67 黒魔術
◯ 67 黒魔術
ガリェンツリー世界にこっちの時間で五日ぶりくらいに来たら、随分と雰囲気が変わっていた。神界がこじんまりとした感じに変わってしまっていた。
そこにいたレイが苦笑いで迎えてくれた。
「メレディーナに怒られたよ。放っておいてごめんね?」
と僕に謝ってきた。ここの変わりようはどうやらメレディーナさんのせいみたいだ。僕の受けた感覚はあたっていた。要らない部分をカットしてエネルギーとして世界に還元したのだとか。
「そんな事が出来るんだね?」
「そうだね。アキは知らなくて当然だよね。そこもみっちりと怒られたよ……」
成る程、出来る事をやった訳だ。どのみちみかんの中間界で殆どがまかなえてるし、神界は神樹のいる場所とガリルの本体と会議室とか休憩室くらいになった。後は生活空間程度だ。
ばつの悪そうなレイの横顔は反省しているみたいなので追究はしないでおく事に決めた。
「今日はアキは何しにきたの?」
「え、と。宝箱の内職だよ。西本さんとかが可愛い服が少ないって言ってたから、マリーさんと相談してこっちの服のデザインを工夫して普通のお洒落服を入れようかって言ってるんだ」
「ふうん。それで買い出しにいくの?」
「うん。作るのはチャーリー達だし、一緒に行ってくるよ。みかんの中間界で作るし、二人が作ってる間は僕がカフェをやるんだ」
「新しい仲間はまだ出来上がらないの?」
新しいぬいぐるみ三体の完成はまだ先だ。
「うん。まだ無理みたい。マシュさんが時間が取れてなくって」
「そっか。マシュも忙しいからね」
もしかしたら、あの魔法力BOを使いたいのかもしれない。何が出来るのか楽しみだ。そのままリーシャンと一緒にお出かけした。第六フィールドのダンジョンの街はまだ良い感じだけれど、生地屋さんには余り良い生地は無かった。でもここの町の人はこれで服を作っているみたいだ。
「……多分、良い生地は王都に行かないと無いかも。でもあそこは今はちょっとね」
マシな生地を何点か買った。アイリージュデットさんに染色に良さそうな植物を聞いてみたら、この時期ならボオの葉を使うと綺麗な緑の色に染まると教えてくれた。
定着液に使う樹液を一緒に買って、更に第十三フィールドに向かった。ここの森のコルカの実が紅の色を出すらしいのでそれも手に入れた。生地の元になる糸……更には繊維から探し始めた。人が殆どいないジャングルな場所で良さげな物を見つけたので取り敢えずは今日はそれで帰った。
蒼い色は春に咲く青い花を、もしくはその実を取った方が良いみたいだ。黄色は晩秋に取れる一年草の枯れた物を使うと良いみたいだ。それは待つ事にしよう。
しかし、この買い出しと採取は後悔の元となった。ぬいぐるみを自在に操る黒の魔術師として討伐対象になったのだ。第六フィールドにシュウ達に呼ばれて行ったら、そんな話を聞かされて驚いた。
「黙っていてあげても良いのよ? というか良い年してぬいぐるみとか、あり得ない〜っぷぷ」
倉沢さんは勝ち誇った表情で馬鹿にした視線をこっちに向けている。スフォラが攻撃していいか聞いてくるが、ここは穏便に。
「この写真を倉沢が撮って送ってきた時は目を疑ったぞ? 頭がいかれてる、やばい人になってるぞ?」
シュウもそんな感じで可哀想な人を見る目になっていた。
「あれは魔道具だと思うぞ、違うのか? でもぬいぐるみにするのは……な。センスが無いぞ」
永井は逆に好奇心を出していたが、ぬいぐるみのチョイスはおかしいと言う。
「アキ、あれは友達として恥ずかしいぞ? もうよせよ?」
祐志は居心地悪そうで、しかも目を合わせようとしていない。変態扱いだ。
「そうね、鮎川君のこと信じられないかな」
西本さんも似た反応だった。
「ちょっとどうにか言いなさいよ」
鬼の首を取ったと言わんばかりの倉沢さんは放置して、少し考えた。確かに周りからの視線はそうかもしれないと反省した。が、リーシャンを、チャーリーを、否定は出来ない。
「可愛いから良いと思うよ? でも嫌だというならもうしないよ。討伐対象とか物騒だし」
あの可愛さを否定するなんてそっちの方が分からないけど、まあ嫌だというなら無理には言わないよ。討伐対象だなんて悲しいし、この世界にはもう下ろしたくない。チャーリー達が汚れる。
ここの住人にはオートマタとかの説明はしても受け入れられないと思うし、訳が分からないから討伐対象なんだと思う。
少し不機嫌に皆の視線を受け止めていたら、シュウが溜息を付いた。
「ダメだって分かってるならもうするなよ? 見たら痛々しいから」
痛々しい……そこまで拒絶されたら辛い。レイの説明ではマリーさんの病室にいる僕への守って上げたい気持ちの籠ったぬいぐるみに、その気持ちを感じ取って寝ている僕の想いと妖精達の夢とが一緒くたになって出来た念いの集合体の器として存在していたという事だ。
更にそこに僕が術を掛け、マシュさんが最強の改造を加えたからしっかりと生きている。皆で作った可愛い作品な訳だからそれが討伐対象だなんて否定されたら寂しい。まあ簡単に言うと付喪神の一種だ。
「…………黒の魔術師って?」
ところで否定される根本は何だろうか? その内改善しないとダメだと思う。ずっと否定されたままじゃ嫌だし。
「物を操ったり人を操ったりする魔法を使える奴だよ。お前は違うよな? そんな事しないだろ?」
何か必死に違うと言ってくれと顔に描いてある祐志の顔を見たけれど、それは出来ないよね。
「眠りの魔法はそれに入るよ」
「え? マジで?」
予想外だったのか祐志がかなり驚いている。持ってた武器を取り落とすくらいだ。
「あれがそうなの?」
西本さんも驚いていた。
「じゃあ、討伐対象で決定ね!」
倉沢さんは剣呑な視線を向けて杖に魔力を集め出した。
「よせよ」
直ぐに祐志が止めに入った。
「仲間を売る気はないぞ」
シュウも嫌そうに倉沢さんを見た。それが利いたのか集めた魔力は霧散した。倉沢さんは明らかにこっちが正しいと言った顔をしているが、他のメンバーの手前、なんとか抑えているみたいだった。
「みんなありがとう。こっちでは討伐対象になるんだね? 何がダメなの?」
「そりゃ、人を操るなんてダメだろ? 無理矢理従わせるなんて最低だよ」
それそこ軽蔑するべきだと僕も思うよ。
「そうだね。人の心を操ると言っても無理に動かすのは難しいよ? どっちかというと精神治療に有効なんだ。落ち込んでる人に癒しの効果を与えたり、気分を上げたりとかの助けをする感じだよ。勿論、逆もあるけど、それはモラルの問題だよね? 心にも無い事をさせようと思ったら、それこそ奴隷の首輪とかの魔術補助がいるよ。あれも黒の魔術のうちに入るけど誰も否定してないの? 討伐対象にはならないの? あれの方が酷いと思うよ?」
「あれも黒魔術なのか……。身近にありすぎて分かってなかったな」
シュウが気が付いたらしい。
「あれが一番酷い。人の心をもてあそぶ物だよ」
僕は怒りのままに言った。
「それは分かるわ。要は使う人次第って事ね。それならその点は鮎川君は信用出来るし、問題ないわね」
西本さんはそこは信頼してくれてたみたいだ。
「確かにな。首輪をはめる様な奴じゃない」
永井も納得した見たいだ。
「ところで鮎川、後で魔法の出来を見てくれないか?」
と、祐志に耳打ちされた。了解です。祐志は風と火の魔法を身につけていた。これなら斥候として随分役に立つはずだ。水が出来ると水筒要らずになるから欲しいと言っている。少しは持った方が良いというと霊泉水なら価値はあると言っていた。魔法が使えないくらい疲弊したら欲しい時に出ないからね?
僕達が色々とやっているのを見て、シュウが同じように見て欲しいと言ってきた。シュウは遠目が使えるらしくて、本当は弓をやりたいらしい。しかし、永井の方が力が強いのでそっちに振ったみたいだ。
「身体強化が出来るのなら俺も弓を持って良いからな。長距離の攻撃は必要だし、戦いに幅が出る。でも、気を練るごとに魔力値が増えるからな。あれはやる気が出るな」
そうだったんだ? 知らなかった。
「俺もだ。一般人レベル以上になったから、戦い向きになってきてる」
「ああ、新米の魔法使いレベルだけど、魔法使いと言えるレベルになったのだけでも嬉しいよな」
「本当だぜ」
「シュウは魔法剣士をやると思ってた。違うんだ」
「それは良いな……。でも教えてくれるベテランがいないしな」
「知り合いが一人いるから聞いてみるよ」
「へえ、魔法剣士の知り合いが出来たのか? ランクは?」
「ランクSの大ベテランだよ?」
そんな訳でカジュラに連絡を取ってみたら、落ち込んでいるみたいだった。仕事だよ? ベテランの業を新人に伝えてよ。大事な仕事だよ? 魔法を覚えたてだからちゃんと教えてあげてね? と、なんとか機嫌を取って呼んだら、
「御慈悲を有り難くお受け致しまする〜」
と、テンションの低い感じで言われた。余程テストに落ちたのが堪えたらしい。
「見かけ倒しの忠誠心と言われまして、それを覆す言葉も出ませんでございました。薄っぺらい忠誠心等要らないと……」
すっかり気の抜けた様子で悲しげにカジュラは今の気分を語ってくれた。
「あー、レイは厳しいよ? ここを良くしたいと思って僕の隣に立つ気だったんでしょ? 素直にそう言えば良いのに」
「しかし条件の良い話につい乗ってしまって……ぶっぶー、不正解。と、何度も指摘されました。己の不甲斐ない心を見透かされ、暴かれる様は辛いものです。全てを見通すあの目に焼かれてまともに見る事も出来ませんでした。う、うううっ」
鼻水を垂らしながら地面に座り込んで泣く姿は精魂枯れ果てたおじさんだった。
「仕方ないよ。僕達まだ出会ったばかりだよ? それで忠誠心とか無理なんだよ。目的と方法が合ってないんだちゃんと神界入りだけに向いて答えればうまくいくよ」
「有り難きお言葉です。この裏切り者を許して下さるなんて……心の広いお方です」
じゅびーん、と鼻をかんでカジュラは前を向いた。
「ところでそこの見学者は?」
いつの間にか集まったシュウ達のメンバーが呆れて様子を窺っていた。
「あ、うん。友達なんだけど、魔法剣士ってどんなの? 彼らに出来そうかな?」
「良いでしょう。このカジュラ、冒険者としては永きに渡って色々とやっておりますから、魔法剣士と言わずにナイトであろうがウィザードだろうがレンジャーだろうが何でも来いですぞ!」
水を得た魚のように生き生きし始めた。高笑いまでしている。
「アキ、こいつ大丈夫なのか?」
祐志がものすごく疑わしい視線を投げ掛けてきた。大丈夫だよ、こんなんだけど戦闘は出来てたよ。戦闘のいろはも分からない僕が言うのもあれだけど。
取り敢えずは掴みは面白いおじさんで、シュウ達に受け入れられた。ランクSというのを聞いているせいか、倉沢さんも素直に言う事を聞いていた。まあそんなもんなんだろう。
肩書きが必要なのかもしれない。判断基準にはなるけど、それだけではかれないものだってある。友情だって、忠誠心だってそうだと思う。
倉沢さんは肩書きのある人に付く事の方が、友情よりも優先順位が高いのかもしれない。カジュラにとっても媚びてるから、そんな事を思うのかな。態度が全く違っている。おべっかを使い更にゴマをすり、お茶やらお菓子を渡して優遇してもらおうと必死だ。滑稽で笑い出したいくらいだ。
「何笑ってんだ?」
「祐志。……肩書きの使い方を学んでいたんだ」
「肩書き? ランクSか。倉沢は、あれはビックリするな? あの変わり身の早さってなんだろな。すんげえ気持ち悪い。倉沢のこと信じれないよ、あれこそ黒魔術だ」
どうやら祐志は倉沢さんの心の変わり方が理解の範疇を超えてしまったらしい。分かるよ、僕もあれには見るだけでも辟易するからね。カジュラも少しはあんな感じだけど、でもそこまでじゃない。自分を見失う程の変わりようにはなっていない。
「なんて言うか自分を見失うくらい縋り付くんだね」
「あー、そんな感じだな。あれは倉沢じゃない。違う人間だ。西本も恥ずかしいって嘆いてたぞ?」
僕が感想を言うと祐志も同じ事を感じていたのか頷いている。
「カジュラも最初は戸惑ってたけど、あしらうようになってきたかな」
「そうだな。すごく気持ち悪そうに見てたからな。迷惑かけてるよ、謝っといてくれよ?」
「うん。分かったよ」
後でカジュラにお疲れと言って話を聞いてみた。夜の道をヴァンパイアと散歩しながら進んでいる。
「倉沢という女性は貴方には厳しいようですね」
「あー、何か言ってたの?」
「まあ、耳に入れる様な事ではございませんので割愛致しますが、正直自分の姿を見ているようで嫌ですね。こんな所で突きつけられるとは……このような試練が課せられるとはさすがです」
カジュラは尊敬の入り交じった目を向けているがそんなの偶然だ。
「そう思うのはカジュラの気持ちのせいだよ。気が付けてよかったね。カジュラは倉沢さん程自分を見失ったりしてないよ? 見込みが無いとレイも指摘したりしないから、ね」
僕はそんな試練なんて用意出来ないからね、自分の気持ちと言うか見ようとする心が見せてるんだと思う。もしかしたらレイの指摘のせいで見えやすくなっているのかも。
「あの姿を突きつけられて勉強致しました。自身の滑稽さに気が付けたのです。この仕事は私の成長になりますね。もうしばらく続けても?」
何か思うところがあるのかもしれない。
「良いよ。反面教師だね?」
「あれを乗り越えます」
真剣な顔になっていて真直ぐに前を凝視していた。
「もう、乗り越えてるよ? 倉沢さんは自分で気が付かないとダメだよ。周りの言葉は今は入らないみたいだしね」
「そうでございますね。人間のもろさが、危うい均衡を保っているのが、分かります。自身の弱さを見つめる時なのです」
カジュラは星空を眺めながらそんな風に言った。今朝の泣いている姿からは随分変わった気がする。一皮むけるってこんな感じなのかな? 内面の成長って難しいね。こんな風に一緒に成長するのかな。
「僕も今日は色々と勉強したよ? お互いに収穫のある日だったんだね。こんな風に交換出来る事柄が沢山あるんだ。きっとこの星の数くらい……沢山知っていきたいね」
小さく返事が聞こえてきた。また泣いてるのかな? 確かに感動する程に綺麗な星空だけど。




