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掴みたくない救いの手(水無瀬詞子)

 その日は雪だった。

 電車の遅延で受験時刻に遅れそうになった私は慌てていた。

 分かっている。電車の遅延では仕方が無いことくらい。

 学園側だって考慮してくれると、分かっていた。

 でも、焦る気持ちはなくならない。

 間に合わないかもしれない。

 もう、試験さえ受けれないかもしれない。

 焦って。泣きたくて。懸命に足だけを動かして。ただただ受験会場にひた走ってた。

 受付にたどり着いたときにはもう息切れをしていて、まともにしゃべることも出来なかった。

 でもそこには片付け始めている光景があって、私は間に合わなかったんだと悟った。


「受験生かな?」

「は……い……」


 そんな私に優しく声をかけてくれた人がいた。


「どこの鉄道会社を使ってきた?遅延証明書はある?」

「中央、線で……しょ、めいしょは…」


 もちろん慌てていた私は証明書の事なんて頭に無くて貰っていない。

 ああ、もうダメなんだ。私はここで終わりなんだ。

 じわりと涙で視界がにじむ。


「大丈夫。落ち着いて。総長!明瀬総長!!」

「どうしたの?」

「中央線は雪で遅れが出てますよね」

「ええ、出てるわ。鉄道会社に確認済みよ」

「この子、遅延証明書貰い忘れたみたいで」

「そう。受験票は?」

「君、受験票は?」


 握り締めてくしゃくしゃになっている受験票を渡す。

 もう、これも意味の無いものになってしまった。


「受験番号3058番ね。三科、検索」

「もうしてるよ。確かにこの子は中央線を利用しないと来れない所に住んでいるね」

「そう。さて、受験番号3058番、水無瀬詞子さん。貴方には選択肢があります」

「え…?」

「受付は終わったけれど、試験開始までにはまだ猶予があります。今日このまま受けるか、後日同じように遅延など雪の影響でこれなかった人と受けるか、どちらでも大丈夫よ。ああ、試験問題は変わってしまうからどちらが優位とかはないから」

「今日受けます!!」


 勢いだった。

 間に合ったのだ。

 もう、ダメだと思ったのに。

 証明書もなくて、受験票はぼろぼろで。


「ありがとうございます!ありがとうございます!!」


 視界を覆っていた涙が顔を伝う。

 それでもとめどなく溢れてくるので視界はクリアにならない。


「さあ、時間がないから涙を拭いて。気持ちを落ち着けて」


 最初に声をかけてくれた人がハンカチを差し出してくれた。

 背中をさすってくれている手が温かい。


「本当に、ありがとうございます。なんてお礼を言えば」

「いいよ。これも風紀の仕事だし、僕は何にもしてないに等しいしね。すごいのは総長と副長かな」

「ふうき?」

「そっ、風紀。君も無事に合格したら覗いてごらん。すごい人たちだから」


 さぁ、急いで。

 そう言って背中を押してくれた人。風紀の人だってことと、風紀の総長と副長をとても尊敬しているんだってことしか私は分からなかった。

 差し出されたハンカチと手の温かさが焦っていた私の心を落ち着けてくれて、試験は実力を出し切れたと思う。

 きっと合格できている。だからハンカチは合格してから返そうといけないと思いつつも持って帰ってしまった。

 合格通知が家に届いたときにもそのときのハンカチを握り締めて泣いた。

 それから風紀が志願制だと知ったときに私の気持ちは固まった。

 風紀に入ろうと。


 そして、入学した学園で彼女と出会ってしまった。

 斎条由紀菜という名前の人間はおかしい。


 最初はそんなこと思っていなかった。

 新入生代表で、頭が良くて、運動神経もあって、人望もあって。

 出来すぎだなとは思ったけれど、だからといって憎みも恨みも妬みもしてなかった。

 いや、嫉妬は最初からしていたのかもしれない。

 私には到底出来ないことを軽くやってのける彼女に。


 そんな彼女に憎悪にもにた嫉妬はっきりと向けたのはクラスでの委員決めだった。

 次々と決まっていく委員。

 私は風紀に志願をしていたので、立候補はしなかった。

 そんな中で、彼女は言った。


「私は風紀に所属しちゃってるので。生徒自治会ではないですよ」


 クラス全員が一瞬反応できなかった。

 新入生代表だった人が生徒自治会に所属するのは公然のルート。

 しかも今期の生徒自治会は歴代と比べても優秀で、そこに所属できるのならば何をおいても所属したいのが当たり前。

 それが、もうその切符を手にしたも同然の人が、なぜ。


 私にとってはそれだけではない。

 風紀は志願制で、クラスに何名という枠は無い。でも、志願者全てを受け入れたらパンクしてしまうから、人数制限はされている。その1枠にもう彼女が入っている。

 その事実が私の心に漣を立てた。なぜ。どうして。貴方は誰からも何処からでも歓迎されるのに。


 ずるい。ずるいずるいずるい!

 こんなの、不公平だ!!


 絶対に出し抜いてやる。アイツが風紀なんて認めるものか。

 そうだ、私が認められればいい。私が風紀に入ってアイツの化けの皮をはがせばいい。

 風紀は優しい場所だ。だから、きっと分かってくれる。

 総長も、副長も、…あの人も。

 それだけを考えて私は風紀の採用試験に挑んだ。


 なのに、なのに、なのに。

 お前が私を救うなんて!


「ふざけるな!!」


 お前が私を助けるなんて!


「哀れみでも持ったつもりか。惨めな私に同情でもしたか。助けられて、私が感謝でもすると思ったのか!」


 口から出てくる憎悪をとめることが出来なかった。

 総長に冷たい目で見られても。

 副長にさめた目で見られても。

 あの人の悲しそうな顔が視界に見えても。


「誰が頼んだ!誰が助けて欲しいと願った!そんなお情けで風紀に入るなんて真っ平だ!!」


 こんな私、ダイキライ。

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