幼馴染に耳かきをしてもらったら……3
思いのまま書いたら、長くなりました。申し訳ないです。
あれから四ヶ月の月日が流れた。
オレと燐の関係は良好。が、あれから以降耳掃除はしてもらっていない。原因は最後のあれがあるからだ。良好だが、口に出してはいけない禁句のようになってしまっていた。
けど、普通に会話は出来るため、オレは得に気にしていなかった。
そんなある日のこと。
家に帰ろうとして下駄箱で靴を下ろしている最中に燐に声をかけられる。
「ねぇ、今日家に遊びに行っていい?」
下駄箱での会話なんて別に普通だった。幼馴染なんて関係なく、友達とでもよくやるはずの一つの光景なのに、燐は神妙な面持ちでオレを見ていた。なんとなく目が泳いでいるような気がしてしまうほど。
だけど、オレはそれに気付いていないような振りをして、普通に返事を返すことにした。そっちの方がお互い楽だと思ったからだ。
「別に良いけど? 気晴らしにゲームでもしたくなったのか?」
「んー、そんな感じかなー」
「ふーん、別に良いけど。マリオカート、それともスマブラ? それともスマホゲームにするか? 家に居て一人で協力プレイするのと、誰かの家で一緒に協力するのもまた違うぞ」
「そうなの?」
「おう、意外と楽しいんだぞ」
「ふーん。とにかくさ、家に行こうよ」
「だな。寒いし」
燐の言葉に同意すると、オレは持っていた運動靴を手から離し、地面に落下させる。そして、上履きを脱ぐと運動靴を履いた後、上履きを下駄箱へとしまう。
その行為は燐も同じ。
オレは持っていたカバンを片手で背負うような姿勢で、燐が履き終わるのを待つ。そして、履き終わった後、一緒に校門へと向かう。
しかし、燐は何やら緊張した雰囲気を出しており、普段よりも口数が少なくなっていた。
何に緊張してるんだよ。
チラチラと視線を向けるも、オレはその言葉を燐にかけることが出来なかった。いや、かけることを完全に拒んでいるような気がしたからだ。幼馴染だからこそ分かる一種のテレパシーのようなもの。
だからこそ、燐もオレがチラチラと視線を向けていることを気付いているはずなのに、注意するようなことを言わないのだ。
そして、オレたちは無言のまま家に着いてしまう。
「じゃあ、また後でね」
「おう」
「ん」
「なぁ、なんか悩んでるなら相談ぐらい乗るから、考えまとめて来いよ。んじゃあな」
そんなイケメンが口に出す捨て台詞を吐き、急いで家に向かってダッシュ。この場に居たら恥ずかしすぎて死にたくなりそうだったからだ。
「え、え? ちょっ、ちょっと!?」
逃げ去るオレの背中に戸惑いの言葉がかけられたが、立ち止まることすらせず、家の中に逃げ込む。そうじゃないとやってられなかったからだ。
「……あっ! や、やっちまった……」
玄関の扉に凭れかかるようにして、心に湧き上がった羞恥心を無くそうとしていると、これからすぐに会うことを思い出す。断じて忘れていたわけではなかったが、幼馴染である燐の様子がおかしいことを気にならないはずがなかった。そのせいで口から出てしまった心配の言葉。
心配の言葉をかけるタイミングの失敗の反省と後悔をするには十分な待ち時間だった。
☆☆☆☆☆
二十分後、二階の自室で反省と後悔からようやく脱出出来たオレを見計らうように玄関のチャイムが鳴る。
燐が来たことを知らせるチャイム。
オレは自室から出て、玄関へと下りる。そして、玄関のドアを開けると、
「ヤッホー! ごめんね、待たせて!」
制服姿のままだが、さっきとは違い元気満々の燐が明るい声でそう挨拶してきた。
いったい、何がどうなってやがる。
落ち込んでいたかと思えば、元気いっぱいになっている理由が分からないため、そんな燐に掛けられる言葉は一つしかなかった。
「べん――」
「死ね」
バチン!! と澄んだ空気のせいでいつもより大きな音を上げて、オレの顔は左へ強制移動させられる。つまり、ビンタされた。
「~~~ッ!!」
「ふん。入るよ」
「お、おう。いってー。マジ、今日のは痛い」
「プライバシーないのが悪いんだからね」
「……その元気になった理由が分からないんだから仕方ないだろ。それとも、あれか? せい――」
「またされたい?」
「いえ」
燐の上げられた右手、そして身体から溢れ出す殺気にオレは速攻で根を上げる。
2チャンやVIPの皆さん、これ言ってしまえばきっと殺されます。
そんな報告をしたくなるほど、燐が怖くなっていた。
「まったく。さっきはあれほどかっこ良かったのに……。台無しだね」
燐は右手を下ろしながら、失望したため息を漏らし、そしてジト目で睨み付けながら、オレの部屋へと入っていく。
幼馴染とはいえ他人の家にも関わらず、住人より先に入り、ノックすらしない始末。反論したかったが、下手なことを言えば殺されかねないので、オレは何も言えなかった。
そして、燐は自分の席と言わんばかりにオレのベッドに勝手に腰を掛ける。
「――んで、何のゲームする? 一応、WiiUでマリオする準備してたけど……。したいやつがあるなら、なんでも言ってくれ。持ってるソフトで、だぞ」
そう言いながら、オレはゲームの燐が好きそうなゲームソフトを床に並べていると、
「ゲームなんてしないよ?」
と、あっさりとした声でそう述べる燐。
ゲームを並べていたオレの手は自然と止まり、「え?」という表情をしながら燐を見つめる。
そこには両膝に腕を置き、顔を両手で支え、下にいるオレを見下ろす形で笑顔を浮かべている燐の姿があった。
「えーと……何をしに来たんだ?」
「そんなの一つに決まってるでしょ?」
「一つ? オレにはそんな一つが思いつかない……あー、あれか? さっきの悩み事か? オーケーオーケー。オレの今まで歩んだ人生をフルに活用して、燐の悩みぐらい物の一分で解決してやんよ」
「やっ、悩みっていう悩みじゃないんだ」
「おい、こら。さっきの深刻そうな顔をしていた燐はどこに行った?」
「夜空の彼方へ去っていきました」
「どこの輝夜姫だよ!」
「知らないよ、そんなの」
「おい、こら!」
文句を言いながらもオレは少しだけ安堵していた。
燐の性格上、悩みを持っている姿はあまり似合わない。元気の申し子と呼ばれてもいいぐらい、燐は元気だからだ。だからこそ、いつも以上に心配になってしまった。それが杞憂で終わることはとてもいいことだと思ったからだ。
「それで、何をしたいんだ?」
「最近は言ってこないから、燐から言うのを悩んでたんだよ?」
「だから、何を?」
「耳掃除」
「……そういうことか」
「そういうことです。あれからも密かに特訓してたっていうのに、何も言わないんだもん。耳かき動画に飽きたのかなって思って、尋ねにくかったのに……」
「いや、そういうわけじゃないけどさー。あの件があったからな」
「あの件? なんかあったっけ?」
燐が一瞬、目を泳がせたのをオレは見逃さなかった。
やはり禁句なのかよ。
分かっていたことではあったが、あのことにあまり触れないで欲しいと分かったオレは、
「いや、何もなかったな」
と、『あの件』について、スルーする方を選ぶ。
その言葉に燐もホッとしたようで、再び視線を合わせてくる。
「そういうわけで耳掃除してあげようか?」
「どういうわけか分からんけど、拒否権なんてないんだろ?」
「もちのろんです」
「はいはい」
「じゃあ、そういうわけで膝の上にどうぞ」
耳掃除をしてもらうのが嫌なわけではない。むしろ、してもらいたいという気持ちはすぐに生まれた。が、こうやって改めて「したい」と言われると、オレも恥ずかしさが生まれてしまった。だからこそ、少しだけ呆れた雰囲気とぶっきらぼうな言い方で応えることしか出来ない。
燐はそのことが分かっているからか、文句を言う様子すらなくベッドの上に座ったまま姿勢を正す。
「どうぞ」
「って、待てって。準備出来てないだろ?」
「あっ、そっか。じゃあ、ティッシュと綿棒だけ準備よろしく」
「あれ? 耳かきは?」
「自前の持ってきた」
そう言って、持ってきていたポシェットの中から箱に入った耳かきを取り出し、自慢するかのようにオレに見せつける。その耳かきは、オレが前に燐にしてもらった時のような先端が光る玩具の耳かきではなく、高級品漂う耳かき。
「い、いつの間に……」
まさか自前の耳かきを用意しているとは思ってもみなかったため、唖然としてしまう。実は燐の方が耳掃除をすることにハマっているのではないか、そう思ってしまうほど。
「やるなら本格的にしないと嫌じゃない? それにかーくんやお父さんのおかげで耳の構造はばっちり把握済みです。個体差はあるとしてもね」
箱から耳かきを取出し、それを手元でクルクルと回しながら、可愛くウインクを行う燐。その様がすでにプロと言わんばかりの雰囲気を醸し出していた。
オ、オレは燐に大変な道を歩ませたのかもしれない。
そう思ってしまうほど、耳かきを持つ燐が様になっていたのだ。
「ほーら、固まってないで早く準備してよー」
「わ、分かったから。ちょっと待ってろ」
燐に急かされるがまま、オレは素早く準備を行う。いや、前回耳掃除をされた時から、いつでも出来るように部屋に綿棒と耳かきを用意しておいたため、準備は出来ているような状態。それを机の中から取り出し、燐の近くに持っていくだけの簡単な準備なのだ。
綿棒の入ったケースとティッシュを燐の隣側にオレは投げて、その反対側にオレは座る。
「えーと……本当にいいのか?」
「いいよ。っていうか、早く膝の上に頭を置いてよ。じゃないと出来ないでしょ?」
「分かった分かった」
「もう。意外とこれ言うの恥ずかしいんだから早くしてよね」
「これ? 膝枕のこと?」
「いいから! 早く!!」
「分かったって」
少しだけ怒鳴り気味に言われたため、オレは素直に燐の膝の上に頭を乗せる。
燐の膝は少しだけ冷たかった。
一日中スカート、そして燐が来ることが分かっていたから部屋を暖めていたと言っても、まだ十分ほどしか経っていない。当たり前の状態だった。
しかし、燐はそんなことをお構いなしに二度ほど深呼吸を行っていた。
「何をそんなに緊張してんだよ。これで三回目なんだから、もう余裕だろ?」
「――ッ! ちょっと静かにしててよ!」
「何をそんな怒ってんだ?」
「いいから! ただ、黙って聞いてればいいの! あ、あと笑うの禁止ね!」
「……意味、分からん」
「いいの!」
「分かったって。笑わなきゃいいんだろ」
「そうそう」
「はいはい」
燐の考えていることが全く分からないオレは、その流れに乗るという選択肢しか取れなかった。ただ、燐がそれだけ緊張するほど企んでいる事だけは分かり、しょうがなくその企んでいることに乗る覚悟だけは心の中でしとくことにした。
燐は最後にもう一度深呼吸をした後、
「燐の出張耳かきのご利用あ、ありがとうございます。お客様、ひ、膝の感覚とか……大丈夫ですか……?」
勇気を出してそんなことを言い出すも、恥ずかしさからか声はどんどん小さくなり、最期の問いかけはほぼ聞こえないに近いほど小声になっていた。
な、何を言ってやがる、こいつは……ッ!
笑うとか笑わないとかではなく、どう反応取ればいいのかも分からなかった。故にオレは自然と無言を続けてしまう。
燐も燐の方で黙って耳かきを始めればいいものの、そんな様子は見せずにオレの反応を伺っている。というより、質問の答えを持っていた。
~~ッ! しょうがない!
「お、おう。いいんじゃないか? うん、良いと思う」
頭を軽く動かし、感触を確かめてから答える。それが燐にとって一番の優しさであり、オレが最大限に協力出来ることだと思ったからだ。
「さ、さようでございますか。また何かあったら言ってくださいね? それでは耳掃除を始めたいと思います。大丈夫ですか?」
その答えを聞いた燐の声は少しだけテンションが上がったものとなる。
下手にツッコミを入れないで良かった。
心の中でそう安堵しながら、「はい」と燐の次の質問に頷く。
「それでは耳かきを始めますね。痛すぎたり、変な感覚があれば、手を止めるので言ってください。まずは中ではなく、外のくぼみなどをカリカリしていきますね?」
ノリノリの様子でそう言った燐は言葉通り、中ではなく外を耳かきでカリカリと掻き始める。
その動きは前の動きとは違い、本当に耳かき店でやるような丁寧な掃除の仕方だった。耳の構造上、自然と隠れてしまっている所も指でめくり、耳かきで掃除してくれるほど。
昔、母親にしてもらった記憶があるものの、ここまで丁寧にされた覚えはさすがになかった。
「お客様はいつから耳掃除をされてないんですか?」
燐が動かす耳かきの動きに集中していると、言葉がないのが寂しくなったのか、燐からそういう質問が飛んできたため、
「え? あっ、いや……分からない、ですね……」
オレも少しだけ動揺しつつ、その質問に答える。
あれ以降、何回か自分でしたが、最近は中間テストなどで忙しく耳掃除をした記憶がなかったのだ。
「やっぱりですかー。結構、溜まってますよ?」
「ご、ごめん。汚いですよね?」
「いいえいいえ、こっちの方が耳掃除のやりがいがあるってものですよ? こうやって耳かきを動かしていくと、耳垢がゆっくりと剥がれていくんです。それがまるでシールの剥ぎ取りみたいで……ちょっとだけ楽しいんですよね」
「物は言い様ですね」
「そうですねー。さて、今度は中の方をしていきましょうか。お客様には悪いのですが、汚れが酷くてなかなか綺麗に取れないので、程よくしないと時間がすぐになくなりますから」
「そこは綺麗にしてほしい――」
「大丈夫ですよ。ちゃんとあとで、綿棒で取りますから」
オレの言葉を予想していたらしく、途中で遮られてしまう。そのせいでオレはこれ以上、続きの言葉を出せなかった。
そのタイミングで耳の中へ入ってくる耳かき。
耳の中に異物が入ってくる時のゴソゴソ音と上下される感触が鳴り始める。
その動きは優しさに溢れており、耳垢をゆっくりと掻き出されていることがオレ自身分かるほど。
――と思っていると、急に痛みという名の刺激がオレの耳を襲う。
「~~ッ!」
「あっ! すみません。ワザとです」
クスッという漏れた声と共にあっさりと言われるその言葉。
わ、ワザとだと!?
わざわざ痛みが走るようなことを望んでいないオレにとって、その言葉は意外だった。だからこそ、反論することにした。
「な、なんでワザとしたんだよ?」
「気になりますか?」
「当たり前だろッ!」
「じゃあ、教えて差し上げますね。耳掃除というものは痛みがあってこそのものなんですよ? 痛みが伴わない耳かきは邪道なのです。気持ち良さだけを追求するのは簡単です。例えばお客様の場合はここまでですよね?」
そう言いながら、燐は痛みが全く伴わない個所まで耳かき引き戻し、動かす。もうちょっと奥まで、と思わず言いたくなりそうなほど惜しい気持ちになる個所。
「うん、そうだな」
「ここまでで満足ですか?」
「いや、もうちょっと奥まで?」
「これより奥にすると痛みが走る可能性がありますよ? それでもいいのですか?」
「……うん。惜しい気持ちになるよりはマシだ」
「そういうことなのです。気持ち良さを追い求めるほど痛みが走ってしまう確率が高くなる。それが耳かきなのです。燐はお客様の気持ちいい顔を見たくて頑張ってしまった結果、痛みが走ってしまった。だから言い方としましては、ワザとになってしまったのです」
「……論破されたな」
「しましたね。ですが、すみません。不快な気持ちにさせてしまいまして」
「いや、いいよ。間違ってないしさ。気持ちいいよ、ありがとう」
「いいえいいえ、こちらこそありがとうございます。それでは少しの間、集中させてもらいますね」
「分かった」
そう言うと、言葉通り無言になる燐。
そして、カリカリという音とたまに走る痛みで漏れ出してしまうオレの声、エアコンと空気清浄器の音しか聞こえなくなる。
本当に成長したよな、燐の奴。
最初の頃と比べて痛みまで耳掃除の気持ち良さに利用してくると思ってもみなかったため、オレはこの成長ぶりに感動してしまっていた。回数としては三回目だが、家族の分を合わせると相当練習したことが分かったからだ。つまり、それだけオレを気持ちよくしようと考え、頑張ってくれた証拠。これ以上の優越感を今までにも、きっとこれからも味わうことなんてないと思えるほどだった。
「どうかされましたか? ニヤけておりますが?」
「気持ちいいから、ついニヤけちゃったんだよ。文句あるか」
「いえいえ、それは燐としても嬉しいことなので別に文句はありませんよ? っと、耳かきでの掃除はこれで終わりです。次は綿棒で残りを取りますねー」
そう言って、燐は綿棒が入ったケースの蓋を開け始める音が聞こえた後、耳かきとは違う少し大きめの物が耳に入ってくる音が耳の中で反響し始める。感触と共にゴソゴソという綿棒を丸めている音が聞こえる中、
「こうやって綿棒で残りカスを集めますねー。あっ、音を入れた方がいいですか? くるくるくるっ♪」
と、燐のいかにも嬉しそうな声が聞こえる。
別にその発言が悪いとは言わないけれど、少しだけ恥ずかしくなってしまう。それは、燐の遊び道具にされているような感じがしたからだ。しかし、行動そのものは丁寧であり、中が終わった後は外側の方もゴシゴシと耳垢のカスを綺麗に取ってくれていた。
「はい、右側は終わりです。じゃあ、次は左側をしましょうか。燐の方へ顔を向けてくれますか?」
燐の指示に従い、オレは顔を燐の方へ向けようとすると、
「あっ、ちょっと待ってくださいねー」
顔を離した瞬間に出来たスカートのシワを直し、
「はい、どうぞ」
許可の言葉が下りたと同時に頭を下ろす。そして、少しだけ頭を動かして、オレにとってちょうどいい位置を作る。
その行為が燐にとってくすぐったのか、ちょっとだけ身じろぎをしそうになっていたが、気合で耐えたらしく、
「居心地の方は大丈夫ですか?」
と、何事もなかったかのように尋ねられた。
もちろん、オレが答えたのは「大丈夫」という言葉。
「それでは先ほどのように外側の部分からカリカリしていきますねー。存分にカリカリされるのを楽しんでいってください」
こうして左側も耳かきによって、表面を掻かれていく。
オレもさすがにこの場所を緊張する様子すら見せず、気持ち良くなってきたことから、口を閉じたまま軽く欠伸してしまう。
そんなオレの欠伸をしてしまった瞬間、燐の持つ耳かきはオレの耳から離れる。それは反射的に『危ない』と判断してしまったかららしい。その邪魔をしてしまったオレは素直に謝罪の言葉を口にする。
「ごめん、邪魔した」
「いえいえ、気持ちいい時は眠くなってしまうものなので仕方ないことです。だから、気にしないでください。ただ、一言欲しかったですが……」
「だよな。気を付ける」
「はい」
燐は再びオレの耳に耳かきを近づけ、カリカリと掻き始める。が、途中で「んー」と少しだけ唸り声を上げて、何か悩み始めてしまう。その間ももちろん手の動きは止めない。
「もしかして、喋った方がいいですか?」
「え?」
「いえ、眠いのは燐が集中してやっているせいかな、と思いまして」
「そんなに気を使わなくていいけど……」
「そうですか。でも、燐が暇なので喋りますね」
「おい、こっちの意見は無視か」
「まぁまぁ、気にしない気にしない」
「素に戻ってるぞ」
「あ、いえ、お気になさらないでください」
「言い直すのかよ!」
わざわざ言い直してまで接客モードになる燐にオレは思わず苦笑い。
燐は話すと言いながら、少しだけ無言で外側を掻き続ける。話す内容を考えているのはすぐに分かった。が、自分から話かけるのも嫌なので、燐から話しかけてくるのをオレは大人しく待つ。
そして、外側の部分が終わり、
「それでは内の方を綺麗にしていきますねー。まず、中のやりにくい個所、反対側の部分から掻いていきます。なぜ掻きにくい部分からしていくか、分かりますか? あっ、それと、『どんな風に掻き出しているのか?』もついでに質問に入れましょう」
と、いきなり解説とクイズが出される。
今までは耳掃除される時の感触とあのゴソゴソした音にしか集中しかしてなかったオレにとって、そのクイズはいきなり難題だった。
答えが分からないと分かっていて尋ねたことが分かるように、「ふふっ」と燐は笑う。
「分かりませんか」
「まったく分からないな」
「それでは実践しながら教えていきましょう。燐がどんな風に耳かきを操っているか、自分の身で理解してくださいねー」
そう言いながら、耳の中に耳かきがゆっくりと入っていく。
大好きなゴソゴソ音よりもどんな風に掻き出しているのか、オレは自然と集中してしまう。しかし、それはよりによって自分の大好きなゴソゴソ音によって邪魔されてしまっていた。それだけ耳の穴が小さく、音を聞き取る場所だけあって分かりにくいのだろう。
しかも、耳かきは上下に動くばかりでどんな風に耳かきを操っているのかさえ、全く分からない始末。
始まって数秒、白旗を振ったことは言うまでもない。
そのことが燐にも分かったのか、オレが白旗を上げる前に、
「ふふっ。やっぱり分かりませんか。白旗を上げますか?」
と、少しだけ意地悪な提案を出されてしまう。
本来ならば負けず嫌いを発動させてしまうものだが、この時ばかりはあっさりと白旗を上げる。実際、気持ち良かったらどうでも良かったからだ。
「白旗を上げる。オレはされたことはあっても、誰かにしたことはないから分からない」
「分かりました。それでは答え合わせをしていきましょう。奥側からやる理由はですね、耳かきを上手く倒さないと取れないからです。感触としては分かりにくいかもしれませんが、少しだけ倒してやっているんですよ? だから、範囲としては広範囲の耳垢を削り取っている、って具合なんです。もし奥側の部分のせいで中途半端に横側の部分の耳垢を取ったとしても、あとからまた横側は綺麗にしていくので、この方法は意外と効率いいんですよ」
実際、そういう動きをしているのだろう。耳の中にある耳かきの動きを想像しながら、オレは話を聞いた。
言われなければ分からないことではあるものの、燐の説明の通りに想像すると、なんとなくそういう動きをしているような感じを味合うことが出来た。
「耳かきって奥が深いんだな。特に気にせずに耳かき動画聞いているけど……」
「あれは音だけですが、こちらはリアルですからねー。っと、そんなことを言っている間に中も綺麗になりましたね。まだカスが残っているので、それは綿棒で取りますね?」
「……手際良すぎだろ」
「お仕事ですから」
「……ツッコミを入れたくなる発言だな」
「なしの方向でお願いします」
「はいはい」
そう会話している間に耳かきが耳の中から抜かれ、再び右耳をする時と同じように綿棒のケースを開く音が聞こえた。そして、右耳と同じく外側からゴシゴシと綿棒で書き取り始める。
もう終わりかー……。
少しだけ名残惜しさが心の中に生まれてしまう。
それだけ久しぶりの耳掃除が気持ち良かったということだった。たぶん頼んだら、燐はいつでもやってくれるということは分かっていた。しかし、今回みたいに燐から「してあげる」と言ってくれることは少ない。だからこそ、自発的に動いてくれたこと行動そのものが嬉しかったことにオレは気付いてしまう。
「大丈夫ですよー」
不意に燐の口から出された言葉。
その言葉の意味するものが分からず、「え?」と聞き返してしまう。
「燐の出張耳かき店は気まぐれですから、お客様が……辞めた。今回みたいに燐が察して、たまに言ってあげるから」
「……見抜くな」
「ふふっ、ごめんね。顔に出るからすぐに分かっちゃったんだよ」
「顔に出やすいタイプじゃないと思うんだけどな……」
「普段はね。こうやって耳掃除してる時は顔に出てるだけ」
「つか、耳かきごっこはいいのか?」
「疲れたから休憩かな? あ、中するよ?」
「ん」
そう言って、耳の中に運ばれる綿棒。
右耳とまったく同じことをされているはずなのだが、オレの左耳が感じる感触は少しだけ違うものを感じていた。それは、耳かき店よりも幼馴染としてされている方が、なんとなく気持ちいいということ。きっと素に戻ったことにより、動かす手も演技じゃない動きになったのではないか、と思わず推測してしまった。
だからこそ、
「出張耳かき店の接客、お疲れさん」
と、まだ耳掃除自体は終わっていないがそう労いの言葉を自然にかけてしまっていた。」
「どうも。まだ終わってないけどね」
その言葉に対し、燐は余計な一言を加えつつも答えてくれた。
そして再び無言が訪れ、最終的に耳掃除自体も終わってしまう。
耳掃除が終わると、オレから離れて隣に座り、背筋を伸ばす。その瞬間、ポキポキッと変な風に身体が曲がったのか、骨が鳴ってしまう。
その音を聞いた燐は、
「ゲームのしすぎで猫背にもなりかけてるんじゃない?」
そんな嫌味を漏らしつつ、耳垢を取ったティッシュを丸め、それをゴミ箱へ投げる。が、ゴミ箱の縁に当たり、床に落下してしまう。
「余計なことを言うから失敗するだぜ?」
「うるさいなー。面倒だからあとで捨てといて」
「失敗したのは燐だろ?」
「あのティッシュが汚れた原因は?」
「それは……いや、いいや。捨てるぐらい捨てといてやるよ。今日は頑張ったもんな」
オレはベッドから立ち上がるとゴミ箱に近付き、それより手前に落ちている丸まったティッシュを拾っていると、
「それってどういうこと? 言葉の意味がよく分からないんだけど?」
と、燐に質問されてしまう。
その質問に対し、オレは呆れることしか出来なかった。なぜなら、その言葉の意味は燐が一番分かっていると思っていたからだ。
「お前なー……」
「何?」
「学校からの帰り道とかで変な風だったの、耳掃除の件を切り出すことに緊張していたからだろ? しかも、耳かき店ごっこのあれ。あのせいだって分かった――」
「あーあーあーあ! 何も聞きたくないー!!」
「耳押さえても無駄だっての。いや、別にいいけどさ」
「そう思うなら言わなくてもいいの!」
「おまっ! 隙間からオレの声聞こえすぎ」
「ふんだ。と、に、か、く、燐はもう帰るから! 見送りよろしくね!」
その場から逃げ出すように燐は言うと、持ってきていた耳かきをそそくさとケースの中に片づけ、そのケースもポシェットの中に入れる。そして、立ち上がると部屋から出て行く。
耳掃除をしてもらったオレもさすがにその命令に逆らうことが出来ず、素直に部屋から出て、燐の後を追う。
「ま、今日はありがとうな」
玄関に着き、靴を履いている燐にお礼を述べると、
「どういたしまして。して欲しい時はちゃんと言うこと。燐がしたい時も言うようにするから」
「分かったよ」
「うん。それでよろしい。燐が耳掃除したいと思うのは――」
「オレだけなんだろ? 恥ずかしい台詞を言うのは良いけど、顔を赤くすんな」
「う、うるさいなー! 一言余計! そっちだって顔を赤くしてるくせに!」
「燐が恥ずかしがるからだ! つか、恥ずかしい台詞を言おうとするからいけないんだろッ!」
「ばーかっ!」
「はいはい」
下まぶたを指で引き下げながら、舌を出してあかんべえを行う燐をスルーするオレ。
案の定、燐はつまらなさそうに舌打ちをしながら、玄関のドアノブに手をかける。そして、再びオレの方を振り向いた時にはすでに笑顔になっていた。
「じゃあ、また明日ね!」
「おう。気を付けて帰れよ?」
「隣だけど? 心配なら着いて来てもいいよ?」
「バーカ、行くわけ――」
そこで何となくオレは嫌な予感――この展開上あり得る燐の死亡フラグ的な何かを察したため、
「分かった。送っていくわ。隣だけど」
と言いながら、靴を履く。履き慣れた運動靴のため、スルッと足が入り、時間はかからない。
逆に冗談で言った燐が焦り始めるも、オレは聞く耳を持たなかった。
「ほら、行くぞー!」
そう言いながら、オレはドアノブに手をかける燐の手の上に手を重ね、ドアを開ける。そして、そのまま腕を掴むようにして燐の家まで連れて行った。
燐はその間、恥ずかしそうに俯いていたことは言うまでもない。
もちろん、何の死亡フラグも立たなかった。
書きたくなったので書きました。そして、書いてから後悔しました。
「ごっこ」をしてくれる女性を望まないわけじゃない。ただ、耳掃除をしてもらいたいだけなんです。
クリスマスを回避したことが唯一の抵抗です。これぐらいの抵抗しか出来なかった……。
もうね、リア充爆発してください……。
クリスマスは! クリスマスは! キリストの誕生を祝うものなんだよおおおおおおおお!
※無様な姿をお見せしてすみません。ただ、書きたかっただけです。(笑)




