引き出しにしまう手紙
貴方を恨んだことはありません。
貴方は、ボロボロで行く所のなかった俺を助けてくれました。あの時の俺は地獄のような場所から逃げてきたばかりで、何も分からないまま貴方の居る城まで辿り着きました。見窄らしくて汚かった俺を皆は忌避していました。そんな俺を優しく拾い上げてくれて、生きる場所を与えたのが貴方でした。
それからは色々なことを教えてくれましたね。魔法のこと、騎士としての心構えなど、必要なことは全て貴方から教わりました。読み書きを教えてくれたのも貴方です。
魔力について教わった時のことを覚えています。生き物が生きるには魔力が必要で、溜めておける魔力の量には個体差があり、魔力が多ければそれだけ強い魔法が使えるのだと。この国で最も強い魔法使いである貴方は、きっと魔法の使えない俺とは比べ物にならないほど永く生きるのだろうと思って、俺は嬉しかったのです。
貴方は国を統べる立場で、休む暇も無く、その小さく華奢な身を粉にして働いていたというのにどうにか時間を作って俺の相手をしてくれました。直接相手をできない時でも、俺が宙に向かって話しかければどこからともなく貴方の声がして応えてくれました。
だから俺は少しでも早くその恩に報いられるように、貴方の理想とする騎士になろうと努力を重ねました。
俺が正式に騎士となってからは、互いに暇がなくて会う時間が取れなくなりましたね。俺が急ぎすぎて仕事を多く引き受けていたせいかもしれません。それでも、貴方はもっと大変なのだろうと思うと、眠る時間も惜しかったのです。
貴方に会えない時間は辛いものでしたが、耐えられないほどではありませんでした。この国が在り、民が健やかに暮らしているということは、貴方の絶えぬ努力がちゃんと報われている証拠でした。そう思うことで、俺は貴方の姿を日々に見出していました。
貴方はこの国と国民を心の底から愛しています。
だから俺は騎士になり、それらを守ろうと思いました。それくらいしか俺にできることはありませんでした。
これを伝えれば貴方は悲しむかもしれないのでこの場に留めておきますが、俺は国とか民とか騎士とか、そういうものは正直どうでもいいと思っています。そういったものは全て要りません。ただ貴方だけが俺の世界の唯一の光で、他は真っ暗闇なのです。俺の世界には、貴方以外何も無いのです。
お許しください。俺は先ほど嘘をつきました。
貴方のおそばに居なくては、生きていけません。自分の想像で貴方を補うのも、独り言を呟くのももう限界です。貴方の元へ帰りたいけれど、それをしては貴方の大切なものを守れなくなってしまいます。貴方の大切なものが壊れることよりも、そうして貴方が悲しんでしまうのが嫌です。
俺が逃げてきたのは地獄のような場所だと言いましたが、あの場所よりも今の方がずっと辛い気がします。貴方を知って、幸せを知ってから、大人しく苦しむ方法を忘れてしまいました。一度天の光を見つけてしまったら、地獄の住人はまたそれを拝めるまで闇の中を這いずり回るしかなくなってしまうのです。
そもそも、貧しくて学も無くて悲劇を気取る俺みたいな子供が、貴方と共に時を過ごしていたことがおかしかったのだと思います。渡す予定もない手紙を何度も書いてはいつも自分勝手な感情に飲まれる奴です。貴方の永い人生のもう少しくらい俺のために分けてはくれないかと願う強欲な奴です。初めて出会った時点で、既に俺は手遅れだったのでしょう。
こんなことならば、城に辿り着かずに野垂れ死んでおけば良かったと思ってしまうのです。
貴方を恨んだことはありません。
けれど、あの時貴方の手を取った自分がどうしようもなく恨めしいのです。
下手に少しだけもらうと、欲が出てきちゃうよね。




