修羅場ですか?
どうしようかと思ったけれど、考える暇は無くなりました。
純マッチョが何か焦ったようにこちらをちらりと見てきたからだ。
その視線の意味を思い当たるに、まだ共犯者が捕まっていないのだろう。
そうなるとひとっ走りしなければいけない所があるのですよ。
「申し訳ありませんが、今は説明している暇はございません」
彼の横をスルリと通り過ぎ、駆け足で目的地へと向かう。
時計を見て残り時間を確認。後3分ってところかな。
電話を片手に走りながらドマッチョ(黒)へ連絡をとる。
「5分誤魔化せ」
通話になった瞬間にそれだけ言って切る。
目的地である非常ドアの前に着くと鍵がかかっていた。でも大丈夫。
そんな複雑な鍵じゃないからピッキングで十分でございますよ。
「なんでそんなことまで出来るんだ…」
「嗜みです」
彼が後ろから付いて来ていることは分かっていたので簡潔に答える。
覚えられるものはなんでも覚えましたからね。
簡易的なピッキング道具も持ち歩いてます。嗜みです。
ものの数秒で開いたドアの向こうには非常階段。
その下を覗けば従業員用の駐車場だ。ざっと見渡して目的の乗り物を発見。
うまく植木の影に置いてあるけれど、バイクを隠すのは難しいよね。
そのバイクに近づく人物を発見。悠長にしてると間に合わないので、手すりを飛び越えてそのまま下へとジャンピング。
後ろから「ちょっまっ!」とか聞こえてきたけどごめんなさい、待てません。
2階くらいの高さなら受け身を取って着地をすれば大丈夫ですから。身体は丈夫なのが取り柄です。
バイクに近づいていた人は突然現れた私に一瞬怯んだので、その隙をついて回し蹴り一発。はい、終了。
呻いている隙に拘束バンドを取り出して身動きが取れない様にする。
うむ、一発で綺麗に気絶させられないとか、まだまだ精進が足りないな、私。
スタンッ、と軽やかな足音がしたので振り向けば同じように飛び降りてきた彼がいた。
「危ないですよ?」
「君に言われたくない」
それは…そうかも?
「時間もないので戻りながら説明してもよろしいでしょうか」
「この人は?」
「こちらで回収をいたしますので、お気になさらないでください」
「そう…」
戻るために非常階段へと足を向けると彼に止められた。
「どこから戻るんだ」
「え、来た道からですが」
何かおかしいですかね。すごいため息つかれちゃったんですけど。
「普通の道を行けばいい。俺からも連絡は入れておいたから、時間は大丈夫」
どうやら私が犯人を伸している間に彼は手回しをしていたようです。
状況の説明一切してないのに、すごいなおい。
「…そう、ですね」
それでも近道で戻りたいけど、そうは言えない雰囲気。
仕方ないので彼の言葉通りに通常の道を使ってホテル入口の方へと歩いていく。
彼と横並びで歩きながら説明を口にした。
「仕事なので詳しい内容はお話できないのですが、少々事件がおきまして。それの対処をしておりました。統括にはご迷惑をおかけして申し訳ありません。もう終わりましたので」
「君は、いつもあんな事を?」
「仕事のことをお聞きしているのでしたら、まあ、そうですね。いつもこんな感じです」
今回についてはたまたま私がここに居たからついでとばかりに使われただけだろうけど。
私のチームっ便利屋みたいな感じなので、何でも頼まれたら基本的に断らない様に言ってあるんですよ。
給料泥棒になったらダメですしね。お仕事大事です。
でも、理不尽なものや楽をしようと自分の仕事を回しているようなものは突っ返しますけど。
「危険じゃないか」
「危険?」
彼の言葉に首を傾げる。どこが危険なのだろうか?
エントランスで犯人に立ち向かったこと?いや、あれは不意を突けたからやられる事はないし。
ピッキングしたこと?あれも数秒であけられるものだし。見咎められてないし。
2階からジャンピングで着地したこと?怪我ひとつないよ?ピンピンしてるよ?
出来るからやっただけなんだけどな。
うーん。ダメだ、わからない。
「わからないって顔してる」
「………」
ば れ た。
「あー…その、大丈夫、ですよ?」
「根拠は」
チートがあるから。と言ってもさ、まず何でそんなチートを持ってるのかとか説明とかできないからなぁ。
「根拠と言われれると困るのですが…私は自分が出来ることと出来ないことの把握はしています」
あたりさわりなく返答をする。
これも間違ってない。私は私の出来ることの把握に努めている。
基本的に出来ることしかしないし、出来ないことや出来るか分からないことに手を出したりはしない。
「君が、分かってない事は分かった」
またため息つけられた!
しかもご尊顔に皺が!ああどうしよう。これ困らせてるんだよね?
「申し訳ございません。統括を困らせてしまうなど、大変遺憾に存じます。この度は私の不徳に致すところ。以後気を付けます」
もっとばれない様にやります!
お手を煩わせるような事はいたしません。
「そうじゃなくて…」
「――!!」
彼がさらに続けようとしたところになにやら声が。
まだホテル出入り口までたどり着いておらず、裏と言ってよい場所なのですけど。どなたでしょうか。
「たっくんのバカ!」
可愛らしく罵った声。あれ、この声って…。
「叶?」
ひそりと彼が呟いた。やっぱそうですよね。彼女様の声ですよね。
向こうにばれない様に声の方向を覗いてみるとそこには篠崎先生のお姿が。
え、マジで?もしかしなくともこれって修羅場?
先生ダメですよ!いくら彼女様が可愛いからって生徒に手をだしちゃ!
でもたっくんて呼ばれてたから元から親しいとか?
ちらりと彼を見ると何やら思案顔。やっぱり修羅場ですか?