蠢き 〜明王編〜
明王様が主人公回です。
全く何やってんだ、と談笑に浸る命蓮とレティを見て思わず笑みがこぼれる。
かつて自分達が求め、人に与えた平穏は長い時間の間に薄まり、大規模な同族同士の殺し合いにまで発展した。
―――この世界も、もうお終いか。
そんな事を口にした戦友もいた。だが、今目の前に映る光景はそんな血にまみれたものではなく、人間と妖怪という種族を越えた者達の平穏そのものだった。
―――出来れば、この平穏が続いて欲しい。
そう思うが、同時に鬼としての本能が拒絶を示す。
難儀な事だ、と今までの笑みと違う苦笑を浮かべる。
大昔は何も考えず、本能の赴くままに戦い、あまつさえ仲間と共に世界を滅ぼした。
しかし年をとり、世界を見渡すと今まで目も掛けなかった世界の美しさとそこに生きる人間の強さに魅せられ、いつからだったか…人間を守る側になっていた。
そして数百年、人間を守った功績が認められて仏界へ入り明王となった。
だからといって暴力の本能は、消えずにくすぶっていた。
だからこそ仏敵が多い西方の明王の頂点につけた訳だが。
ふと肩に違和感を感じた。
見ると肩に一羽の蝶が止まっていた。
しかもこれは仏界にのみ生息し、観音に管理されている『極楽蝶』と呼ばれる連絡用の蝶だ。
『大威徳夜叉明王様で御座いますね。不動明王様がお呼びで御座います』
一呼吸置いて、はぁ…と盛大なため息を吐く。
「めんどくせぇ…」
ついそんな言葉が出てしまう。
仏界は幻想郷から一旦出なければならない。冥界や天界、地獄とは違って現代…つまり外で三大宗教の一つ『仏教』の世界なのだ。
そんな世界が忘れ去られたりするなどまず有り得ないし、何より仏教は幻想郷に定着していないために存在もしない。
ただ、明王は『行くのが』面倒だとは思っていない。『行った後』が面倒なのだ。
向こうの住人は生真面目と石頭が売りだ。決して自分の考えを曲げない。
これは美徳だが、それが数百万人単位だと話は別だ。
会議なぞ意味をなさない。だって自分の考えだけを貫くのだから絶対纏まらない。
お釈迦が居れば皆彼の考えに従うためにすぐに終わるのだが、彼が居ない時の会議なんか十年も続いた事があった。
それに頭を悩ませたお釈迦が苦心の末に出した答えが『明王の絶対議決』と呼ばれる制度だ。
これはお釈迦が居ない時に会議が始まるならば、その議決権を明王が行使出来る、という物だ。
聞こえは良いが、この制度によって、今まで『仏教の暴力集団』と敬遠されていた明王達の肩身が更に狭くなった。
無論、向けられる目線は『暴力バカ野郎共』とハッキリと表れている。
「しゃーねぇ。行くか…」
命蓮に伝えようとしたが、すぐに考えを改めて黙ってしまった。
「(まぁ、今は良いか…)」
楽しそうに話す二人に水を差すような真似は出来ないと無言でその場から消えていった。
―――――――――。
「…んしょっと。久々だな〜、この道を使うの」
何もない真っ暗な空間に明王は浮いているかの様に佇んでいた。
ただ真っ暗なのか、それとも本当に何もないだけなのか…それは解らないが、唯一完全に解っている事は、この空間を使うと『どんな世界も渡り歩ける』のだ。詰まるところ、龍が使う道と一緒だ。
だから明王自身も必要ならば様々な世界を渡り歩ける。
まぁ必要無いのだが。
「おっと。ここだ」
そう言って目を閉じる。
先程と何ら変わらない暗闇だが、再び目を開けると日が照り、青々とした草木、
美しい彩を放つ花々が大地を覆っている。
これだけならいくらでも昼寝しに立ち寄るのだがな……。
「相変わらず早いな」
後ろから懐かしい声が聞こえた。二百年前までよく飲み交わした数少ない親友の声だった。
「そうだな、金剛夜叉…それとも■■■■と呼んだ方が良いか?」
「止せよ。不動の爺さんに聞かれたら事だ」
それもそうか、と軽い挨拶を済ませる。
今目の前にいる仏…金剛夜叉明王は俺と幼なじみの様な長い関係だ。いくつもあった大きな戦いには常に二人で挑んでいた。いわゆる戦友という奴だ。
「元気にしてたか?」
「ま、ぼちぼちだな」
他愛もない話をしながら不動明王達が待つ沙羅双樹に向かう。
自分に起こった事を話す。すると急に金剛が妙に暗い顔をしながら話始めた。
「お前が急にいなくなったと聞いた時には大わらわだったよ」
「そうか…」
「他にもいろいろあったし……」
「?何だそりゃ」
しばらく考えてる顔をしていると急に苦笑し始める。
気になったから追及しようとするが。
「ま、向こうに着けば分かるよ」
とあしらわれてしまった。何があったのかと首を傾げる。まぁ二百年も経てばいろいろとあったのだろうが…。
と思いながら歩くと目の前に扉が現れる。
「不動様、金剛夜叉明王です」
「……入れ」
扉の奥から掠れた男の声が響くと扉が独りでに開いた。
「おお!懐かしいぜ」
扉の奧には二百年前と何ら変わらない見慣れた広間。そして―――。
「兄貴ぃ!!」
「お帰りなさいっす!!」
「うおーーー!!アニキィ!!!」
「お前ら…」
共に西の守護に就いていた明王や羅刹達が席から立ち上がって駆け寄って来た。皆喜び方は様々だが、本心から喜んでくれているのはとても嬉しい事だ。
だが。
「だぁぁ!!暑苦しい!!寄るな!!!引っ付くな!!!!」
ゴンッ!!
「痛ってぇ!!?」
「ひっ酷いっすぅ!!」
「黙らっっしゃい!野郎ばっかり俺に抱き付きやがって!!少しは女っ気も混ぜろ!!!」
その言葉に一同が静まり返る。だが一人の羅刹がアハハと笑い
「いやいや、顔怖いっすからwww女の子なんて寄って来な」
ブスッ
「ぐわああぁぁぁ!!目が!?目がぁぁ!!!」
のた打ち回った。
一気に中に笑いが巻き起こった。が――――。
「うるせぇなぁ」
瞬間、場が先程とは打って変わって静かになる。
何だ?と声がした方に顔を向ける。
そこには二百年前まで俺が座っていた五大明王の席に、今は見知らぬ男が座っていた。
金剛夜叉の方に顔を向けると、彼も苦笑しながら肩をすくめている。どうやら先程の会話に出た「いろいろあった」事の一つのようだ。
再び俺に駆け寄って来た皆の顔を見ると、全員が見知らぬ男を睨んでいた。どうやら見知らぬ男は周りにいる取り巻き以外には嫌われているようだ。
「不動、そいつ誰?」
全く見覚えが無いので不動明王に確認する。見覚えは無い……はず。
多分。
「…彼は感無吏明王という。観音衆から選抜された、お前の後任だ」
ほぉ、と少し驚きの声をあげた。
観音衆は仏界の中でもかなり明王を嫌う者達が多い。その観音衆が明王衆に…となると。
「(明王衆とのパイプ役…ってところか)」
『明王の絶対議決』の力を欲しがる奴らが送って来たのだろう。
―――全く。人は欲深い…何て言ってるくせに。
「初めまして〜。『元』大威徳夜叉明王様…ヒハハ!」
おっと。性格も仏とは思えないなオイ。………俺も人の事は言えんが。
「っ!?ゴラァ!!テメェ、兄貴に何て口を…!!」
「だってよぉ。コイツ年寄りじゃん。ジジイじゃん」
おいおい、そこに触れるな。結構気にしてるんだから…。
「まぁぶっちゃけ、ジジイは引っ込んでろっつー事♪ヒャハハハハ!!」
俺の周りが怒りでパーフェクトフリーズドライ。マジで皆怒ってるわ…これ意外。
にもかかわらず他の五大明王はかなり冷静…というより呆れていた。
……何故だろう。全員の目が期待を持って俺に向けられている。
「(兄貴、やっちゃって下さい!)」
「(アイツうるさいんです!ぶった斬って下さい!!)」
「「「(お願いします!!!)」」」
「黙れお前ら。無垢な少年のような爽やかな笑顔で俺に犯罪を頼み込むんじゃない」
下っ端達に注意していると―――。
「(…威徳の言うとおりだぞ)」
「(ふ、不動様!?)」
明王衆の頂点に立つ明王…不動明王が念話で会話に参加してきた。流石明王の頂点に立つ男。言うときはハッキリ言う奴だ。
「(…爽やかさは重要ではない。萌え要素を含んで頼み込め。ちなみに上目使いだと…)」
「はっ倒すぞ貴様ぁ!!!」
これ以上の発言を遮るように突っ込む。
あれ以上は明王の沽券に関わりそうだ…。
「?…あのジジイ、何言ってやがるんだ……?」
マズい。俺がヤバい奴に見えてるらしい。まぁ念話は聞こえないからな……それに声を出して突っ込んでたら、何も判らない奴が変な目で見るのは当然と言えば当然だが……何で他の奴らには何にも無いの?すごい理不尽じゃないかコレ。
「いや…何でも無い。それよりも……知ってたか?」
どこからともなく、白木拵えの白鞘の太刀を取り出す。
「明王の座はな…前任者を倒して初めて認められるってな……」
「へぇ…面白ぇじゃねぇか」
向こうも取り巻きから剣を受け取ると、抜いて切っ先を向けてくる。
「ジジイを倒せば名実共に俺が五大明王になるわけだ!こんな美味しい話はなかなかねぇよなぁ!!」
変な高笑いをし始める。どうやら俺に勝てるつもりらしい。どんな理由かは知らないが……。
まぁ関係ない、と太刀を抜く。いつも通りの細い刀身が姿を見せる。すると向こうの連中は刀を見て―――嘲笑を浮かべる。
「何だそりゃ?そんな小枝みたいな剣で何が斬れるんだよ。ヒャハハハハ!」
「日本刀を知らないのか?」
「そんなダサい剣なんか知るかよ。俺の剣を見な」
そう言うと持っていた剣を掲げて見えやすいようにしてきた。
「どうだ!このイカした剣!!最高だろ?!最硬を誇るダイヤモンドにルビー、サファイアを使って作られた一級品だ!!刃こぼれどころかどんな物でも斬れるんだぜ!!これでお前も終わりだなぁ!!」
「…へぇ。じゃあ、試してやろうか」
抜刀の構えをとる。が、向こうは再び笑い出す。
「ははは!!お前さっきの説明聞いてなかったのか!?ならもう一度説明してやろう!!コイツは」
「うるせぇ」
ドンッと、まるで大砲でも撃ったような音がする。実際は俺が床を蹴った音だ。ただ速さは光速のそれに近いが。
馬鹿みたいに隙だらけの身体に合計11撃、太刀を叩き込んだ。
一番恐ろしいのはこの後だ。何せ光速に近い速度で近付いたんだ。津波のごとく不規則な、しかし確実に襲い掛かる空気の濁流に飲み込まれ、体をぐちゃぐちゃにされながら壁まで吹き飛ばされ、叩きつけられるのだから。
……放った俺が言うのも何だが、これは食らいたくない無いね…。
「……ガハッ!!ァ……き、さ……まぁ………卑怯、だぞ!!」
卑怯?何を言ってるのか判らない。戦うと決まった時点で既に戦いは始まってるというのに。
それに一番悪いのは自分の得物の自慢話を長々としていた事だな。
「良いことを教えてやろうか?」
ボロボロになった感無吏明王に近付いて良いことを教えてやった。
「こういうのはな、『当たれば良い』んだよ。良かったな〜教えてもらってよ。ま、次からは気を付けろよ。…次があればだけどな」
「ひぃ!!?」
恐がる感無吏明王を無視して刀を振り上げる。
「じゃあな」
渾身の力を込めて刀を振り下ろした。
……………。
「なーんてな!」
よく見ると刀は頭に当たる直前で止まっていた。
初めから殺す気は無いので刃も返して峰にしていた。
だが感無吏明王は恐怖で気絶していた。
「あらら。気絶してらぁ。オイ、そこの取り巻き共」
逃げようとしていた取り巻き達を呼び止めると、気絶した感無吏明王を投げて渡す。
「連れて行きな。まだ助かるぜ…(多分)」
何とも無責任な台詞だが判らないから仕方がない。
取り巻き達は悲鳴を挙げながらも彼を担いで消えていった。
「よっしゃー!!」
「ざまぁみろ!!」
「ふー…よかったぁ」
事が終わると皆が諸手をあげて喜んでいた。
……よほど嫌われてたんだな、アイツ。
心の中で合掌ぐらいはしてやろう………。
「…さて、威徳の。早速だがお前の身に何が起こったか……判る範囲で教えて欲しいのだが…」
やっぱりか。どうせそんな事だろうと……というよりそれしか思いつかなかったから既に纏めている。ふっ、万能な俺に隙は無かった!
「…忙しいので二百字以内で頼む」
「ちょっと待て。お前聞く気無いだろ!?」
いくらなんでも二百年を二百字に纏めろとかムチャだろ……。
「…一割冗談だ」
「九割は本気なのかよ!!?」
そんなこんなで何とか二百字に纏めて話した。
「…なる程。向こうではそんな事が起こっていたのか…」
「まあな。二百年前の時は俺も油断していた……」
「でも、何ですぐに戻ってこずに命蓮寺に居るんだ?」
金剛夜叉が核心をついて来る。
「実はな…俺を封印した奴と命蓮の『気配』が一緒なんだよ」
「…何だと?」
「つまり、命蓮が封印した本人だと?」
いいや、と首を振る。
「命蓮が死んだのは千年前、俺が封印されたのは二百年前。時間が合わない。それに…命蓮は『蘇った』んだ。おかしいと思わないか?自分の肉体がある『生き返る』事とは違い、『蘇る』のはどんな人間でも自分じゃ出来はしない…」
「…なる程。黒幕が居るわけだ」
肯定を示す。
何故言い切れるのかというと、命蓮と黒幕が別人だと決定づける物があった。
「命蓮の魂の質は『善』だが…奴は『純粋』だった」
五大明王や長いこといる明王達は驚きに呻く。
だが若い明王達はよく判らないようだ。
「すいません。魂の『善』と『純粋』って何が違うんですか?」
「魂の質…ここでは本質だが、どんな魂にも『善』か『悪』の二つしかない。その二つの内のどちらかになると、初めて短気だとか大人しいだとか、性格に関する質がついていくようになる。だがな…『純粋』ってのはな、『何もない』んだ」
判らない明王達は首を傾げるばかりだ。そんなに俺の説明って分かり難い?
「そうだな…『何もない』からこそ『何にでもなれる』。つまり『善』でも『悪』でもない別の『何か』にな……」
まだ首を傾げてるな…。説教覚悟してぶっちゃけて言うか…。
「つまりだな…俺達よりも高位の存在にもなれるんだよ。お釈迦が良い例だな」
「マジですか!?」
ああ、こんな説明で理解してくれたのね。今までの労力返せや。
「全く、お主はいつも適当よのぅ」
部屋に一人の女性が入って来る。
顔立ちは絶世の美女と言っても過言では無い程美しく、細く絹のような肢体と肌はどんな財宝よりも価値があるように思える。そして、九十九本の狼の艶やかな尾。
九十九尾の狼。通称おばば。
何故か本名を誰も知らないし、かなり長生きで俺とほぼ同い年だから、皆親しみを込めておばば様と呼んでいる。ほぼ同い年の俺にはおばばと呼ばれたくは無いらしい。
因みにオバマとかいった奴は ←ヤムチャしやがって… 的な感じになるから気を付けろよ。
「おばば。どうしたんだ急に」
「何、お前が困っていると聞いてな。少し手伝ってやろうとな、妾の娘を一人、命蓮の所に送ったわ」
「はぃ??!」
「因みに―――じゃ」
「…よりにもよって、あのおてんば娘かよ……」
うなだれる俺を見て気分が良くなったらしい。
スキップでもしそうなぐらい喜んでいた。
「どうなるか楽しみじゃのぅ。威徳の」
ホホホと上品な笑い声を残して消えていった。
「はぁ……どうしよ」
全く読めない展開に頭を悩ませる明王だった。
さて、まず皆さんに謝ります。
スイマセンでしたー!!!!(土下座)
凄く更新遅れました。心の中では「やべー!」と思いながらもなかなかアイデアが出ない始末……。
しかも仕事場で薬品にかかってしまい、手がグローブのように腫れてます。
しかも痒い!!
臭い!!!
匂いが落ちない!!!!
果ては痒すぎて眠れねぇ!!!!!
5日間合わせても七時間寝てない…だと?!
ちくs(ry
とまぁ、そういうのは向こうに置いといてと…。
如何でしたか?自分としては幾らかフラグを建てたつもりなんですが……。
新キャラ登場予告がありましたね!(気づかなかった方…気付いていたでお願いします)
前に募集してくれた中から選びました!!
重ね重ね投稿して下さった皆さん、本当にありがとうございます!!
眠れなかったので夜中ずっと考えてました。全部良すぎる……!!
もうすぐで出てくるので楽しみにしていて下さい!
今回少しブラクラ要素を入れました。だって好きなんだもの!!
ああいった台詞のセンスが欲しい…。
今回は東方キャラは全く登場しませんでしたが、次の次からはいつも通りの幻想入り小説になりますので、安心してください!!
では次回予告です!
時は千年前まで遡り、命蓮の死後の話。
命蓮の姉である白蓮は命蓮の死を乗り越え、悲願となった『人間と妖怪が共に暮らす村』を作り上げ、魔法使いとなって星やナズーリン達と共に村を守っていた。大きな争いも無く、平和だった。
だがそれは、一人の男によって壊される―――。
では次回をお楽しみに!