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予想以上の手強さ(三科則杜)

 斎条さんが視界から消えて、背中にひやりと汗が流れる。

 手にもじとりと湿りがあるのを見て、思っていた以上に恐怖を感じていたんだと実感した。

 どうやら面白半分に踏み込み過ぎたらしい。


 斎条さんの会社の講師の付き添いが急遽変更されたと聞いて「何かあるのかも」と思って探りを入れた。

 何かあれば、斎条さんの弱みを握れるかもしれないという打算があったのも認めよう。

 変更された人が斎条さんに「会いたかったから」と情熱的な事を言っていたとも聞いて、これは面白そうだと思ったのだ。

 弱みとまでは行かなくとも、何かつかめれば良いカードになるだろうという、軽い気持ちだった。


 最初はいつも通りの返しだったのに、一つ一つと質問を続けるたびに彼女から発せられる拒絶に気が付かなかった訳ではない。

 けれど、大きな才能を持ち、才がある故に傲慢でありながらどこか謙虚な彼女なら大丈夫だと思った。…思ってしまった。それが、いけなかった。


「そういうことに小うるさい人はどこにでもいるものですけれど」


 そう言った時の斎条さんはいつになく無表情で、ゾッとするものを感じた。

 小うるさい人とは、誰を指すのだろうか。

 控室全体を見渡しているようでその瞳は誰かを睨みつけているようにも見えた。

 おそらく、それが俺ではないことは分かるが、もしその瞳に見据えられたら冷や汗どころでは済みそうにない。

 そこからはあたりさわりのない仕事の会話をしていたら、斎条さんから感じられる威圧は引いていったためにギリギリセーフかとホッとしていた。

 それが間違いだと分かったのは最後、「これ以上は企業秘密ですので」とニコリと笑った彼女。

 そのセリフで、やっと喉元につきたてられていた刃に気が付いた。

 セーフなんかじゃない。アウトだったのを今回だけ許されたのだ。

 暗に仄めかせられた「これ以上関わるな」という意思に苦笑するしかなかった。


 会場では講義が始まっている。始まってしまえば少しだけ一息つけるのに、そんな合間も忙しくしているであろう恋しい人の元へと足を運んだ。

 資料を睨んでいる姿は近寄りがたい雰囲気をしているが、俺にとってはホッとする姿だ。

 その姿を視界に映すことでやっと心底安心ができる。


莉南(りな)


 周りに人がいない事を確認してから呼ぶ。

 莉南が風紀総長になってからは、こうして名前で呼ぶのは二人きりの時だけになっている。

 だからだろうか。自分ではよく分からないが、「名前を呼ぶ声が甘い」と人に言われたことがある。


「うかない顔ね。則杜(のりと)

「ちょっと、ね」


 仕事の真っ最中に名前で呼ばれたことに咎める視線を向けたものの、俺の顔をみて莉南は首を傾げ名で呼んでくれる。

 姿だけではなく、ぬくもりも欲しくて周りに人がいないのをいいことに目の前の愛しい恋人の後ろに回り、両腕に抱えた。


「資料が見えにくいわ」

「少しだけ。このままでいさせて」

「しょうがないわね。腕が動かせるくらいは緩めてちょうだい」

「わかった」


 許しが出たので言われたように少し緩めながらも自分より小さい身体を抱きしめる。

 くすくすと腕の中で莉南は笑った。


「で、何をしてしまったの」


 何があったのか、ではなく何をしたのかと聞くあたり、莉南にはかなわない。


「斎条さんに怒られた」

「あらあら、どうせ則杜のことだから踏み入りすぎたのではない?」

「そうみたいだ」

「貴方はいつも詰めが甘いわね」

「面目ない」


 反論は出来ないので淡々と事実を話していく。


「斎条さんの所の会社、急に人が変わったからちょっとだけ気になって。斎条さんに聞いてみたららどうやら親しい人だったみたいでね」

「それで?」

「どういう間柄なのかなと思って聞いてみたら、あの人、婚約者候補なんだってさ」

「あら、斎条さんにもそういう人がいたのね」

「だね。でも斎条さんはその気がまったくないみたいだったよ。候補は候補だって」

「候補ってことは他にも?」

「いるような感じだったね。どれだけいるのかまでは教えてくれなかったけど」

「そう…これであのヘタレも少しくらい焦るかしら」

「どうかな」

「これでも応援しているのだけどね」


 少し心配そうにそう語る莉南を見ているとつい嫉妬が顔を出す。

 現統括と莉南は幼馴染だから、親しい友人であってそれ以上の関係値はないと分かっていても。

 ぎゅっと腕に少しだけ力を入れると莉南は顔をこちらに向けて笑った。可愛い。


「応援してるだけよ?まあ、一番は面白いからだけれど」

「…わかってる」

「仕方のない人ね」


 そう、これは仕方ないのだ。

 親同士で話した他愛のない世間話の延長だったのだとしても。

 統括と莉南を結婚させようなんて話をしていた事があると聞いてしまったら、どうしても不安が付きまとう。

 ましてや向こうは、例えどんな噂が立っていようとも、今は特別な相手のいない状態で、しかもミスターパーフェクトなんて呼ばれている完璧超人。

 莉南に関することでは誰であろうと譲る気はなくても、もしかしたらなんて思ってしまうのだ。

 そんなどうしようもない嫉妬を「仕方ない」と笑って許してくれる莉南に愛しさが募り、愛しさが増えれば増えるほどに嫉妬の心も育ってゆく。どうしようもない相乗効果。

 俺の心の平穏のためにも、あの二人には早めにくっついてほしいものである。

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