吸月鬼 ~月に一度、少女から血をもらう吸血鬼~
レオンは、月に一度だけ少女の血をもらう。
「今月も来たよ」
少女は小さな保存容器を差し出した。
月経カップから移した赤黒い血が、底で揺れている。
「遅かったな」
「学校あったし」
レオンは容器を受け取った。
「ありがとう、とか言わないんだ」
「毎月言っていたら安くなる」
「なにそれ」
少女は笑った。
吸血鬼は、人の血を飲まなければ長くは生きられない。
だがレオンは、もう誰かの首筋に牙を立てないと決めていた。
最後に吸った血は、人間のものではない。
最後の女吸血鬼。
彼のつがいだった。
吸血鬼がほとんど滅びた時代、二人だけが残った。
そして飢えたレオンは、彼女を殺した。
「すまない」
冷たくなっていく女を抱きながら、何度も謝った。
女は怒らなかった。
ただレオンの頬に触れて、
「最後なんだから、幸せになって」
そう言って死んだ。
それ以来、レオンは死ねなくなった。
幸せになるまでは。
*
「おいしい?」
「まあな」
「私の血」
「正確には経血だ」
「細かい」
レオンは飲み干した。
身体の奥に熱が戻る。
少女はそれをじっと見ていた。
「ねえ」
「何だ」
「私、役に立ってる?」
レオンは眉をひそめた。
「またそれか」
「だって、これなかったら困るでしょ」
「困る」
即答すると、少女は少しだけ嬉しそうにした。
「じゃあ私、必要なんだ」
「血はな」
少女の笑顔が止まった。
「……そっか」
レオンは言い過ぎたと思った。
だが謝らなかった。
しばらくして、少女が聞いた。
「私が来なくなったらどうする?」
「別の方法を探す」
「見つからなかったら?」
「飢える」
「それでも駄目だったら?」
レオンは答えなかった。
「また誰か襲う?」
沈黙が落ちた。
少女はその沈黙を見て、少し笑った。
「じゃあ、来ないとね」
「義務ではない」
「でも私が来なかったら、誰か死ぬかもしれない」
「そうは言っていない」
「同じじゃん」
レオンは少女を見た。
本当なら止めるべきだった。
そんな責任を背負うな。
お前は自由だ。
そう言うべきだった。
だが喉の奥には、もう次の月の渇きがあった。
「……好きにしろ」
「うん」
少女は満足そうに笑った。
*
帰り際、少女が扉の前で振り返った。
「レオン」
「何だ」
「私がいなくなったら困る?」
「困る」
「かなり?」
レオンは少し黙った。
「……かなりな」
少女は、今までで一番嬉しそうに笑った。
「じゃあ、まだ死ななくていいや」
レオンの顔から表情が消えた。
「何だと」
「別に」
少女は扉を開けた。
「必要とされてるなら、まだいいかなって」
「お前は」
呼び止めようとした。
だが何を言えばいいのか分からなかった。
生きろ、と言うのか。
自分のために。
それでは少女と何も変わらない。
「また来月」
少女はそう言って帰っていった。
扉が閉まる。
部屋に静けさが戻った。
昔の女の声が蘇る。
幸せになって。
少女は、自分に価値がないと思っている。
だから、自分を必要とする相手に縋っている。
レオンはそれを知っている。
知っていて、血を受け取っている。
そして今。
少女が「まだ死ななくていい」と言った瞬間。
自分は、安堵した。
レオンは空の容器を見つめた。
「……最低だな」
それでも来月が待ち遠しい。
少女が来る。
血を持ってくる。
そして、自分を必要としているような顔をする。
それを想像すると、胸の奥がわずかに温かくなった。
レオンはその感覚を知っていた。
きっとこれは。
幸せと呼ぶものに、よく似ていた。




