崩壊編 第9話【Day.2?-3】
とある繁華街の、薄暗い路地裏。そこには、いかにも不良という感じの大の男二人と、その二人の間に挟まれている、男達の腰程の身長しか持たない少女がいた。
「だーかーら、さっさと金を出せって言ってんだよ!」
「その前に、君達の筋肉頂戴よ!」
彼等は、さっきからこんな押し問答を繰り返している。もう5分近くになるだろう。
少女が口を開く度に、男達は「何言ってんだこいつ」という顔をする。しかし5分もこんな事を繰り返していると流石に苛立っているようで、とうとう堪忍袋の緒が切れた。
「……どーやら、口で言っても分かんねぇらしーなぁ。だったら……その体に分からせてやるよ!」
男の1人が少女の真っ白なシワ一つないワンピースの胸の部分を掴み、自分の眼前に引き寄せる。そして右手で、少女の顔面にパンチを食らわそうとした。真っ直ぐに拳が向かう。しかし悲鳴を上げたのは、少女ではなく男だった。何故なら、男の両手首から先が、綺麗に無くなっているからだ。正確には無くなったのではなく、切られて地面に落ちていた。
ワンピースを掴んでいた手が、ぽろりと取れる。少女は、重力で地面に落ちた。
「ひっ……何だ、何だこりゃぁーっ!」
男の手首から、どくどくと血が溢れ出す。その血が、少女のワンピースに赤い染みを付けた。
「あーっ!せっかくのワンピースが!さっき掴まれた時に、シワも付いちゃったしー……」
少女がワンピースを見て、「はぁー」と溜息をつく。その間にも、男の悲鳴は勢いを増していった。男の腕の皮膚が、まるでバナナの皮を剥くように剥けている。肩まで完全に剥け切ると、今度は筋肉が腕から引き剥がされ始めた。神経を千切り、健を千切り。
「ひぃぅ……えぁっ……うあぁぁぁーっ!」
男は痛みで自立する力すらも失い、その場で転げのたうち回った。そして糸が切れたように……動かなくなった。
「で、そこの君」
少女は、すっかり腰を抜かしてしまったもう一人の方の男を見た。
「君、この死体の連れだよね?だったら、連帯責任ってことだよねー?」
少女は妖しげな笑みを浮かべながら、男に一歩、また一歩と近づいていく。少女は怒っていた。ワンピースを汚された怒りで。少女は笑っているはずなのに、何故かその表情は恐怖心をそそった。普通の大人が怒るより、何倍、否、何十倍も怖い。
男は、抜けた腰で必死に逃げようとする。だが、逃げられなかった。こんな狭い路地裏に、逃げ場などがあるはずがない。
「さーてと……」
少女の手の平が、男の顔の前に差し出された。男の顔は、涙と鼻水と涎で、ぐちゃぐちゃに汚れていた。男は失禁した。だが、失神はしなかった。あまりの恐怖に、男は失神する方法を忘れてしまったのだ。
路地裏に、男の悲痛な叫び声が響いた。
「いよーっし、一週間分のおやつゲットー!」
少女が、大きな袋を掲げ、勝利に満ちた表情をする。袋の中は、全て筋肉だ。
「また、不良狩りですか……よく飽きませんね……」
少女の隣に立つ青年は、タキシードに眼鏡を付けており、大人っぽい青年だ。
「だーって、こーゆー不良の筋肉は、ガッチリしてるから美味しいのよ」
「貴方、本当に筋肉が好きですね……私は骨の方が好きですが。にしても、あそこまでやることはなかったのでは?」
青年が後ろを振り向くと、そこには体中全部の筋肉を剥ぎ取られた、無残な男二人組の死体があった。
「別にいーじゃん」
少女は、あっけらかんとした声で言う。
「ところで、『選別』は順調ですか?学校なんかを対象にして選別したら、探すのは大変だと思いますが……」
「だーいじょうぶだって!今、すっごい人見つけたんだ!で、今テスト中!」
「そうですか……それは良かったですね」
「あんたも、そろそろ『選別』に本格的に取りかかった方がいーんじゃない?」
「ですけど、なかなかピンと来る人がいなくて……」
「ふーん」
二人が『世間話』をしていると、朝陽が少しだけ顔を出した。
二人はゆらり、と陽炎が揺らめくように輪郭が揺れて、消えた。
俺の席の周りには、人が密集していた。俺は丁寧に頭蓋骨のミニチュアと紙が入っていた袋を開け、中を机の上に出す。
たちまち、辺りがどよめく。『すげぇ、本当に頭蓋骨だ』『凄い、ミニチュアとは思えないくらいリアル……』そんな声が聞こえる。その物体に皆の視線は集中する。
そのとき、女子が1人、クラスメイトを押しのけて一番前に来た。江本だ。
江本は暫く机の上に並べられていたものを見ていたが、また列の後ろの方へ戻って行ってしまった。
戻る前に、俺を一睨みして。
江本は、謎の多い女子だ。だから、何故睨まれたのかが、俺には理解できなかった。