35 能天気
◯ 35 能天気
管理神になって現地で二十日目アストリューにやっと帰ってきた。でもすぐに戻らないとダメだ。だけどまあ時間はなんとでもなる。
紫月達をメレディーナさんに預けていたので事情も知っている。なのでしっかりと抱きしめてただいまをした。平和な世界に戻って来て力が抜けたのかそのままヘニョリと倒れてしまった。
「無理もありません。緊張の連続だったのでしょう。幸いここは神々の癒しの場、しっかりと療養をして頂きましょう」
そう言われたと思たら、温泉に放り込まれて緊張した体をもみほぐされて強制的に眠らされた。おかげで三日もするといつもの感じに戻っていた。
「大丈夫? 倒れたって聞いたから」
「レイ。もう大丈夫だよ」
心配げな顔が少し戻った。
「いきなりだったからね。無理も無いよ。でも、地獄型ダンジョン経営はうまくいってるよ」
「本当?」
「うん。魔核の半分がこっちの取り分だけど、宝箱の中身が良いからね。文句は出てないよ」
「良かった」
「あれでなんとか復興も回ってるし、色んな支払いがまかなえてるよ。人間は戦争をする程元気じゃないから地獄の門が復活する懸念は今の所は皆無だし、あの調子で浄化してれば思ったより早く再生が出来上がるよ」
本当はそんな訳無いんだけど、安心させる為に言ってくれてるんだと思う。
「うん。そしたらアイリージュデットさんが引き継ぎだよね?」
「そうだね、でもジュディはずっとアキでも良いって言ってるよ」
レイは少し困った顔でそう言った。僕もそれは……どうなんだろう?
「そうなんだ? でも僕じゃ……」
「大丈夫だよ。ちゃんと出来てるよ」
「でも、皆がやってくれてるから」
「再生を決めたのはアキだよ。それに向かって皆が動いたんだ。アキがそんなんじゃダメだよ」
「そうだね、ちょっと弱気になってたよ。まだまだ一杯残ってるね」
「その調子だよ。家族にも会っておいたら?」
レイが仕方ないなと言った顔でそんな提案をしてくれた。確かに。言われると家族の顔を見たくなった。
「うん。年越しは一緒にって言ってたんだそこに戻ってくるよ」
「そうすると良いよ」
僕はその勧めに乗って家に帰った。年越しの日に帰ってきて一緒に年越しそばを食べた。新年の挨拶をしたらアストリューに戻って家の中に戻って色々と準備をした。
フィールドの水脈を増やすかの検討もしなくちゃだし、地下の気脈が堪っている場所に新しいダンジョンを作るべきかも考え中だ。宝箱の中身も作り直さないとダメなので、僕の執務室は内職の部屋みたいになっている。
アストリューで考えた。クッキーとかが宝箱に入ってたらおかしいだろうか? スフォラ経由でガリルに聞いてみたらありだと返事が来た。成る程……。
シュウが食べ物が足りてないと言っていたのでサンドイッチだのおにぎりだのを、帰ってきているチャーリーと一緒に大量に作った。二百食分くらいを作って収納スペースに詰め込んだ。癒しの効果のクッキーは十枚入り五百袋作った。
そのままガリェンツリーに行って、ガリルに宝箱に新しくそれを入れてもらった。回復の薬も食べ物も足りてないなら多分受けると思ったのだ。霊泉水もこっちの瓶に入れ直して宝箱に入れて行く。
時々、食料を継ぎ足す事に決めた。植物の種なんかも入れて行こうと思う。神界でせっせと種を植えて野菜作りに僕は励み出した。出来上がったら野菜も入れてしまおうという作戦だ。こっちでの食べ物をアイリージュデットさんに聞きながら植えて行った。
そんな事をやってる間にポースの本格デビューの音楽祭が近づいているのに気が付いた。リハーサルくらいはやっておかないとダメだよね……。
「ポース。音楽祭のリハーサルをやっておこうか」
僕の管理してることになってる世界だからポースは自由にここの神界には出入り出来ている。
「おう! やろうぜ。どうせならここも何か祭りでもやればスカッとしそうだぜ? 何かねぇのか?」
「どうなんだろうね。音楽祭が終わったらこっちでも何かやってみようか」
「今直ぐでも良いと思うよ?」
「レイ?」
「あー、リハーサルはジュディの近くでやったら良いよ。気が晴れると思うしね」
確かに病室で何か思い詰めた顔をしてるし、気分転換に良いと思う。
「そうだね。そうしようか、ポース」
「ああ、紫月達も呼ばねぇとな」
そんな訳で宝箱はしばらく大丈夫なので、放置して僕達はリハーサルを真剣に楽しんだ。マリーさんも途中で帰ってきてリハーサルに参加していた。
「下手に神官を呼ぶよりあれで十分じゃないのか?」
マシュがレイに話し掛けた。少し先ではアキ達が歌と踊りを神樹に披露している。出費を抑えるのに調度いい。
「そうだねマシュ。この程度のエネルギー範囲ならアキと紫月達で十分だね」
「神樹が世界樹に繋いで世界中に広げてるからあの癒し効果と、間抜け思考が広がっていい感じで世界の変革が出来そうだぞ。大体管理神があのお気楽さだ。世界に影響は出るだろう?」
くくくっ、とマシュは笑いを抑えれないでいる。
「そうだね、良いんじゃないかな。成長効果もあるし、大地の浄化も植物経由が良さそうだよね。ここじゃなくても植物である世界樹を中心にしている世界は以外と多いよね」
このタイプとは良く合うみたいだとレイは観察しながら計画を立てていく。
「カシガナを植えるのか?」
「うーん、どうかな。ここの土には合わなさそうだよね」
「そうなのか?」
マシュは少し残念そうだ。確かにここの瘴気には辟易しているがそこまでとは思ってなかった。
「アキも植えるとは言わないからね。何となく分かってるんじゃないかな」
それでも管理神をやっているのは我慢しているんだろうとレイは思う。ここは一番最初に来たがらなかった場所だ。数字を付けて管理される事に酷く嫌がってた。ある意味この世界ではそれは正解だった訳だ。
数字の総数を大きくして行けばエネルギーが増えてると勘違いする。実際は減ってるのに。インフレもハイパーになったらぺらぺらな紙切れでの支払いに誰も見向きもしない。ガリル達には外の世界の数字とここの数字を故意に隠されてたのが分かっている。
アイリージュデットが外のエネルギーを感覚で計ってはっきりと落ち込んでいる、と報告しても数字だけを見て突っぱねてた前の管理神がおかしいと言えばおかしい。
ブランダ商会に洗脳されて操られていたのかは分からないけれど、何に対しての数字かが分かってなかったのなら随分お粗末だ。増えて行く数字が周りの数字との繋がりが無かったなら? 減っているのに何処からその数字は来ていたのか? 中間界が地獄と直接繋がってる事におかしさを感じないのは何故なのか? うまくいっているのなら何故新しい世界が必要だったのか? 上げればきりがなかった。自分の感覚で外との繋がりを持てていない神等、足下を見られて当然だ。アキでさえ出来ている事も出来てなかったんだからどうしようもない。
「でもまあ、こんなに孤立無援でも意外とやって行けてるのがアキかな?」
「私達は入らないのか?」
「それはまあ入るけど、新規の神、人募集が全く引っかからないよね。ただの一人も来ないとは酷くない?」
「確かに呪われてるのかと思うくらい来ないな」
中間界は評判良いのにこっちにはさっぱりだ。
「再生が軌道に乗ったら来そうだよね」
「まあ、そんなもんだろ」
「軌道に乗せたら、アキの評価を上げないとね」
「確かに頑張ってるしな。ちゃんとした数字ならアキも納得するさ。分からないから毛嫌いしてる。それだけだ」
「そういえば苦手だったねアキは……」
「絶望的だと言っておこう」
「そう……評価は下げようかな」
「数字じゃ分からない気分の上げ下げは得意だろ? あれで」
踊ってるアキを見ながらマシュが言った。
「そうだね、得意分野はそっちだったね。うん、いいよ。あれなら計る事の出来るのは心を持つ者だけだから」
あれは価値の分かる者にしか分からない。アキの踊りはだんだんと一つの神舞的儀式に変わって行っている。まだ魔法儀式的な域を超えてはいないが、明らかに次の日の気分が上がって二日酔いが消えてるのだ。酒の席での喧嘩が無くなるので随分重宝がられている。
はっきりとではないけれど運気も少し上げる効果が付いていて、その内に幸運度も上昇効果となると見ている。アストリューではどんどんとこういったイベントを増やす事にしている。聖域の中にステージを作ってあるくらいだ。
音楽祭も中日に設定したのは疲れが出てだれる頃だからだ。大体その期間に些細な理由での喧嘩が多くなる。それを防ぐ為にアキの投入が決定したのだ。妖精達も可愛いしアキの力を更に高めている。逆に妖精達の力をアキが高めている。ポースもお気楽な気分を上げるのには一役買っているので重要だ。
皆を繋いでるのはアキだと思う。分かりにくいけど重要な位置にいる。
「まあ、今回のトラブルはまだ続いてる様なもんだしね」
「全くだ。こんな旧型のシステムを組み直させられるとは思ってなかったぞ」
二人して溜息を付いた。これの次は何を持ってくる気だろうか。




