11 魔法
◯ 11 魔法
次の日のお昼頃に起き出して、今回の旅に使うトカゲの調達に向かった。オアシスの水を引いてため池を作ってある場所にトカゲ達が揃っていた。
翼竜達は公用ぐらいの扱いなので、庶民は使う事はない。今回の仕事は正式には神の使いだけれど、表立って目立つ行動はしないようにしているので、これで行くべきである。ビルベルスター商会の事もあるし、何処に敵が潜んでいるのか分からない為、慎重に行動した方がいい。神殿でも隠密に速やかに転移装置を要所要所に置いて行っている。
このナッド大陸には二十カ所に設置が決定した。緊急用としているので普段はこれまで通りの交通を使う。ヴァリーも里帰りが楽になるのかと思ったら、いつも通りの帰還方法を言われたそうだ。確かにいきなり動きが変わったら怪しまれる。
タキは珍しそうに異世界の街並を見ながら、目を輝かせていた。うさ耳の女性のお尻を追いかけて行くのを呆れて放置して、移動用のトカゲを店で決めた。灰色の体に少しくすんだ赤の角が特徴のトカゲだ。最初のオアシスまでなら、兄弟のやっている支店に連れて行けば、状態を見て少し高めで買ってくれるみたいだ。マーロトーンの鳥と大体同じシステムだ。
だけど、今回は緑の平原まで進むと言ったら、本店がそこだと言ってくれた。両親がそこにいるから荷物をついでに運んでくれと頼まれた。手紙と荷物が増えた。兄弟にも手紙で良くしてくれるように頼むと言ってくれたので引き受けた。どうやら腰痛に効く薬を入れているみたいだった。
タキから何処にいる、とメッセージが来た。勝手にうろついてんじゃねえと書かれている。僕はちゃんと仕事をしているから、どこかに行ったのは僕じゃないと送った。移動用のトカゲを調達したと、証拠の映像を送っておいた。
トーイの実で作ったエアクッションに魔法で空気を送り込み、乗り心地を確かめていたら、迷子のタキが両頬に赤い手形を、目の周りに殴られた痣を付け、荷物を何一つ持っていない姿で現れた。
嫌な予感がして、
「警備隊に追いかけられた?」
と、聞いたら。
「そんなへまはしてない」
と、答えが返ってきた。
「じゃあ、後ろの警備隊が手錠の先を持って、僕の荷物を持っているのは何で?」
答えは返ってこなかった。苦々しそうな顔でそっぽを向いたままだった。僕は警備隊の人に事情を聞いた。やっぱりセクハラで女性に両頬にビンタを貰い、その彼氏と殴り合いがあったらしい。騒ぎを聞いて警備隊が駆けつけ、事情を聞いて罰金か刑罰となったが、所持品は本人の物ではないというので確かめにきたらしい。
刑罰の内容を聞いたら、セクハラの罪は汚物処理だった。時間的に夕刻までに終るか聞いたら、終るとの返事だったのでそうして貰った。ここに戻ってくるまでに絶対にまた何かやらかすと思ったので、送り迎えをチップを渡して頼んだ。帰ってきたらまた渡さないといけないが、この費用はタキの報酬から引く事にすれば問題ないだろう。
タキがそんなの罰金を払えば良いだろ、とか文句と悪態をついてきたが、自業自得だよね? と言っておいた。糞野郎と言われたが、三、四時間程して帰ってきたタキの方が糞にまみれた野郎に変身していた。街中に落ちてる移動用の生き物の糞を拾い集めてたらしい。
「良い物が見れました。胸がすく想いです」
と、お忍びなのか少し簡素な服を着たネラーラさんとテレサさんが、揃って笑いながら僕に言った。どうやら宮殿から従者を通して僕達を見守ってくれていたみたいだ。女性には腹立たしい痴漢行為を、ちゃんと刑罰として受けさせたのが余程スッキリしたらしい。ウサ耳女性もしっかり見学したみたいだ。
「お役に立てて嬉しいです」
と、僕は空気を読んで答えておいた。ここは他の意見は混ぜてはいけない。女性に従うべき所だと、頭の中に警報が鳴りまくったのでその通りに行動した。
そのままお別れを宮殿でもしたのにまたやって、会う約束をした。タキは汚れを落とすまで乗せられないので、砂漠まで歩いてもらう事にして僕はトカゲに指示を出して進んだ。
どうやらタキはディフォラーのせいで、殴り返す事が出来ない事を学んだみたいで、不機嫌だった。トカゲの後ろを歩いている最中、ぶつぶつと不満を呟いてはこっちを睨んでいた。こんな状態で四日も砂漠で二人きりなのかとちょっと不安になった。
タキは僕に話しかけるのが嫌になったのか、口を利こうとしなくなった。僕はスフォラと脳内会議をしながら街の外に向かって進んだ。沈みゆく夕日に紅緋色に染まった空と黄金の砂を感嘆の心持ちで進んだ。トカゲのくすんだ体までもが茜色に染まって綺麗に見える。
体を洗って着替えをしたタキは小さな声で悪かったと謝ってきた。もうしないでと言ったら、考えておくとの返事だった。それはないよ……。まあ謝ってくれただけでも良いとしよう。
日が沈み、ブルーモーメントの空の深さに吸い込まれそうな気分になりながら、星が輝きを増していくのを、食事の後の休憩の時間に、寝転がって見物していた。タキはたき火の前でじっと炎を見つめて動かない。
どうやら今日は月は夜明け前まで昇ってこない日のようだ。タキの為に小さな灯りを魔石で灯して進む事にする。トカゲも小さな灯りだけで進んでくれた。
「魔法はどうやって使うんだ」
と、寒いのか外套の襟を立てながらタキが聞いてきた。
「夢縁にいたのなら使えるはずだよ。気を扱えるよね?」
頷いたので話を先に進める。毛布を渡したら、受け取って体に巻き付けていた。
「気を練ってそこに魔力を載せて念を込めるんだよ。念というか強くイメージする感じかな? 気の動きを付けるのと似た感じだよ」
魔力をタキの体に流して感じを掴んでもらう。地球にはない感覚だけど、教えたら直ぐに何か分かったみたいだ。
「炎を出すのは気をつけて。常に二、三十センチ先に出るイメージだよ」
「何で火を出すって思うんだよ」
「魔石の炎をあれだけ見てたからそんな気がした」
「ちっ」
正解だったのか舌打してばつの悪そうな顔だ。タキはそのままその夜はトカゲの上でずっと魔力から魔法の発現の練習をしていた。蘇芳色の火が出たのは三日後だった。手のひらサイズの火の玉が一瞬出た時のタキは子供のように喜んだ。
砂漠だから水を覚えた方が良いからと、次は水の練習に入った。が、目的地のオアシスに着いても、一滴の水も出せなかった。まあ、焦らずに違う魔法にしようと声を掛けた。相性もあるからと慰めた。
オアシスの移動用のトカゲを扱ってる弟さんの支店を探した。証明の領収書と紹介状、お兄さんの手紙を渡すと歓迎してくれた。夜の時間だったので、宮殿へは次の日の朝に向かう事にした。トカゲをそこの一時預かりにしてくれ、宿まで紹介してくれた。おかげでサービスに朝食を付けてくれた。
火蜥蜴の足跡亭で夕食をして、食堂の裏手の中庭の向こうにある部屋で寛いだ。タキは少しお酒を飲んでいた。部屋は気を使うだろうから別にして、ゆっくり砂漠の疲れを取るように勧めた。
ついでにまた宮殿に行くから、明日は牢屋かもしれないと伝えておいた。実に嫌そうな顔で、牢屋での食事の要求をされた。水筒に水は満タンにしておくよ、とだけ言っておいた。僕にもそこはどうにもならないからと、タキの怒りの目から視線をそらしつつ答えた。差し入れもちゃんとするよ?
第三皇女と第五皇女の宮殿に着いた。この宮殿では内密に事は勧められた。宮殿の奥の皇族と親しい従者以外の立ち入り禁止区域に排水の工事に来た振りで入って、使われず目立たない一室に転移装置をスフォラ経由で調整をして貰いながら、取り付ける作業をやった。
タキはその間、広い宮殿の前庭のど真ん中での待ちぼうけを食らった。兵士達に囲まれ、動くと槍を向けてそこで待つようにと言われ続けたみたいだ。砂漠地帯の昼間の熱気の中、兵士達とのにらみ合いは続いたみたいだ。水を全部飲み尽くして大変だったらしい。
どうやら、ネラーラさん経由で従者の歓迎だけは別というのが伝わったらしい。それも痴漢行為をした者だから、皇女の目にも触れさすな、と厳重に言い渡されたと従者の代表に説明された。その事には僕は逆らわない事を心に誓ったので、気を使わせて申し訳ないと言っておいた。僕は差し入れにマリーさんのサンドイッチをその人に頼んでタキに渡してもらった。ちゃんと届いたかは謎だけど、少ないと後で文句をつけられた。量を減らされたのか、美味しくて少なく感じたのかは分からない。
転移装置の使い方と注意事項、緊急時用なので連絡を先に受けてから使用するようにと説明をした。
勝手に使ったら牢屋行きなのでと言ったら、罠が仕掛けられてるのですね、と近寄ろうとしなかった。今一理解出来なかったみたいだ。使っていいと許可が出たら、罠が解除されてますからと、ちゃんとフォローはしておいた。それで少し微笑んでくれたので大丈夫だろう。
工事が終ってから皇女二人に、セスカさんへの贈り物を渡されたので、届ける事になった。次期皇帝の位置に一番近いので良くある事みたいだ。皇女の二人は、僕が神の仕事を受けているのは分かっているので、多くは聞かれなかった。タキの事も聞かれなかったので、そこはネラーラさんに感謝した。
タキは工事が終った僕を見て直ぐに水を要求してきた。外に出てトカゲのいる場所に向かって歩いていたら、話しかけられた。
「これじゃ仕事を覚えられないじゃないか」
「転移装置の設置は僕にも一人で出来ないから、技術者の指示で調整をやって魔術で固定するんだよ。それには魔力が扱えないとダメだから今は魔法を優先した方が良いよ」
固定する魔術も中々難しい。魔法陣の理解か、空間を固定する魔法が使えると仕上がりも良くなる。
「そうなのか?」
「うん。いくつかの魔法を使えた方が便利だし、仕事の受注の幅が広がるからね」
「めんどくせえ」
そのまま夜には出発をして、僕はディフォラーの犯罪者専用の組合の通販サイトの画面を見せてもらっていた。買えない物が結構あるけど、僕達の作った切り替えのカバンが買えるのが分かった。新しく載せた空を歩く靴は買えないみたいだ。何故かアクセサリー型の、手ぶらになれる三十センチ立法の大きさの荷物が入る物も、買えないのマークが付いていた。セキュリティーに引っかかるんだろうかと思いつつ、暇をつぶした。
タキは火の魔法以外はちっとも出来なかった。音波を飛ばせるのに音の魔法もダメで、旅に出て十日が過ぎても習得出来なかった。
「僕は教えるのは得意じゃないから、職業訓練の場所で教えてもらった方が良いよ。お勧めは水だよ。異世界での仕事の旅に水筒とか魔石の類いを持ち歩かなくていいし。風は音とも関係してるから、出来ると思うんだけど……僕も水の魔法が出来るまでに特訓して六日ぐらい掛かったよ」
膝丈ぐらいの濃い緑色の葉の付いた低木が、転々と続く大地が目の前に見えてきた。目的地に近づいてきた。明日ぐらいには着きそうだ。あれが見えたら後一日だと聞いている。
「そうなのか?」
「そうだよ。そんな直ぐに出来るのはないよ?」
「そんなもんなのか……」
低木の大地の範囲に入ると、少し大きめの動物の姿がちらほらと見え始めた。砂兎やらくだに似た動物、土の下に巣を作っている小さい黒トカゲが見える。砂地と土の混ざった場所は灰色トカゲも慎重に進んでいる。このトカゲの餌は背中に積んでいる干し草を固めた物だった。水桶に水を入れてその中でほぐしてあげたら食べてくれる。後は適当に砂漠の生き物を勝手に捕って食べてくれるので割と楽だ。
タキとの不便な旅行は、意外とここの住民の暮らしが細かく分かって、新鮮に感じられた。