崩壊編 第3話【Day.2】
先生を殴った戸田は、普通なら停学になっているところだが、俺達が中3で受験が近づいていたのと、普段の人望が幸いしたのか、運のいいことに「受験勉強のストレスが出た」の一言で数時間生徒指導室のお世話になっただけだった。
ここで頭のいい戸田が停学になったら、原因の解明がまた一歩遠のく。それはつまり、普通に一歩遠のくということだ。それは、誰よりも俺が困る。
だから、戸田が停学にならなかったのは幸いだ。普通は停学になるはずなのにならないという「普通ではないこと」に喜んだのは、これが初めてだ。
そして、今は帰りのショートホームルームの真っ最中だ。心なしか、先生の口調が早口になっている。
それもそうだ。先生がいる教壇の目の前の席に、戸田が座っているからだ。
殴ったことが影響で、この席に移動したのではない。ちゃんと2週間前、公正にクジ引きで決めたのだ。自分を殴った奴が目の前にいたら、先生だって怖いに決まっているだろう。
そして、肝心の戸田は、机に頬杖をつき、多午の存在が消滅したことに怒っている。戸田は何も言わないが、全身から怒りが滲み出ている。そして先生が高速で学校のプリントを配り、大急ぎで教壇に戻り、
「これで、ショートホームルームを終わります。はい、起立、礼!」
こっちはまだ礼どころか起立もしていないのに、先生はそれだけを超がつく程の早口で言い、そそくさと教室を出て行ってしまった。
そして俺も家に帰ろう――――――――と思ってドアを引くと、
ドアが開かない。
「……?」
ドアの立て付けが、また悪くなったんだろうか。そう思って、もう一度ドアを引く。やはり開かない。
ただ単に立て付けが悪いだけならガタガタ揺れるはずなのだが、ピクリとも動かない。
「何してんだ、萩原?」
園が、俺に言う。
「開かねぇ、ドアがピクリとも動かねぇんだ…」
俺がそう言うと、クラス中に、ざわめきが起こる。
「んなわけねぇだろ、ちょっとどけよ」
戸田の力に俺はあっさりドア前から押しのけられ、戸田が今日の不機嫌の分の力も込めてドアを引くが、動かない。
「おい、じゃぁ……窓はどうなんだ?」
戸田の一声で、堂本が窓の方に向かう。
「だめ……鍵が動かない」
堂本はこっちを向き、申し訳無さそうに首を振った。
「えっ……どう、なってるの?」
藤崎が不安そうな声を出すと、仲のいい女子数人がつられる。
「ドアを壊す!どけ!」
いつのまにか誰かの机を構えた戸田が、思いっきりドアにそれをぶつける。
しかし壊れるどころか、傷一つついていない。
「どうなってんだよ……先生は、普通に開けて出て行ったじゃねぇか……」
「私達……閉じ込められたの?」
堂本がそう言うと、どうしても皆の不安を掻き立てる結果になってしまう。
そして僅かに思い出すのは、昨日の多午の死の話。他人の記憶から消えた多午の死。もしかして、いやまさか、そんなはずは、炎が燃え広がるように、不安の火種は大きくなる。これは昨日の多午と何か関連しているのか。
「おい……誰か、何とかしろよ……なぁ、なぁ!」
突然、井沢が声を上げる。この行動は臆病者の井沢らしいが、機嫌の悪い戸田に間髪入れず「うるさい!」と言われてしまっていた。
それでも井沢は落ち着きを取り戻せず、席について歯ぎしりと貧乏揺すりをしきりに続けていた。
近寄らない方が良さそうだな、と、そう思った時、
教室のスピーカーから、ノイズ音がした。