22 特権
◯ 22 特権
僕はナリシニアデレートの第二皇子の宮殿から、少し離れた川沿いにある王族の別荘に来ていた。宮殿の方は修復が終るまでは、というよりも解体が行われている。老朽化していたのでついでとばかりに工事が始まったみたいだ。今回は水竜に乗って河を下り、神殿から三日でここに着いた。
セスカ皇子は別荘の玄関まで出てきて歓迎してくれた。ヴァリーとホングも一緒だ。
「やあ、アキ。この前はあのような事に巻き込んで済まなかった。後で奴らに襲われたと聞いた時は驚いた」
真っ先に僕に声を掛けてきた。待ち構えていたヴァリーが肩すかしを食らって不機嫌顔だ。
「兄上、俺の事は放置なのですか?」
拗ねてるのを隠しもしない。かなりのお兄さん大好き?
「まあ、待っておれ。会えて嬉しいに決まっておる」
「ちぇ、仕方ない譲ってやろう。アキ、何の話か聞いてないぞ? 後で吐かせてやる」
笑顔のセスカ皇子の返事に、若干機嫌が直ったみたいだ。口元が笑顔になるのを隠せていない。だが、襲われたのキーワードに横目で追究するから覚悟しろと脅された。
「そうだぞ? こっちでも襲われたなんて聞いてないぞ?」
ホングも初耳だとこっちを見ている。そういえば言ってなかったかな? 色々ありすぎてどれがどれだか分かってないんだよ。
「他でも何かあったのか? まあそれよりも荷物を運んでくれ」
セスカ皇子も逆に興味深げに聞いている。皇子の従者が荷物を運んでくれた。主にヴァリーのだけど。
「まずは少し休むと良い。疲れたであろう」
「まあ、回復役がいるからな」
「それもそうだな。良い癒し手であった」
皇子について行くと川岸の景色が望める部屋へと案内された。緊急用の転移装置は、今のところはここの別荘に設置されている。
二人に軽く回復の癒しを掛けてから、自分にもやっておいた。スフォラも気持ち良さそうだ。セスカ皇子の光の魔結晶も減りが速い。あんな事があったから、心痛も含めて随分負担がかかったに違いない。
セスカ皇子にもことわってから癒した。光の魔結晶も追加分を渡して、予備も作る事にした。
その後は待ってましたとばかりに質問された。
「んー、先にここであった事を、セスカ皇子に聞いた方が話は分かると思うんだ」
「確かに。慌てて戻ったが、一体何があったんだ? 神殿の者に、宮殿がめちゃくちゃになったと聞いて焦ったぞ?」
「うむ。私としてはそちらの襲われたのも聞きたいが、ヴァリーにも心配を掛けたのは心苦しい。先に話そう。だが、そっちも誤摩化す事は許さぬぞ?」
「あー、それはまあ、話せる範囲で。外の話だ」
「そうか。まあ良い。約束ぞ?」
「兄上。約束するから説明を……」
セスカ皇子は少し喉を潤してから話し始めた。
「こっちにも外の神とやらが攻めて来た。悪神に唆され水将が裏切り、あまつさえ悪神を救世主等と呼び、宮殿の中に悪神を通し、我らの神の張ってあった結界を無き物としてしまった。こちらから通して招いてしまっては意味が無い」
「馬鹿な。悪神が? しかも……そんな事を水将が?!」
ヴァリーは心底驚いていた。
「私も耳を疑ったが、悪神の持ち込んだ転移装置で外から次々と宮殿内に入り込んで、使用人にまで刃を向けたという。それも丸腰の者にだぞ? 言い訳は見苦しい故に責任を取らせる事にした」
セスカ皇子は少し悲しげだった。信頼を裏切る行為だから随分悩んだのだろう。だけど、悪神達の洗脳がきつかったのもある。ダンジョン化したら、あそこの宮殿を乗っ取って拠点にするはずだったと聞いている。これも三年越しの作戦の中の一部だし。順番を変えてでもやり遂げたかったのだろうが、なんとか瀬戸際でどれも阻止出来ている。
「無事だったのか宮殿の者達は」
「うむ、神の使いの者が全て眠らせ、混乱になる前に鎮めて下さったようでな。少しばかりの怪我人でそれは済んだ。虐殺などがあっては死にきれん。闘神でもある守り神と配下の者は三人の悪神達と戦い、なんとか勝利を挙げたので騒ぎは治まっておる。それは恐ろしい戦いだったぞ。宮殿の天井が半分吹き飛んだし、壁という壁が崩れた。巨大サソリに十匹も囲まれた時は終ったかと……。守り神と配下の黒き神々に助けられなければどうなっていたやら」
そこでセスカ皇子は、その時の事を思い出したのかブルブルと少し身を震わせた。あれほどの事があったから死者も出たし、怪我人も出たと悲しげだった。
「転移装置を運んでいる間にそんな事が……いや、それを防ぐ為にこれを設置していたのに、くそっ」
ホングはその後の言葉が紡げていなかった。唇を噛んで、悔しげなヴァリーも視線を地面から外さずにじっとしていた。ナッド大陸の中を旅しながら、転移装置を設置し続けていた二人は驚いていた。
「それで今は古い建物を壊して新しい宮殿を建てる事になっておる。瓦礫の処理が済んだら神が宮殿を建てて下さるようだ。何でもここに拠点を置いて神殿に攻め入ろうとしていたと、その悪神達の目的を聞いて堅牢な要塞にするのだと聞いている」
少し考え込んでいたセスカ皇子が、続きを話し始めたらそんな内容だった。
「そうか。それは安全だ。早く出来ると良いな兄上」
ヴァリーは安心したようで、セスカ皇子に向かって微笑んだ。
ラークさんが縮小した宮殿をみかん箱の部屋で見せてくれた。というかあそこで作ってた。
真っ白な宮殿は前よりも作りは凝って入るけれど要塞ではない。湖の中を水族館みたいに見れる工夫まである。僕も少し力を注いでいるし、あそこにいる皆が力をあわせている。あれを外に出して湖の島に設置すると言っていた。僕の部屋が一時的にあそこに繋がり、宮殿だけを残して退けば一晩で完成だ。その後の島の結界は闘神達が頑張ると聞いている。
「私もそれは楽しみだ」
「それで、アキは何処に関わってるんだ?」
「え? ああ、それは、僕の代わりに悪神が中に入ったんだ。入場審査の所に行ったら水軍の人に囲まれて捕まりかけたんだ。で、逃げ出して神殿に連絡を入れたら、宮殿がすごい事になって」
随分端折ったけれど、セスカ皇子が殆ど言ってくれたから話す事は無い。
「アキの事がバレてたのか?」
ヴァリーが聞いてきたが答えたのはセスカ皇子だった。
「神殿からの手紙に便乗したようだ。一度は彼らの手に渡るからな。警備をする者が悪神と通じていては意味が無い。済まなかったなもう一度謝る」
「そんなに謝らないで下さい。僕こそ不甲斐なくて止める事も出来なくて、謝らないとダメなのは僕です。ごめんなさい」
タキをあの夜、見逃してしまったのは僕だ。後でラークさんに謝ったら、隠れていた悪神をおびき寄せてくれたのだから良いと言ってくれた。確かにタキのおかげで悪神が出てきて捕まえられた。でも、宮殿に入ってしまう事になったのは僕のせいだ。街中でないだけましだと言われたけれど、気にはしている。
「何を言う。神殿に連絡をしてくれたと言っておったであろう。それで十分じゃ。神威に立ち向かうなんて我々では無理な事だ。無事な事を喜ぶぞ? なんせ、毒から私を救ったのはそなただからの。感謝こそすれ責めたりはせぬ」
「そうだぞ。こんな事に巻き込まれて無事なだけでも感謝しないとな。そんな顔はするな。何かむかつくからいじめるぞ」
むむ? 良い話のところに何か余計な一言が入ってるぞ。
「それは関係あるの?」
「何となく?」
「ふむ、それは分かるぞ、可愛い弟をいじめるのは兄の特権だからな。ヴァリー、男を嫁に迎えようとするのは気が触れたとしか思えぬが、その事についてはもう大丈夫なのだよな?」
少し含み笑いでからかうようにセスカ皇子はヴァリーを見ている。
「ア〜キ〜?」
怒りのヴァリーは銀色の炎のごとく燃えて見えた。迫力は満点だった。
「いや、でも、言うなとは、い、言われてないよ? しゃ、喋った、のはお母さんとお姉さんだけだし。セスカ皇子には話してないよ? 本当っだああ」
舌が上手く回ってくれない。ヴァリーはホングから伝授された、こめかみ当たりを拳で挟みぐりぐりと動かす業を掛けてきた。
「言いたい事があるよな?」
据わった目でいわれた。
「うああ、はい。ごめんなさいー」
「ああん? 心がこもってないぞ、もう一回?」
「ごめんなざいいいっ」
やっと離してもらった時には、ぐったりだ。うう、痛い。セスカ皇子は僕達の様子を腹を抱えて笑っていた。ここ最近のストレスを吐き出すように随分笑っていた。




