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少し昔の話(侑斗・S・タウリアイネン)

少し長くなってしまいました。

彼側の昔の話です。次回も続きます。

よろしければお付き合いください。

「ただいま」


 そう言って返ってくる言葉はない。

 広い家には誰の姿もなく、殺風景な空間だけが広がっている。

 相変わらず、人の気配が無い家だ。

 校外学習は色々あったものの、何とか納まりは付いた。

 色々あった事すべて校外学習には関係のない事ばかりだったけれど。

 リビングのソファに深く座り、長く息を吐く。


「そろそろ素直に認めたら?」


 そう言ってにやりと笑った明瀬の顔が思い浮かぶ。

 手足が出ることが無くなっても口数が減らない所は昔からの攻撃性がそのまま残っている証拠だろう。

 そう、昔から、俺も変わらない。

 簡単に言ってしまえば、天才という事なのだろう。

 どんなことでもある程度はすぐに出来てしまい、回数を重ねる後に敵う者もいなくなる。

 なにも面白いと思ったことがない、そんな幼少期だった。

 だからだろうか、表情が乏しい子どもだった。

 どんな子どもであろうと母はそんなことを気にする人間ではなかった。

 ただ周りから跪かれることに慣れていた母は俺を連れまわすことで更なる自尊心を高めていった。

 それを見かねた父が母に苦言を呈すことで家ではよくケンカになっていた。

 母と父は互いが互いに己の利益のための婚姻であったため両者に愛情などなかった。

 ある意味似たもの同士であったのだろう。母は自分の為に、父は家の為に。両者の違いはそれくらいのものであった。

 両親は共に表面を取り繕うのには長けていた故に、我が家には知人の家族が遊びに来ることがあった。

 大人は俺をほめていたが、にこりともしない俺は子どもから見れば気味の悪いものだった。

 集まりで出会う子ども達からそのうち声をかけられなくなるのもあっという間。

 そんな俺に根気よく声をかけてきたのが彼女であった。


「どうしたの?」

「一緒に遊ぼう」

「みんないるよ」


 どうせそのうち飽きるだろうと俺は返事をしなかった。

 ため息をついた彼女は何を思ったのかチェスボードを指してこういった。


「勝負をしよう」


 チェスなんて出来る子どもに会ったことが無かったので、少し興味がわいた。

 暇つぶしくらいにはなるのではないかと思った。

 驚く事に、結果は俺の勝ちだがものすごくギリギリであった。

 大人でもこれほど接戦をしたことなど無いのに。

 彼女は負けたことに呆然としていたが、それも一瞬で「もう一回!」と俺に詰め寄ってきた。

 彼女は面白い。

 そう思った俺は断ることなく彼女の示す勝負を全て受けた。

 そして全て勝った。勝ったが、やはりギリギリだった。

 でも楽しかった。とても楽しかった。

 だがらこそ、何気なく言った。


「強いね」


 と。

 そのひとことを言ってすぐ、彼女は泣き叫び帰ってしまった。

 その後も、謝らなければいけないのは俺の方だと思うのに、彼女から謝られ、感謝された。

 訳が分からない。

 それは、初めて経験する答えのでない疑問であった。

 自分で考えても分からず、人に聞こうにも何を聞けばいいのかさえ分からない。

 元より両親に聞こうとは思っていなかったが、聞ける状態でもなかった。

 離婚が成立したのだ。

 親権は父へとなったが家の事しか考えていない父に子育てなど出来るわけもなく、かといって家政婦任せなのも外聞が悪いと思ったのか母方の祖母の下へ行く事になった。

 あちらこちらとややこしい事態になっていたが、当時は子どもの俺に否と言うすべはない。

 こうして、彼女にもう一度会うこともないままに日本から離れることになった。

 外国の貴族の血筋である母方の家はまるで城のような出で立ちであった。

 そこに祖母はひとりで暮らしていた。いや、正確には使用人と一緒にであったが。

 祖父は俺が生まれる前に亡くなっており、祖母ひとり子ひとりにの生活となったが家の事は世話人や家政婦がいたために特に問題なくなかった。

 ただひとつ、変わった事がある。

 母の母とは思えないほどにおっとりとしている祖母は、とても話しやすい人であった。

 表情の乏しい俺にもいつも笑顔で接し、どんなことも受け流してしまう。

 記憶の限り、祖母が怒ったところを見た事がなかった。

 そう、あの疑問を聞ける人ができたのだ。


「その子に謝れなかったことを後悔しているの?」


 彼女の事を聞いた祖母はそう尋ねてきた。

 そうかもしれない、とも思う。

 しかし謝れなかったことも後悔しているが、それよりも彼女が何故あんな顔をしたのかが気になった。

 それを伝えると祖母は笑って俺の頭を撫でた。


「相手の事が知りたいのね」

「そう…かな」

「ならまず笑顔からはじめてみたらどうかしら」

「えがお?」

「そうよ。こちらが怖い顔をしていれば相手だって怖い顔のままよ。笑ってほしい時は笑顔をつくりなさい」


 人の事になると興味の無かった俺はそうなのかと素直に受け取った。

 それまでに、そういった人付き合いを教えてくれる人が居なかったのも原因かもしれない。

 なんにせよ、答えが見つかるのならやってみようと祖母の笑顔を真似てみた。

 すると不思議と周りに人が集まるようになった。

 彼女のようなことにならないように、人を見る。


 嬉しい時の顔。

 悲しい時の顔。

 困っている時の顔。

 怒っている時の顔。


 すると表情と感情の食い違いがあることに気が付いた。

 それを祖母に言うと今度はこう言った。


「では、相手がどうして食い違っているのか想像してごらんなさい」


 笑っているのに何故困っているのか想像をした。

 泣いているのに何故嬉しいのかを想像した。

 悲しいのに何故笑っているのか想像をした。

 怒っているのに何故哀しんでいるのか想像をした。


 全てわかる訳でもないし、理解できない事もあったが、祖母に相談しながら自分なりに咀嚼していった。

 その努力のおかげか、人並に周りと会話が出来るようになったと思う。

 そんな折、祖母が亡くなった。

 死にゆく祖母は笑っていた。最後まで笑っていた。

 俺には理解ができなかった。

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