36 執念
◯ 36 執念
「久々に夢縁に来たと思ったら、何やってるの?」
知らない間に董佳様が後ろに立っていた。隣は怜佳さんもいる。
「え? 買物ですけど……」
僕は久しぶりに回転焼きを買いにきていた。講義も終ったのでお土産に買って変えるつもりだったのだけど。
「管理神だなんてたいそうな事をやってるって聞いたわよ?」
董佳様の疑問はもっともだ。レイも忙しくて殆ど話せてなかったみたいだから。
「え、あーそれは事故です。それに次はアイリージュデットさんに決まってるし」
「あら、代理なの?」
怜佳さんが僕の良く分からない説明でそう聞いた。
「と、思ってるんですけど。まだ再興がうまくいくか分からないので……」
「まあ、再興だなんて、大変なのね」
怜佳さんがいつもの感じでのんびりと言った。
「間抜けらしいわ、押し付けられたってレイが言ってたわよ? どういう事よ」
「あー、今度ちゃんと話しますよ。これ、皆が待ってるし」
回転焼きを見せたら、確かに冷めるわねと言って何故かアストリューまで付いて来た。どうやら食べる気のようだ。まあ多めに買ってるから調度いいけど。
「調度一年ちょっと前の召喚の時に、悪神とか邪神とかと手を組んでガリェンツリー世界を牛耳っているブランダ商会の事が分かったんだって。ガリルはその時まではどっちでも良かったらしいんだ。上の言う事を聞いてれば良いみたいな感じで日常業務でこなしたんだよ。で、ジュディの提案で始めた召喚で、外の力が来るって分かった途端に悪神の一派が暴走して横から力を奪おうと介入してきた。それを見て、更に実際に動いた力を計ったらアイリージュデットの言わんとしていた事が理解出来た訳だ。足りない数字が自分の中にあり、空白があるのに我慢出来ないでジュディの言葉を信じるようになったそうだよ」
こたつに入った状態でレイと雨森姉妹が話し合いを始めた。僕はお茶を入れて出し、回転焼きを器に入れた。
「それがあの召喚の裏側だったのね?」
董佳様も覚えていたのかそんな事を聞いていた。手にはしっかりと回転焼きが握られている。
「そうだよ。そんな神界での取り決めごとにまで悪神の企みが介在するのならもう既に遅いのかと思ったらしいけど、世界は表向きだけでも健全でいるから他に目的があると見て、取り返せるならと策を二人で画策し出したみたいだね」
その時には地獄の影響でフィールド二つからは世界樹が枯れてしまっているし、他の場所も瘴気が抑えきれなくなってどんどんと弱っていっていた。地獄の影響をなるべく避けながら世界の運営をしていたけれど、完全に切り離す事が出来ずにいたみたいだ。レイも溜息を間に入れてアイリージュデットさんの奴隷状態だとかの経緯を語っている。
「それまではアイリージュデットさんだけが頑張ってたんだ。でもシュウ達が来てからは頑張って瘴気の酷い所を抑えながら地獄の影響を少しでも抑えて回ってたみたいなんだ」
削がれて行く力を少しでも減らして行く為にやっていたけれど、それももう現界だったらしい。第六フィールドが早く掌握出来たのはシュウ達の地味な活躍のおかげだろう。ずっとそこを拠点に頑張っていたみたいだし。
「決定的だったのはアキが渡したアストリューのジャムだね。あれがここの霊力の低さをガリルがここの聖域の物と比べても随分違う事に気が付いた訳だ。そこからは管理神を交代させる為の条件を引き出して準備を整えてた」
落ち込んだエネルギーの数値を実感した訳だ。
「でも管理組合との付き合いは最近は殆ど無かったんでしょ?」
「でもアキがチャンスを持って行った。外と連絡の取れる端末をジュディの神僕が持った。これはガリルも外の端末の機種が優れている事に気が付いた瞬間だ。上位の端末を持ち、上位のシステムを確認し、上位の生体を持っていたなら管理神としての移行する許可をいつもの業務の中に忍ばせて管理神にその案を通させたらしいよ」
「やるわね。それで上位生体って何のことよ」
日本茶を飲みながら董佳様は質問した。確かに良く分からない。
「あそこは生体端末を使ってるからね、スフォラの劣化バージョンというか意志の無い感じだよ。普通に認証出来るぐらいの物だよ」
「まあ良いわ。スフォラよりも旧型ってことね?」
マシュさんは別物だと怒りそうだが大まかにはそんな分類らしい。
「そんな感じだよ。アキはブランダ商会の企画では一応は神の部類に入るみたいなんだ。で、後はジュディが神僕に、アキに貰ったという美容ドリンクも水も全部使わせて派手に瘴気を増やし続けていたネクロマンサーを退治させて、助けを呼ぶ状態にした訳だ」
第六フィールドの危機にシュウ達が奮闘した結果だ。
「外と連絡って、間抜けと連絡なのね?」
「そうだね。それで管理組合からは行けないからどうするのか」
「策はあった訳?」
「向こうはどうやって管理神を誤摩化して許可を下ろすかで悩んだみたいだけど、アキは死神のネットワークで向かったからね。その時にはボクも千年振りくらいに夢でジュディと少し話して助けを呼ぶかもしれないとは言われてたんだ。それでも当日に申請が本当に来て審査が始まった時は感極まったってジュディは言ってたよ」
いきなりの僕の良く分からない報告と、あの時のアイリージュデットさんの惨状からレイの慌てふためき様を思い出していた。
「そうでしょうね。パススルーみたいな物よね。冥界からだなんて」
「幸運にも管理神が出かけている間にアキが来たからね。予定通りに他の神達を神界の一角に閉じ込めて、準備したらしい。しかも、アキは神官ですぐに自分の怪我を治し始めるし、ボクを直ぐに呼び寄せて事態の収集を計り出したからね。ボクの顔を見た時にはもう勝ったと確信したみたいだね。あの後の死神達との連携とか、霊泉水の霧作戦とか、全てうまくいきすぎて夢みたいだと未だに言ってるよ」
「執念ね。良く諦めなかったわ」
「酷いんだよ、前の管理神はアイリージュデットさんの足と腕を切り落とす呪いのアイテムを付けさせてたんだよ」
僕がその時の事を言った。
「それは本当に酷いわね」
怜佳さんもそれには顔を歪めている。
「命がけだったのね?」
「そうだったんだ。魂魄にも影響が出る程の呪いの傷だったけど、直ぐにボクが行ったからね。なんとか大事にはならなかったけど、確実に壊す為の物だったよ」
全くだ。神の治療なんて僕にはまだ無茶だ。レイがすぐに来てくれなかったら危なかった。
「そう、でも気概を感じるわ。間抜けもそのくらいの……無理ね」
董佳様、その残念そうな目は何ですか? あ、いえ、何でもありません。聞いたら墓穴を掘る気がする。
「それで復興はうまくいってるの?」
「今の所は回ってるよ。でも人手が足りない。募集を掛けても全く来ないんだよ……面接を楽しみにしてるのに」
レイがむくれている。
「そう、会計は誰がやってるの?」
「マシュさんがやってるけど……」
僕が複雑な気分で答えに詰まっていた。
「あら、なら大丈夫でしょ?」
董佳様は安心した顔だ。
「金勘定だけは別だからあの人。借金の金額がとうとう三本の指に入ったらしいよ」
レイが顔色も悪く視線を逸らして嫌な報告をしてくれた。
「そうなんだ? 組合のランキングだよね?」
僕が確認したら、
「それは、困った人ね」
怜佳さんが意外そうにしながらも僕達の不味い状況を理解し、同情の眼差しを向けていた。
「それだと復興をするには人材がおかしいと思うわ。なんとかした方が良いわよそれ」
董佳様も不味いのが分かったらしい。分かってくれるよね、その一点だけは本気でダメな人なんだよ。
「そう思ってるんだけどね。来てくれない事には」
レイが人差し指で頬を掻いて困り顔を見せていた。地球でも董佳様経由で募集を掛けてもらう事にした。




