14 調和
◯ 14 調和
「お前は 何?」
何? なに、だろうか? ……良く分からない。首を傾げていたら、じっと見てくる目と合った。
待っている。答えを。
何、とは漠然としている。なんだと言うのだろう。何を聞いているのかが分からない。
「何、でしょう?」
「心に問うてみよ」
「はい」
なんだか漠然としていて捉える事の出来ない質問だ。自分が何か。何を目指しているのか、それとも仕事を答えるのか、自分の周りの環境? 好きな物? 違うよね?
真剣な答えを待っている。目を見つめたまま相手の期待を感じる。何を望んでの質問だろう。望んでいるものを答えるのでもない。
「何かになりたいのか、何であるのか分かりません。……何か求めている貴方の前にいるのが全てだと思います」
「ふむ、不動無形か。水か? 風か?」
「どっちも好きですけど、風に吹かれ、水に揺れる方が好きです」
「存在する者になったか。風を受けるには存在せねばならない」
「はあ」
「では昼か、夜か?」
「どちらも綺麗です。緑が受ける光も、星の光を受ける闇も」
「ふむ。中庸か。好ましい」
「調和と同じ様な感じですか?」
「そうとも言うか。始まりにはふさわしいの。リーシュが押す訳か」
首を傾げる。知らない人だ。
「これからそなたを観る者だ」
「リシィタンドさん?」
「そうじゃ。……そなたが映すのは妾であった。確かによう映る。先程の質問、妾は水と答えた。風と水のどちらも形ある物で変わる存在。そなたはそれである、とは言わずに風を受ける者と言った。では存在するものとして実体を持たねばならない。ゴーストとしているのに暑さ寒さを感じ、刃に傷つくのはそのあり方のせいじゃな。手にしている力もそれに伴っているが、空間として捉えるならばまだ足りないか。精進せよ」
「……はい」
「何と聞かれて、人間だとか名前を言ったり役職を言ったりは只人じゃ。妾の考え、意図を聞くのもじゃ。そのままであるというのはまあ、ギリギリ模範解答に入るか」
僕は頭を掻いた。普通評価を貰ったらしい。
「はい。ありがとうございます」
自分の答えを教えてくれたので、彼女の中身の紹介の様な気がする。お互いに知り合ったと思って良いのだろうか。うん、笑っているからそう取って良さそうだ。
「ではまたじゃ」
着物の裾を持ち上げて東雲さんは部屋の出口へと向かい始めた。
「はい、また」
僕は返事をしてそのまま見送った。入れ替わってリシィタンドさんが入ってきた。真偽が始まる。
「では、真偽の見極めを始める。今回の被害者ですね」
「はい」
「名前の確認をします」
「千皓とスフォラです」
そんな感じで、星深零の間で真偽の質問が始まった。東雲さんが見てくれたケースナンバー1と2のファイルに入れられた僕達の評価は、すぐにこの真偽の見極めに反影される。
次の日の断罪の儀で星深零より協力の感謝と今回の件での謝罪を受けた。正式にこれを戒めとして次回に反影すると、誓いを立てられてしまった。この事件は星深零から正式に僕の潔白を保証すると約束してくれた。
結局、フォーニが記事を勝手に消す方法を知ったのは、ルージン神の事を書いたせいだった。あれで何人かの新人がメラードノストに押し掛けようとして、ルージン神に面会やら一人だけを優遇するのはおかしいとかの抗議をしたらしい。
それでフォーニと同じ待遇をと求めらたルージン神は、しっかりと同じ待遇の永久追放と借金を科して、組合に原因となってる記事を消すように要求したらしい。この忙しいときに自分を煩わせたとして、罰金を科したらしい。そりゃ、ダンジョン化の危うい時に、そんなものが押し寄せてきたらむかついて当然だ。向こうの都合も考えずに突っ走ったのが悪い。
その件で、フォーニの罪は伝わらずに、神に気に入られて特権を貰ったと解釈されたみたいだ。まあ、フォーニの嘘で、それに拍車が掛かったのは何かの悪戯みたいな気もする。
そして、新人の審判候補に自分の正当性をアピールしていた時に、偶然にその新人と上司との不倫関係を見て、それをネタに僕の記事を消させたらしい。その二人がわざわざ僕に警告をしなかったのは、そうすればバレないと思ったからだそうだ。僕が最近記事を書いてないのを知っていての確信犯だ。脅されてとはいえ、ちゃんと罰が与えられる。
僕は記事が勝手に消えてるのを少し不思議には思ったくらいで、訴えようとかは思ってなかった。レイに聞いて調べてくれたから、明るみに出ただけだ。確かに普通ならバレなかっただろう。
コミュニティー内では周りが勝手に僕を作って、それに対しての評価を付けられている。こんな現実は今一実感出来ない。噂だけの根拠の無い情報の上に乗って無駄に回り道している。そこに何の実もならない空っぽの情報の枠だけを見てる気分だ。中身が入ってない。探し物は悪意の籠った言葉の先には見つからないだろう。
断罪の儀の次の日は新人の交流会でもある。結局、不参加を出して行くのを止めた。その日から、フォーニの記事は全て消されて、代わりに星深零からのお知らせが上がっていた。フォーニは不正に人を脅して、他人の記事を消した罪があると書かれていた。被害者には謝罪済みで、真偽は終わり、断罪はされてフォーニは記事を書く事は出来なくなったと説明があった。
きっと、新人交流会は騒ぎになるだろう。質問責めにされるのは遠慮したいので、交流会の参加は見送って正解だと思う。
ホングとヴァリーには恨めしいぞとメッセージが来た。僕の代わりに質問責めにあったらしい。何の事件があったんだとの質問には、フォーニに会えば分かると返しておいた。犯罪者の警告音がし、まぎれも無く星深零の定める複数の凶悪犯罪に手を染めている者への印が見て取れるのだ。一度それを見れば分かるはずだ。
「確か、真偽の区画で、殺人未遂があったと聞いた。まさかそれじゃないよな? ここでは久しぶりの事件だと聞いたぞ?」
画面越しのホングはちょっとお疲れ気味だ。交流会を抜け出して、ヴァリーと帰っている途中だ。僕のフォーニに会えば分かる、というのを受けて律儀に会いに行ったらしい。
「じゃあ、きっとそれだよ。ソインテラ講堂の近くの公園だよ」
「……大丈夫だったんだよな? 今、喋ってるんだし」
顔を心配で歪めてホングが念を押してきた。
「そうだね、痛かったよ。フォーニは身体強化とか出来るんだよ。凶器が小さいカッターナイフで助かったよ」
「くそ、気違いが! 犯罪者がここに住んでるのはどう言う事だ!?」
ヴァリーが怒りで顔が赤くなっている。
「色々と試みがあるんだよ。ホングに聞いてよ」
ホングがここでのフォーニの実験を軽く話した。
「ああそれで、また何か新しいのが始まるって聞いてる。説明は明後日だ」
ホングの聞いた説明会はディフォラーの件だと思う。
「という事はまた情報の発信源か? 前の交流会の時もそうだったな」
呆れで怒りが収まったのか、今度は好奇心を刺激された様な顔で確かめてきた。
「あー、そうとも言えるね? フォーニが主だけど、僕もそれに入ると言えば入ってたかな?」
「明後日が楽しみになってきたな」
「今日は良く分からんが質問がうざくて、参った」
ヴァリーは懲り懲りだと不機嫌に頭を振っている。
「アキに気をつけろと言われてチェックしていたが、まさかあんなだとは思わなかった。フォーニは結局新人交流会には参加は認められなかったんだな」
「そうなるね。混乱を避ける為だと思うよ。本人は清廉潔白を主張してるし、僕を斬りつけた事は無かった事になってる。その内に本当に忘れるんだ。いっそ、僕ごと忘れれば良いのにそうはしないのはどうなってるんだろうね」
「良い疑問だ。今度はそれを見てみよう」
ホングが笑ってそういった。
「何か面倒臭そうな話だな?」
「ヴァリーはこんな複雑な話は嫌だと思うよ」
「そうだな。やたらと細かくて、はっきりしない事をうだうだと考えるのは性には合わないだろう?」
「確かに嫌だが、馬鹿にしてないか?」
「全然」
「そこがヴァリーの良い所だよ」
「確かに。迷った時は単純にヴァリー流にやるとうまくいくんだよ」
「そうか? 悩むのは後でやれば十分だ」
まずは行動派のヴァリーらしい。
「そうだね。二人はこの後どうするの?」
「ここの区画の飯を食って帰る。来るか?」
「うん、行くよ」