愚か者の私
彼はパーフェクトである。
完璧である。
超人である。
万能である。
十全である。
無欠である。
私はチートである。
詐欺である。
不正である。
凡人である。
未全である。
虚像である。
私は簡単に言えば転生した、という事なのであろう。
何故前世の記憶があるのか分からないけれど、そういう事なのだと今は思う事にしている。
というか、幼少時の舌もまわらないうちに前世の記憶がよみがえってきたことにより、その頃は「転生チートとかできちゃう?やっちゃう?いやっふぅ!」とか馬鹿な考えに支配されていたのだ。
いつ、どこで、だれが、なにを、なぜ、どのように、なんて疑問は1ミリも考えなかった。
そう、私は愚か者であったのだ。
愚か者の私の行動は単純であった。
「転生チートと言えば語原じゃね?そうじゃね?」とか思って娘に甘い両親にあざとく英語教材に興味をしめすのをあからさまに見せつけ、買い与えてもらった。
そしたらどうだろう。幼児の脳みそはスポンジどころか強力吸収のマイクロファイバーがごとく吸い込んでいくではないか。
私は興奮して「マジでこれチートじゃん。笑える」と調子にのって様々なものに手を出していく事となった。
今の家が子どもの欲しがるものを買い与えることぐらいでは何の影響もないくらいに稼いでいるどころかそれなりの良い所の名家であるのもそれに拍車をかけていった。
そうした状況下で成長していった私は鼻も一緒に成長して伸びに伸びていく事となる。
そんな愚か者である私の伸びすぎた鼻を綺麗にスパッと切ってくれたのは彼であった。
父母に連れられ訪れた邸で友人の子どもとして紹介されたのが彼である。
見事なプラチナの髪の美少年に「ハーフの美少年とかありがち設定?はいはいおねーさんですよーこわくないですよー」と思いつつ彼に笑いかけた。
彼は一切笑顔を返してくれなかったが「緊張してるのかなぁ?大丈夫、大丈夫。おねえさんは怒らないから」なんて上から目線で彼を観察していた。
その場にはその他にもたくさんの子どもがいた。子ども同士で遊びなさいと庭に放たれたガキ共が大人しくしている訳はなく、ギャーギャーキャーキャー騒いでいる中で彼はひとりだった。
見た目は極上なので他の子どもも彼に興味は持っていたがあまりにも無表情無反応の彼に遠巻きになっていた。
私は一緒に遊ぶというより子ども達の面倒を見る感覚でいたのでそんな彼にも声をかけた。
興味無さそうにしているのを遊びに誘い、ゲームをした。
そして、全てにおいて負けたのだ。
最初は負けたことに呆然としたが「私は大人だもの。おほほほ~」なんて思いながら表面上は誤魔化していた。
どれだけ見た目が子どもだろうが大人なのだ。負けるわけが無いと手を変え品を変え勝負をしたが、結果は惨敗。
負ける度に自尊心が傷つけられていく私に彼は言った。
「強いね」
と。
私はその言葉にカッとなり、思わず声を上げた。
「強い?当たり前じゃない!だって私はっ」
と、そこまで言ってハッとした。
だって私は、大人なのだ。
大人と子どもの勝負で大人が本気を出せば子どもが負けるのは当たり前。
そんなずる勝ちを私は自分の実力として当然のように受け入れていたのだ。
そのことに気が付いた次には恥ずかしさで頭がいっぱいになり、様々なことが目まぐるしく脳内に廻り、混乱してしまった。
混乱した私は現実へ引き戻してくれた彼への感謝も忘れ「いやぁああああああ!」と叫びながら両親の下へ駆けて行った。
「帰る。もう帰る。やだぁ!」と常になく大泣きの私を見て両親は驚き、戸惑いながらも願いを聞き入れてくれて帰ることになった。
家に帰り着くまでも、帰り着いてからも「違うの。私が悪いの。ごめんなさい。許してください」と涙は止まらなかった。
そして私は引きこもりを選択した。「私バカだ!大バカだ!!なにやっちゃってんの。恥ずかしすぎる!!」とベッドの上で布団にくるまり身悶えていたのだ。
愚か者であることを理解してからの行動さえも愚かとは救いようのない事態だ。
1か月後にやっと彼に謝罪と感謝を伝えなければとの考えに至り、震える身体を叱咤して両親に訴え、彼に会わせてもらった。
「ごめんなさい」
「ありがとうございました」
これだけしか言えず、彼の顔もまともに見れなかった。
会いたいと言ったのは私なのに、このざまとは。きっと彼は呆れていた事だろう。
そして私は自分の力に驕ることをやめた。
出来て当たり前なんてことはないのだ。
いきなりの珍事に加え、今まで天真爛漫だった娘が謹厳実直になったような変わりぶりに両親は心配をしていた。
「そこまでしなくていい」
「そんなに頑張らなくていい」
「もう十分だよ」
色々言われたが、私は頷かない。
当たり前なんてことはないのだから。