106 悪趣味
◯ 106 悪趣味
星始祭はアストリュー神殿でずっと働いていた。ずっとこっちでの仕事が出来てなかったのでお詫びも含めて働くことにした。最後の二日間だけは家で過ごすことにしている。董佳様と怜佳さんは神殿にだけ泊まって帰っていった。色々と仕事が入っているらしい。まあ会えたので良しとした。
ラークさんも神殿に顔を見せにきた。二、三時間程しかいなかったけれど、メレディーナさんと他の神々に顔を見せて帰っていった。各大陸に水月湖のセスカ皇子の宮殿に似た物をみかんの部屋で創っている。潜伏していた悪神がまた見つかったらしい。
神殿での最後の仕事が終ったので夕暮れの中をスフォラと一緒に帰っている。神殿の庭を突っ切っていると何か黒い影が視界の端に映った。
「誰?」
スフォラが本体の中に入る様に言ってくる。何か嫌な視線を感じるので言われるままに入った。銀色の豹な姿の分体が後ろを警戒している。スフォラが緊急の連絡を入れながら走り出した。視界の端に映ったものの正体が目の前に突然現れた。
「いやっめ」
何も言わずにただ無機質に見下ろしてくる金斑の目と合った。振りかぶっている棒の様なものが振り下ろされたのか僕には見えなかったけれど、既にスフォラが戦闘態勢だ。分体が黒衣の人物に襲いかかっているが躱された。そのまま神殿方向に駆けた。
「うあっう」
突然、足に痛みを覚えて転がった。黒衣の人物の爪が伸びてふくらはぎに突き刺さっていたのが目に入った。そのまま直ぐに引き抜かれた。背中にコウモリの翼を持った黒衣の人の真っ赤に裂けた口元が笑っている。そこで空間がおかしいことに気が付いた。何時も感じる癒しの力を感じない。
空間の術を使っている? 切り落とされた体を直ぐにくっ付けたスフォラの分体が、後ろから黒衣の人物にまた襲いかかった。スフォラも電撃を放ちながら立ち上がって痛みをこらえて走り出す。後ろの黒衣の人物が少し時間を置いてから、翼をはためかせて音も無く飛んでくる。
分体が僕達に追いついたので、闇のベールに一緒に包み少し方向転換して進んだ。分体は手から体内へと入ってスフォラの武器となった。
亜空間の境目を探りながら進んで外に後一歩の所で体が痛み、ベールが霧散した。それでも外へと手を伸ばして体を傾ける様に無理矢理進んだ。
「きゃー!!」
外に出たらカップルがベンチに座っている場所に出て突き飛ばしてしまった。前のめりに転げながらなんとか外に出れたみたいだ。スフォラが緊急の連絡をもう一度入れた。
「に、げて」
カップルは最初は邪魔されたことに怒ろうとした顔だったが、血まみれの僕を見て慌てて警戒した。後ろの亜空間が消えたと同時に黒衣の人物の気配が辺りに充満してカップルが倒れた。
何か力を使ったのは分かった。突然、上空に気配が現れたと思ったらイーサさんが飛び降りてきた。その後はゆっくりと視界が真っ黒になった。
「アキ?」
レイが泣きながら呼びかけているのが目に映った。全身がダルくて動かなかったけれど、どうやらなんとか生きているらしい。唇が中々動かないし、舌も動かない。仕方ないので思念を飛ばす。
ーーレイ。どうなったの?
「アキ! 良かった。いるね?」
いるよ。体が動かないよ?
「大丈夫! まだちょっと時間が掛かるけど寝てる間に終るよ」
それなら良かったーー
そのまま眠りに落ちた。スフォラも無事だろうか?
「目が覚めましたか?」
「はい、メレディーナさん」
「大丈夫ですね……。よく頑張りました」
なんだっけ? あ。
「スフォラは?」
「大丈夫です。対悪魔仕様ですから無事ですよ」
「黒い人が?」
悪魔だったんだ。メレディーナさんが頷いている。
「ええ。世界の境界を超えて入ってくるなど、余程の高位の者。ですが弱体化して動けていませんでしたので捕らえることが直ぐに出来ました」
「こんな所にまで……?」
アストリューに入り込むなんて。あれでちゃんと動けてなかったんだ。からかう様に余裕で追いかけてきていたのを思い出す。
「最近騒ぎになっていた者でしょう。アキさんは知らなかったと思いますが、あちこちの世界の神界を襲い歩いていたようです。何柱か犠牲が出ていましたので対策はしておりましたが……」
「他の人は、大丈夫だったんですか?」
カップルが倒れていたのを思い出した。
「ええ。イーサが悪魔と戦いを始めたので。……アキさんが調度悪魔の張りかけた罠に近寄ったおかげで、術に気が付かれるのが嫌で殺そうとしたようです」
半分程完成した頃に庭を突っ切ってくる僕が邪魔で、自分の亜空間の中に入れて消そうと思ったらしい。完成が半分では十分楽しめないと思ったようだ。
「快楽殺人が趣味の方でしたので、冥界に直ぐに引き取って頂きました」
あの不気味な笑いは本物だったんだ。
「ここの霊気で動きにくいにも関わらずに、無理に力を使って罠を仕掛けていたので少々あっけなく捕まえれました」
「罠を?」
「ええ、アキさんが閉じ込められた亜空間もその一つで、ここと良く似た外観で惑わせて追いかけっこを楽しむ為に随分と凝っていたようです。力を封じて徐々に弱らせ、恐怖を味わせて楽しむ為の物を創っていたようですね」
「うわ、そんなことに力を込めてたんだ?」
「そのようです。ゲームは一方的に、ルールはあの者を楽しませるような無様さを見せること。それが目的でした」
「大迷惑ですね」
メレディーナさんも眉間に皺を寄せて頷いている。
「そうですね。それだけひたむきに罠作りに随分と頑張っていたようです。アキさんが外へと逃げ出したことで、なんとか異次元空間の罠を完成させること無く悪魔本人を引き出せたのは本当に偶然のようです。夢中になって追いかけっこを楽しみ始めたら急に消え、よく見たら影を纏っていたので死神だと気が付き、一思いに殺す方向に転向した途端に外へと逃げ出されたと。そんな報告を死神から受けました」
「悪魔はどうなったの?」
「イーサとダラシィーが細切れにして死神に渡しました。悪魔の魂を解体する際に死神が調査をしたらそのような考えだったと判明しました。スフォラの映像で証拠も出てます」
「空間は完成じゃなかったから出て来れたんですか?」
「どうでしょう、アキさんが出てきた場所はほぼ完成していた場所です……凝っていた割には少々雑ではありましたが」
メレディーナさんからすると雑ならしい。あの悪魔はあちこちの世界で人や神を罠に閉じ込めて色々と追い詰めて楽しんだ後、死体を神殿に飾ったり、神界の重要な場所にバラまいて汚したりとしていたみたいだ。
「死神の組合は死神を襲った馬鹿な悪魔だと笑っていましたが……」
苦笑いを浮かべている。それでも僕は八日も寝てたみたいだ。それにまだ背中が痛い。傷の治療は映像で見せてくれたけれど、グロいだけだった。
悪魔の爪で切り裂かれた傷痕は、真っ赤に晴れ上がってその周りは黒いまだら模様が浮き出ていた。今は腫れは大分収まって、まだら模様も薄らとなって殆ど消えていた。
そのまま更に五日間はたっぷりと治療をされてお見舞いにきた皆と話をした。




