蠢き 〜白蓮編 1〜
今回久々の投稿です。
白蓮の話になります。
今から遡る事千年。
未だ妖怪が跋扈し、人を際限なく襲っていた時代。
力ある人間以外は食糧としか認識されず、当然その認識に違いは無く、人々は妖怪に恐怖していた。
―――ただ…どんな時代にも、その時代に合わない風習や習慣がある。まるで時代という見えない、だが強大な物に抗うように。
「やぁ、おはようさん」
今、挨拶をした人の村にもそういった物がある。
「おはよう。今日も良い天気だな」
端から見れば知り合い同士が挨拶し合っただけだろう。
だがよく見ると、挨拶を返した男の背には黒い翼が生えていた。―――妖怪だ。
じゃあ初めに挨拶した村人も妖怪なのか?―――いいや、れっきとした人間だ。
しかも一人ではなく、よく見ると所々人間ではない異形の妖怪達が人間と共に行動し、暮らしていた。
奇跡――――。
正にそうとしか言い表せないだろうその光景は、小さいながらも確かに存在している。
そんな光景を、白蓮は少し高い山にある寺から見下していた。
「今日も良い天気…作物が良く育つわ」
太陽の恩恵をありがたく思いながら目を閉じて体全体に光を取り込む感覚を味わう。
「太陽の暖かい光は自然だけではなく、自分の心も良く育てる……だったかしら?」
随分と前に亡くした弟の言葉の一つを思い出し、苦笑する。
――――命蓮が亡くなって既に八十年を越えていた。
命蓮の死後、白蓮は跡を継いで村を守ろうと、立ち直ろうと必死になって頑張っていた。
だが、時代がそれを許さなかった。
―――村は大きな戦に巻き込まれて戦場となった。
私たちはただ平和に暮らしていただけなのに、命は無残に刈り取られ、生き残った者達も散り散りになってしまった。
―――もう立ち直れない。
正直そう思った。
何故、人は争いを起こすのか?争いの中で生まれる悲しみを、痛みを、涙を知らないのか、と御上に訴えた事もあったが、聞き入れてもらうどころか逆に殺されかけた。
人の醜さに絶望し、諦めていた時に白蓮は偶々命蓮の遺品である旅の日記を見つけ出し、興味だけでその日記を開いた。そこには命蓮の旅の様子が記されていて、まるで御伽噺のような体験が書かれていた。
そういえば旅の話はあまりしなかった…そう思い出し、弟が一体どんな旅を送ったのかに興味を惹かれて次々と読み進んでいく。
『神無月上旬。
今日は道中でお団子を食べた。随分前から彼処で店を構えているらしい。お団子も、その年月を表したかのような美味しさだった。今は息子さんが…』
と、このようにのんびりとしたのもあれば…。
『酔った…。ウェプ。
い、今は秋を迎えた頃、お世話になっている村の漁師達が秋刀魚の漁になかなか出掛けないのでどうしたかと訊くと、何でも沖に妖怪が現れては船を壊したりと漁を邪魔するらしい。
御礼も兼ねてその妖怪を退治したんだけど……これからは船にあまり近付かないでおこう………』
といった情けなくも面白い話もあった。
白蓮は知らなかった弟の旅の思い出に触れていくと、途中とても気になった話があった。
『今日は驚いた。僕の今までの常識が覆った日だ。
山を歩いていた僕は、地盤が緩んでいたのか大きな土砂崩れに飲み込まれた。飲み込まれた瞬間は覚えてないけど、気がついたら土砂に埋もれていた。体を動かそうにも骨が折れたのか、酷く痛い。仮に折れてなかったとしても体に力が入らないのであれば意味をなさないが。
もう駄目だ。
そう諦めてかけていたいた時、僕は誰かに掘り起こされた。お礼を言おうと口を開くが声が出ず、土砂から出れた事で緊張が解けたのか気絶してしまった。
次に目を開けると映ったのは空ではなく、見知らぬ天井だった。
何処だ?と思っていると隣から誰かの気配がしたので首だけを傾けて見る。
そこに居たのは、明らかに人間とは異なる姿形をした異形…妖怪だった。
食われる。
そう思った。
僕も妖怪退治をしていると目の前で人が食われる様を何度も見た。
初めて見た時はトラウマになりそうだった。その光景が脳裏に蘇る。身構えた。だが、次にこの妖怪が発した言葉に僕は耳を疑った。
―――大丈夫か?
声は掠れていて良く聞き取れないけど、確かにこの妖怪はそう言った。
顔からは判らなかったが、その言葉には本気で心配している心が表れていた。
まだ少し恐怖心が残っていたが、大丈夫だと返すと妖怪は安堵したかのように顔を柔らかくした。
少しすると妖怪…彼がお粥を作って持ってきてくれた。しかも明日は近くの村まで運んでやろうと言ってくれた。
僕は訊いた。
何故君は僕を襲わないんだ?と。
彼は答えた。
昔、人間に助けられたからだ、と。そしてその恩に報いる為に人間を助け続ける、とも。
この瞬間、僕の妖怪に対する常識は崩れた。
そして新たな夢が出来た。
『全ての人間と妖怪が共に暮らせる平和』という叶わないであろう、だが望まずにはいられない夢が。
この日は永遠に忘れない―――。』
読み終わる頃には既に日が傾いていた。
白蓮は取り憑かれたように何度も読み返した。
『全ての人間と妖怪が共に暮らせる平和』
普通の人が聞いたら絶対に馬鹿にされるだろうその夢を、弟が夢見ていたと知らなかった白蓮は目を閉じて深呼吸をして気持ちを整理する。
次に白蓮が目を開いた時、そこには絶望に染まっていた目ではなく、希望と強い意志が混ざった眼をしていた。
「…ありがとう、命蓮。私にも一つ、夢が出来たわ」
アナタの夢を叶えるという夢が―――――。
それから数十年、苛烈を極めた修行の末に、彼女は魔力を操る魔女となり、不老長寿の力を持って多くの人間と妖怪を説き伏せて、今の村を創り上げた。
最近は少しずつ大きくなり始めた。これからもずっと発展していくだろう。
「おや、聖。こんな所で何を……聖、どうしたのです?」
「あら星。どうしたのですって?」
「何故…泣いているのですか?」
えっ?!と驚き頬を拭うと濡れていた。
昔の苦労を思い出したからだろうか。それとも――――弟の、命蓮の夢を少しでも実現できた事への嬉しさからか―――。
「……本当に、何でかしら…」
「?」
「大丈夫よ。星」
それなら…と素直に引き下がる星。今回ばかりは直ぐに引き下がってくれて良かったと心底思う。
星も命蓮が亡くなった後の白蓮を知っているから、話して無駄に心配させるような事はしたくない。
「それよりも星。何故ここに?今日は村で畑仕事の手伝いがあったと聞きましたけど…」
その言葉にビクッと反応する星。
「星……またなの?」
「す、すいません聖……。また宝塔を落としました………」
涙目で謝られる。これで何度目か、もう数えるのも億劫になる。
ため息をついて苦笑していると
「ご主人。ありましたよ」
可愛らしいネズミの耳を頭に生やした小さい少女が、星の宝塔を持って来ていた。
「ナズーリン!!ありがとう!」
星は宝塔を受け取ると嬉しすぎてくるくると踊り出した。
「因みに、どこにあったのかしら?」
喜んでいる星の気分を害さないように小さい声でナズーリンに訊く。
「……畑仕事の休憩中に寄ったお団子屋の中で。おばあちゃんが私に見えやすいように置いてくれてました」
それはつまり、星が宝塔をよく落とす事が村中で知られているという事だ。
それでもそうやって気配りしてくれるあたり、皆に愛されていると喜ぶべきか、それとも毘沙門天に帰依した者としての尊厳が無いと悲しむべきか……。
「そういえば、今日はお祭りですね」
ふいにナズーリンがそう言ってきた。確かに今日は村で行われるお祭りの日だった。
「本当だ!忘れてました。いやぁ、楽しみですね聖」
星がくるくる踊りを止めて更に嬉々とした笑顔を見せる。
今日は村が創られた日なので、村中がそれにあやかって騒ぎまくる…というものである。
いつもは静かを好む白蓮だが、偶にはこういう雰囲気も必要だ。
「本当に…楽しみね」
「そうだね。楽しみだ」
不意に後ろから声をかけられた。
星やナズーリンは直ぐに武器を取り出して構えていた。
全く感じれなかった。
それなりに修行を積んでいたので気配ぐらいなら下に見える村の端まで手に取るように掴める。
それをこの距離で感じ取らせない…つまりかなりの手練れで…気配を隠したのは少なくとも悪意があるからだろう。
ゆっくりと振り返って、声の主を見る。
そこで白蓮は違和感を感じる。
相手の顔が見えないのだ。
いや、これだけだと語弊がある。
見えてはいる。だが、靄がかかったように相手の顔だけが霞んで見える。
それ以外はというと金の刺繍が入った真っ白な法衣を着ているぐらいか。
「(顔の認識が阻害されてるようね……)どちら様ですか?」
「ああ、申し遅れた。僕の名前は日蓮。元僧侶だよ」
日蓮と名乗った彼は物腰柔らかく受け答えた。
まるで命蓮を彷彿させるような気配と透き通った声だ。
だが、日蓮から発せられる重圧がそれを全て吹き飛ばす。
嫌な汗が出てくる。
今までここまでの重圧を感じさせる相手は初めてだった。
「…何が目的ですか?」
星が槍を構えたまま質問する。星も重圧からか、息が荒くなっている。
「僕の目的かい?そうだね……」
星の問い掛けにどうやって答えるか少し悩んでいるようだ。
そして何か思いついたように手をポンと叩くと
「詳しくは言えないけど、僕の夢の布石にするためだよ……君達『全員』をね」
瞬間、後ろから何かが爆発したような音が聞こえたと思うと、村人達の悲鳴が届いた。
後ろを振り返って村を見る。
そこには先程までの平和な村は既に無く、巨大な人影が小さな人影を踏み潰していた。
見える現実を白蓮達は受け止めれなかった。
一体何が、何でこうなっているのか、目から入ってくる情報を処理出来ずに茫然としていた。
―――日蓮の次の言葉を聴くまでは。
「ハハハッ!!流石巨人達だ。使役しがいがあるよ」
「星ッ!?いけません!!」
「ご主人!!?」
聖やナズーリンが反応するが、既に星は日蓮に肉薄していた――――。
初めは何が起きたか理解が出来なかった。
命蓮様が夢見て、聖が文字通り血を吐く努力をして小さいながらも大きな夢を実現させた宝とも言える村が、急に現れた巨大な人影達に蹂躙されていた。
思考が停止した。
あの言葉を聴くまでは―――。
「ハハハッ!!流石巨人達だ。使役しがいがあるよ」
この言葉を聴いた瞬間、怒りを覚えるより先に体が動いていた。
許せない。許せる筈がない――――。
毘沙門天に帰依して初めて、殺すためだけに振るった槍は私の生の中で一番の速さと破壊力を伴った一撃だった。
槍に手応えを感じる。
殺ったと確信した。
だがそれはあまりにも甘い認識だった。
「…へぇ。意外と凄いね」
槍は確かに日蓮に届いていた。が、手のひらで受け止めており、薄皮一枚も貫けていなかった。
「な…」
「でも、邪魔」
その一言を最後に目の前から姿を消した。
―――バカな!?
驚愕と戦慄が同時に襲う。
仮にも軍神に帰依した自分の目の前から姿を見せずに消えるなど信じられなかった。
だがここで違和感に気付く。
―――何故、周りが真っ白なんだ?
今目の前の風景はあの山ではなく、何も見えない真っ白の世界だった。妙に浮遊間もある。
そう思った瞬間。
―――――バキィ!!
「―――ッガハァ!!?」
聞こえてきたのは、木が折れる音。
襲ってきたのは、全身を覆う激痛。
全身が堅い何かに当たる。
それが地面に落ちたものだと気がつくのに少しかかった。
―――な、何が……?
混乱した頭では今の状況を理解する事は出来なかった。
ただ真っ白の世界から一転、今目の前に見える光景は自分の一直線上に木々が折れていた。
「――――!!?」
その折れている木々の奥からナズーリンが走り寄ってくる。いつもの憮然とした顔ではなく、目を見開いて必死な顔でこちらを見ていた。
―――ナズーリン、一体何が起こったのですか?
そう言おうと口を動かすが、口から出てくるのは言葉ではなく、鉄の味がする真っ赤な液体だけだった。
「――――ご―人?!!し―――!!!」
ナズーリンが必死になって何かを叫んでいるが、断片的にしか聞こえないので何を言っているのか全く解らなかった。
―――ナズー……リン………聖………。
ただ、逃げて下さいと朦朧とする頭で自然と祈ったまま、星は意識を失った。
――――――――――――――――――――――――――――――――。
星!!!?
私はそう叫ぶ間もなく、星が目の前で一瞬にして吹き飛ばされていた。
「ナズーリン!!星を!!!」
「わかってる!!」
ナズーリンを星の下へと向かわせる。まだ生きているのは気配で分かった。そして、目の前の日蓮の強さも同時に悟った。
まず私達では適う相手では無いだろう。本気になれば鬼ともいい勝負をする星を、明らかな手抜きの一撃で潰したのだ。最も、その手抜きの攻撃すら全く見えなかったのだが。
「…やっと邪魔者が居なくなった」
ナズーリンが走っていった方角から目を背けて再び私に目線を送ってくる。
「……一体、何が目的ですか?」
懐から経典…『魔人経巻』を取り出す。
只の棒に見えるそれに巻物を開くように両手を広げると、具現化した呪文が巻物のように出て白蓮を守るように広がっていく。
明らかに敵意を示す。
これを見た相手は普通なら何らかの行動を取ったり、顔をしかめたりと何らかの態度を取る。だが目の前に居る日蓮は態度を全く変えず、むしろ笑みすら浮かべていた。「面白いですね。この僕に適う、とでも?」
「私の質問に答えて下さい…。何故、村を襲ったのです!?」
語気を荒げて問い詰める。白蓮から放たれる威圧感は今や神のそれすら凌駕している。なのに日蓮はどこ吹く風、淡々と質問に答えた。
「邪魔だったからですよ。それ以外に何があるのです?」
思わず顔が引きつる。そして同時に恐怖する。
今、目の前に居る男はそんな小さな理由で人を殺せるのだと。
「…解りました。アナタは倒さねばならない……敵です!!」
周囲の妖力、魔力の濃度が一気に上がる。
日蓮の顔つきが変わる。それは余裕ではなく驚愕。これほどまでの力を持っていたとは思っていなかったようだ。
「魔神復誦!!」
勝てる。
そう確信して全力を叩き込んだ。
日蓮はそのまま膨大な魔力に飲み込まれていった。
久しぶりの投稿…………待っていてくれた皆さん。ごめんなさいです。
「良いのが浮かばねー!!」
と下手くそな癖に無駄に深く考えてました。
そういうわけで初心に返り、また下手くそな文章での投稿になりますが、それも含めて楽しんで頂けたら嬉しいです!
今回から白蓮の話になります。次回で終わると思います…たぶん。
そしてまた謎の人物『日蓮』が出て来ました!彼は一体何者何でしょうか?そのあたりもこれからの物語に関係するので、後々話していきたいと思います。
さて次回予告です!
星や村を蹂躙され、静かな怒りを爆発させた白蓮。
そうなる事自体が日蓮の思惑だと気付かずに――――。
では次回をお楽しみに!




