忙しくなってまいりました
ドマッチョ(黒)の事は捨てておこう。それがいい。かまったら負けだ。
「斎条さん」
「三科副長」
ドマッチョ(黒)のいらない情熱は見えないものとして扱う事を心に決めて仕事をこなしてゆくと三科副長が様子を見に来ていた。
明瀬総長は総監督ですからね。あっちこっち動き回るわけにもいかないのでしょう。
三科副長が手となり目となり耳となる。忍者か。忍者なのか。
「斎条さんのところ、人が変わったって」
「ああ、はい」
見えないものとして扱う事を決めたのに、アレの話題ですか。逃げられないのか…くそう、ドマッチョ(黒)め。違う所へ情熱を向けろ!
「講師の方が連れてこられたのですから、弊社の社員であることは間違いありません」
「うん、大丈夫。そこは疑ってない」
「ご安心ください。仕事はできる人物であることは私が保証します。講義にも問題ありません」
問題ないどころか、来る予定だった付き添いより優秀であることは間違いない。褒めたくないけど。
「…斎条さん、ずぶん信頼しているんだね」
「ええまあ。遺憾ながら、よく知っているもので」
「ずいぶん熱烈だって耳にしたよ」
「アレも一応婚約者候補ですからね」
色々熱烈なのは己の欲望を満たしたいからだからですけどね!
婚約者については候補なだけなので、ドマッチョ(黒)と結婚とかごめんこうむる。
「斎条さん、婚約するの?」
「いいえ。ただの候補です。両親には自由に決めろと言われておりますし、私自身も意に副わぬ婚姻はする気はございません」
「好きな人と結婚すればいい」と言われてますから。
ただまあ、そうは言われても大人の事情は複雑なので、候補はアレコレ出されます
両親から直接話はもってこなくても、進めてくる親戚や会社の人間はいるわけですよ。
今の所全部「まだ早い」とか「考えられない」とかいって躱してますけどね。この言い訳、後何年もつかなぁ。成人まではいけるかしら。
「そうなんだ」
「そういうことに小うるさい人はどこでもいるものですけれど」
善意で進めてくる人に「いらぬお世話だ」と言っても「貴方の事を考えているのに」とか言ってきますからね。
前の時もそんな人がいたなぁ。「もう年なんだから」とか「少しでも早い方が」とか「良い出会いを求める年齢は終わってる」とか「理想が高すぎるんじゃないのか」とか。…思い出したらちょっとイラッとしてきた。「子どもを産めるなら産むべきだ」とか「おひとり様はさみしいでしょ」とか、イラッとしたら余計なことまで思い出してしまったじゃないか。あのころはあのころで仕事に趣味にとそれなりに楽しい人生だったのに。
いやでもまさか生まれ変わって10代のうちにそんな話が出るとは思いもしなかったけど。
…恋とか愛とかってどんなもんだっけ。
まあ、いいや。今は仕事ですね仕事。昔は昔、今は今。イラッとしても無駄なエネルギーを使うだけだ。
「そろそろ講義の時間ですね」
「そうだね。もうすぐ生徒も受講したい講義会場に入室完了するんじゃないかな」
『全生徒席に着きました』
噂をすればなんとやら。話している間に完了の知らせが入った。時刻は予定通りに進んでますね。
「了解しました。講師の方々を講義会場へご案内します」
『お願いします』
インカムへ了承の返答を返し、指示を出す為に足を踏み出す。あ、そうだ言い忘れてた。
「三科副長」
「何かな」
「これ以上は企業秘密ですので」
きっと三科副長はもっと違う探りを入れたかったのだろう予測からそう言っておく。明瀬総長に探ってこいと言われたのでしょうけどね。
私の事情はいいですが、ドマッチョ(黒)については秘密です。
「了解」
三科副長は苦笑してそう言った。
そうそう。世の中気が付かない方が良い事も沢山あるんです。
私も三科副長に笑い返してから止めた足を再度動かした。
「準備が整いましたので各自講義会場へご案内をお願い致します」
私の合図でそれぞれが案内していくのを見届けてから私も柳下さんの所へと足を進める。
「お待たせいたしました。講義会場へご案内します」
「ありがとう」
「こちらへどうぞ」
私の後に続いて柳下さんとドマッチョ(黒)が着いてくる。
それぞれが会場に向かう中で私は二人にだけ聞こえるように口を開いた。
「状況は」
「パターンE3。リクエスト4。セクション3」
「詳細は」
「都から。なお、現行中です」
パターンE3=誘拐事件、犯人と交渉済みであり、リクエスト4=その事件に協力要請が出たので、セクション3=私のチームから3名動いているという事だ。
詳細は都から。本部から連絡が入る。そして現行中。つまり取引現場はここ。
それで、ドマッチョ(黒)が私の前に現れた訳か。でも、別に本部からの連絡で分かることだよね。しかもドマッチョ(黒)よ、入れ替わったことでお前を動かしにくいじゃないか。
「…で、付き添いを入れ替わった理由は」
「ですから、お叱りは私にと」
「………」
そこは正真正銘叱られたかっただけなんだな。予想していたけどね!
抑えるんだ私。決めたじゃないか、ドマッチョ(黒)は捨て置こうと。
「柳下さん」
「はい」
「こき使ってください」
それはもう馬車馬のように。
「承りました」
「お願いします」
後ろから柳下さんが苦笑した空気が感じられた。マジでお願いします。
会場入り口前で案内は終了。にっこり笑って送り出した。
「こちらが会場になります。ご教授の方、よろしくお願いいたします」
「案内ありがとう」
ドマッチョ(黒)にもついでに笑っておいた。叱らないからね!
この話のジャンルは恋愛でいいのか悩むこの頃です。