、彼女が入学をしてくると聞くまでは。

 新入生代表に彼女の名を見たとき、おぼろげだった思い出が鮮明に浮かぶようだった。

 あれは、初めての挫折でもあった。

 何故、彼女があの時泣いてしまったのか。

 分からなくて、二の足を踏んで、今まで彼女に会いに行こうとしていなかった。

 彼女に会える事に嬉しくもあり、同時に怖い。

 わからない。それが、怖い。

 それでも、彼女が入学してくるのだと思えば力も入ってしまうもので、いきなりはりきり出した俺に生徒会メンバーは首を傾げていたので彼女について昔に会ったことがあるのだという事だけを話した。

 何故か話を聞いた全員がにやりと笑った。


「気合はいりすぎて気持ちわるいわ」


 そう言ったのは同じ時期に風紀総長まで上り詰めた幼馴染だった。

 明瀬がガキ大将だった頃とは見た目がまったく変わってしまっている。

 けれど、話してみれば意地の悪い中身が変わっていることはなく、変わっていないどころか陰で支える彼氏まで出来て、昔以上に意地も根性も真っ黒になったのではないだろうか。

 そのことを素直に口に出せば「マネキンがよく口を動かす様になったものね」と嫌味を返されたのはもう懐かしい思い出だ。

 彼女の事でにやにやと笑う明瀬はなるべく無視を決め込み、入学式の準備に気合を入れた。


 そして、彼女と再会をした。


 再会してから少しでも彼女に怯えられない様にととった行動は、ことごとく裏目に出ている。

 彼女は生徒自治会に入ることはなく、風紀に入隊。

 新入生代表であった彼女が風紀に入ること自体が異例。

 周りからそれとなく確認してもらったが、「私には分不相応ですから」と謙遜をするばかり。

 「結局は侑斗と一緒にいたくないのかもね」と叶に言われて何も返すことはできなかった。

 風紀に入った後も書類を持って来る彼女は変わりなく見えて、それでも彼女自ら俺に近づくことはなかった。

 少し遠巻きにされている。そんな感覚。

 理由を問いただそうにもタイミングが上手くいかず怯えられ、結果的に彼女との壁が厚くなっていくだけ。

 叶にはため息をつかれ、明瀬には笑われていた。

 そんな二人に加え、彼女と俺の事情を知っている者たちは一様に恋愛ごとにつなげようとしてくるのには困っていた。

 そんなつもりはないと言っても訳知り顔をされるだけ。

 だから、困っていた。

 困っていたはずだった。

 

 校外学習で密かに行動をしていた彼女。

 誰かに的確な指示を出しながら隙のない動きをしていた彼女。

 鮮やかな手つき、危なげない動き。

 再会してからとは違う。そこには、あの時を思い出させる強い(・・)彼女がいた。

 気持ちが高揚してくるのを実感した。

 楽しかった、その気持ちを思い出した。

 楽しかったのに、とても楽しかったのに、彼女は泣いてしまったのだ。

 思い出した気持ちを抑えながら、彼女には苦言を呈した。いくら彼女が強くとも危険な行動には変わりないのだから。

 しかし、彼女は危険の感覚が人とはずれているらしい。俺の言葉に終始首を傾げていた。

 そんな姿でさえ、あの頃の彼女がやっと目の前にいるようで嬉しくなってしまった。

 今なら彼女と話せるのではないかと手を回して二人きりでホテル玄関まで歩いて行けるようにした。

 結局は叶に邪魔をされる形になってしまったけれど。

 それでも、彼女も俺と叶が付き合っているという誤解をしていたらしいので、それが解けただけでも良しとしよう。


 彼女は変わっていなかった。

 あの頃と同じ。

 強く、賢く、可愛い彼女。


 きっとあれは初恋だった。

 そして、今も。


 気づいてしまったからには仕方ない。

 向き合うべきなのだろう。

 あの頃と。そして、これからと。

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