47 楽園
◯ 47 楽園
僕は第五フィールドの鉱山のダンジョンの近くにある街に来ていた。別にリベンジという訳ではなく、視察に来ている。マリーさんと僕でここに入ってきたらコウモリが沢山いてビックリしたが、カジュラのせいだった。
アンデッドの場所にするにも今住んでいる人族の状態を見に来たのだ。結局、この前は街に入る事も無かったから今回はちゃんと見ておきたい。カジュラはマリーさんに警戒をしていたけれど、直ぐに打ち解けていた。
「マドモアゼル、我が城へと是非いらして頂きたい」
「まあそんな。マドモアゼルだなんて、嬉しいわ〜。お上手ねぇ」
マリーさんはチョッピリ恥じらっていたがまんざらでもない様子だ。
「紳士たるもの女性を喜ばせねば価値がございませんから」
うーん、マリーさんのツボを心得ている。そんな感じで城に案内され掛かっていたけれど、ここの視察はしておきたいので後日に回してもらって、まずは街を案内してもらっている。意外と詳しかった。
「ここの鉱山の街はドワーフ族がいたのですが、この瘴気で一、ニ年前にはもう他の土地に移ってしまいました。エルフ族も森が枯れ始めた十年程前には出て行き、残っているのは荒くれ者の冒険者崩れか、奴隷ぐらいです」
この瘴気は随分前から漏れ始めていたみたいだ。余程、世界樹も弱っていたんだろう。それなのに悪魔が乗っ取りをしようとしたせいで余計におかしくなったのだろう。
あのまま悪魔化が進めばここは地獄と繋がるダンジョンになったかもしれないのだ。事前に抑えれてよかった。
「ここにも奴隷がいるんだ?」
「最近、世界樹のお告げで奴隷の扱いを良くするようにとか言う噂を聞きましたが、ここの世界樹は消えてしまったので奴隷を新しく作るのはここならば許されるのではと、妙な期待が籠っていましてね。あの様な首輪に頼った卑劣な奴隷化など我々には理解出来ませんが」
心底迷惑がっている表情が一瞬見えたので、本気で嫌ってそうだ。
「ヴァンパイアロードとなれば一睨みで従えさせれるって聞くわ〜」
「伝説だとそうだよね。どうなの?」
本物もそうなのかな? 興味ある。二人でカジュラに視線を送った。
「勿論、出来ますとも。お願いしてもダメな時は重宝しますからね。血が欲しい時は得に効き目が出ます」
ルビーレッドの目が自慢げに細められ、嬉しそうに教えてくれた。首輪なんてナンセンスという訳だ。
「本能って訳ね〜」
「今日は燕尾服じゃないね」
「ヴァンパイアコートね? らしくて良いわ〜」
「お褒めに預かり光栄に存じます」
にこやかにお礼を言うカジュラもまんざらでもないようで、コートを翻している。おじさんでもお洒落さんなんだ、その方が好感が持てるね。僕も年がいっても綺麗にしておこう。
「そんなに堅苦しくしなくて良いよ。困った時はお互い様だよ。この前は僕も助かったよ」
「おお。そう言って頂けたらこのカジュラ最上の喜びにございます!」
「で、何でこんな状態なのかしら、ここって。まだ冒険者が存在してるの〜?」
「随分減りましたが、地元で頑張ってる人がまだいますかね……」
何か誤摩化してるニュアンスだ。街の主要な施設であるギルド関係に教会、それに商店が立ち並ぶ場所に道具屋筋、冒険者御用達のお店に修理屋があったが、開店している店が少なかった。シュウ達も帰りの方が荷物が増えていると言っていたので、街を出る人が多いのかもしれない。
「そっか。カジュラはダンジョンに入ったりするの?」
「いや、我々アンデッドは力つきたら修復が大変ですからね。ヴァンパイアはまだましですがゾンビ等は中々再生が効きませんで……。グールぐらいになると再生が早いので良い資源を手に入れてきてもらってますよ。人間の冒険者に会うと厄介でして、たまに我々の苦手な浄化の光を当ててきますからね、弱いとそれだけで弱体化してあれよという間に退治されるか消されるかで……」
人間の冒険者とは余りうまくいってないみたいだ。
「大変だね」
「ええ。我々の敵はそれだけではなく、ネクロマンサーやらの死霊術を操る者達が困りますかね。我々のように意志を持つ者には、狙って術を掛けられられ無い限りは操られませんが、同じ死体を操るものですから悪戯に我々と同じと混同させてしまうので大迷惑なんですよ。同じように我々も見境い無く人間を襲うと勘違いをされて……中には人を襲う者もいますが大抵は大人しいんですよ?」
「そうだね、困るよね。僕もずっと怖いものだと思ってたよ」
いや、未だにゾンビは恐いしグールなんて会った事ないから、ちょっと遠慮したいよ。
「そうね〜、死んでも生にしがみつくか、死んだのが分からないのか、死を拒んだ者だけど、覚醒者でもあることが多いのよね。冥界としては自分の死を選ぶ権利が与えられるわ。死神としてもアンデッドの存在をどうするかは世界で決めさせてるものね」
「そっか、そこの神がどうするのか決めてるんだ」
知らなかった。
「地球ではいない方向ね〜。関係なく死んだら冥界行きなの。アストリューは著しく傷ついていない状態なら好きに選んでもらってるわね。あそこはゾンビが出来る環境にないから、皆一律に幽体になってるかしら」
「そうなんだ。あ、でも確かに幽霊の存在が近いから皆は死を意識しすぎてないよね」
何か納得だ。あれだけ浄化に癒しの効いた場所ではゾンビはちょっと辛いだろうと思う。素直に幽霊になった方がいい。死神の方もアンデッドなら、ちゃんと意識があって理性を失っていない等の審査もあるらしい。理性を無くして暴れてるだけなら冥界に連れて行く対象だ。
「ほおぉ、そんなところがあるので?」
好奇心旺盛なようだ。
「カジュラは何時吸血気になったの?」
「さて、遥か昔すぎて記憶には無いのです。棺の中で目覚めると吸血鬼になっておりましたので……。生前の時の記憶を失っておりまして、何か大事なことをしなくてはならないのにもどかしい想いを。死してから三百年経っていたので生きていた頃の手がかりはつかめず……それ以来彷徨っております」
少し寂しげな顔で話してくれた。
「あらま〜、大変ねぇ。それにしてもそんなに時間が経ってから目が覚めたのね?」
「そうでございます」
「苦労したんだね」
「ええ、ハイドーリア様も嘆いておりました。何でも魔族の末裔だとかで、最後に残ったのは自分だけだとか。アンデッド同様に忌み嫌われ、神に見捨てられた存在だと嘆いていました」
「まあそうなの〜? その悪神は魔神だったのかしら? そもそも魔族は冥界に溜まる地獄の気を処理する為に生まれた強い種属よ〜。瘴気に触れてもそれに負けずに陽気に暮らせる種属として作られたのが始まりなの。そこでは割とうまくいってるのよ。でもそれ以外の世界は一時的に地獄の気を抜く為だけに受け入れたり、自分達で作ってみて地獄の気に染まって切り捨てることになったりと、色々と問題のある形で存在している事が多いの。冥界との関係がうまくいってないと難しくて瘴気の濃さと、魔族の受け入れの出来る許容範囲を見極めてないとダメなんだから」
繊細なエネルギー管理が必要って事なんだ。地獄の気を魔物に変換しているここも魔族の受け入れは出来るが、それはずっと魔物が出る環境でいないとダメになる。負の感情を呼び起こしやすい環境でいる事になる。出来れば慎重に選びたい。
「そっか。余り瘴気が濃過ぎると困るよね。人間と余りにも違いすぎると交流が難しくなるんだ……」
でもそんな事まで言っても良いのかな? それとも後ろから妙な気を感じるせいかな? スフォラも警戒して体の方は代わっている。
「争いが絶えなくなるのよ〜。それで手放す事になったりと大変なのよ。ここも地獄と繋がったりして、とても魔族でさえ住めない土地に変わってしまってる場所がある訳だし〜」
「うん。あそこは千年くらいは無理なんだよね?」
「そうよ〜、解体するにも魔族を受け入れるにもそのくらいは掛かるわね。で、後ろから睨んでるのがハイドーリアって悪神かしら?」
確かに熱い視線は感じるけど、悪神だったんだ。そこまでは分からなかった。
「やはりお気づきでいらっしゃいましたか。ヴァンパイアに気を分けてくれた神界関係者と思われる者がいるというのを、何処からか聞いたようで……」
困った表情でそう言ったけれど、それってカジュラじゃ?
「それ、カジュラ本人の事でしょ〜、嘘が下手なのねぇ、ムッシュー?」
「これはご無礼を。しかしまあ表面的にだけでも保険を掛けさせて頂きたく存じます」
どうやら悪神を匿っていたらしい。悪びれもせずにさらりとそんなことを言う狸おやじだった。
「話は聞いたが本当とは思えない!! それにお前達はそれにどれだけ関われる?」
後ろの視線の主から声がかかって振り返った。濃い紫の髪が緩やかに流れたセクシーな女性が立っていた。肌も少し紫掛かっていて黒い角が耳の上で渦を巻いている。
「さて、そうねぇ。魔族の難民の受け入れの打診はあったけど保留ってところよ〜。沈み行く船には人も神も寄ってこないのよ〜。そうしたのは貴方達よね?」
「ここに魔族の楽園を作ってよいと言われていたのだ! 貰い受けるはずだったのにそれを死神に邪魔をされたのだ。貴様らはどっちなんだ? 邪魔をする気なのか? 我々を受け入れれるのか!」
持っていた槍みたいな物をこっちに向けて聞いてくる。武器は仕舞おうよ。それに話がかみ合ってないのは明らかだ。
「あら怖い〜! 心証を良くした方がいいわよ。ものを知らない子供がそれを決めるのよ〜?」
確かに、ゴースト一歳が決めます。
「どういう意味だ! ここを譲れ!」
そんな無茶な。
「何をくれるの?」
「何でもする」
向こうも戦いを望んでいるのではないみたいだ。交渉出来る相手かを見定めているんだと気が付いた。うーん、分かりにくい交渉方法だ。
「そう? じゃあ、戦いは保留よ?」
「良いだろう。だが、騙していた時は……分かっているな?」
黒い瞳が威圧を放っている。僕は彼女の迫力にごくりとつばを飲んだ。そのまま地獄型ダンジョンフィールドに向かった。僕は入れないので、カジュラと待った。十分も経たないうちに帰ってきた。
帰ってきたけどハイドーリアさんは泣いていたし、吐いたのか口元が汚れたままだった。何を見たのかは知らない。でも、地獄型のダンジョンは精神も崩壊しやすいから、僕なんかが入ったらひとたまりも無いって聞いている。悪神をやってるハイドーリアさんでさえこんな状態だ。
「ブランダ商会がやってる事なんて、そんなもんよ。楽園なんてありはしないわっ!」
「…………」
「ハイドーリア様?!」
カジュラが寄っていこうとしたけれど、マリーさんが視線で制した。
「良い事? あの地獄の気を跳ね返すだけのものを心に持っている者でなければあそこを綺麗に出来ないの! それが出来ない者にあそこをどうにかしようなんて言う権利は一切無いわっ!」
マリーさんの怒りがハイドーリアさんに突き刺さるようだった。ハイドーリアさんは泣いていた。悔しげに顔を歪めながらも言い返せないでいる。
「悪神なんかでいるうちはあれに流されるだけよ。立ち向かう者でなくては絶対にあそこには立てないのよ。覚えておく事ね。それにあれは地獄の気と言っても残りかすよ。そんなもので吹き飛ぶ決心なんて捨ててしまえば良いわ。そんなんだから悪神に利用されるだけの存在になるのよっ! 何年掛かってでもあそこを綺麗にする気なら何度でもここで挑戦すれば良いわ。逃げるのなら、冥界に引き渡すから!」
なんだか煽っている言い方だけど良いのかな? でもなんだか目に炎が宿ったみたいに激しく転移門を睨みつけている……ハイドーリアさんはやる気だ。
「行きましょ〜、アキちゃん。カジュラ、一人にしてあげなさい〜」
「……畏まりました。ハイドーリア様、どうか……いいえ、出過ぎたようです。御武運を」
二人の関係がどうなのかは知らないけれど、付き合いは長そうだと思う。
「アキちゃんは良いのよ? あんなのあたし達に任せとけばいいんだから〜。別の地獄と戦ってるもの〜」
マリーさんはいつもの感じに戻った。
「借金地獄だね」
正確にはマイナスポイントだけど。似た様なもんだ。
「そうよ〜。あたしはそっちの方が得体が知れなくて恐ろしくて無理よ〜」
「うん、あれも慣れだね。初めての借金じゃなかったからまだましな気がするよ」
「は〜、アキちゃんも強いわね〜、あれに立ち向かってるんですもの」
マリーさんはブルブルと震えていた。そんなに怖いかな? 僕にはあっちの方が嫌だよ。




