最期のその時までに
短編です
病院の色味の薄いカーテンを開けると、桜の花が舞っている。この部屋から何度この風景を見ただろうか。今年の桜は去年より良く咲いている様に見える。
「おじいちゃん、今日は天気が良いよ」
孫が笑いながら、窓辺に置いた花を変えてくれた。「ありがとう」と言ったつもりだったけど、うまく声が出ない。
今や俺の面会に来るのは孫のみになってしまった。ソレもそのはずだろう。俺と孫は、悲しいことに、似てしまった。
妻と結婚して、ようやく自分の気持ちに気が付いてしまったのがいけなかったんだ。
思えば学生の頃からずっと違和感を感じていた。どうしても、異性に興味が持てなかった。そもそも、恋愛ごとに疎かったから、気づくのに時間がかかってしまった。そのせいで妻を不幸にした。その償いは、しなければとずっと思っていた。
結婚式の当日、当たり前だけど白のタキシードを着た自分が、別の生き物になってしまったように感じた。妻が着ているウェディングドレスを綺麗だと言ったのは、本心だった。その言葉に、嬉しそうに笑った妻に、俺の心の奥で何かがズキリと突き刺さったのが解った。でも俺には、どうしようもなかった。妻と結婚することを決めてしまったから。親族や友人を集めてしまった以上、この結婚を「辞めた!」とは口が裂けても言えなかった。
ずっと、地獄の拷問を受けているような気分だった。妻とはお見合いだったから、カラダの接触は、結婚の後だった。初夜の日、俺は本当の気持ちを自覚した。妻には「緊張して、疲れてて」なんて言って誤魔化したけど、何か良くない感情が、薄々は伝わっていたのかもしれない。
数年後、何とか、妻との事を終え、娘が生まれた。でもそのあとは、俺は何もできなかった。妻から誘いがあってもノれなかった。
そのころ飲み屋で偶然出会った男と初めて体を重ねて、自分の感情を再確認した。最高だった。
後にも先にも、コレが最初で最後の不貞行為だった。もちろん妻にも、両親にも、友人にも言えない。でも妻にはバレた。女の勘は恐ろしいと思った。つたない嘘で、妻には浮気はバレていたけど、相手が女じゃないとは気づかれなかった。キャバクラの名刺をもらっておいてよかったと思った。
それからずっと、妻とはうまく話せず、娘からは軽蔑の眼差しを向けられたまま、娘は勝手にすくすくと成長。程よい年齢で結婚し家を出ていった。
娘は孫を産んでから、あまりうちに寄りつかなかったが、孫はなぜか俺に懐いていて、孫が高校生になった頃、こっそり俺に打ち明けた秘密を、俺は誰にも話していない。
孫は初め戸惑っていたけど、俺が同じだと伝えると、ホッとしたようで、娘に黙って俺に会いに来るようになった。娘はそれをあまり良くは思っていなかったようだけど、俺だって、こんないばらの道に孫が踏み込んでしまうとは思わなかった。
思えば家族には申し訳ない思いでいっぱいだ。でも、毎年弱りゆく自分と向き合っていると、ふと思う。仕方ないんだ。俺は、そう生れてしまった。そればかりは、俺の意志ではどうしようもできない。脳のせいなのか、カラダのせいなのか、魂のせいなのか、そんなものは俺にはわからないけど、俺のこの性質は、誰にもどうしようもないモノなのだと、散りゆく桜を見ながら俺は思う。
もう体を動かすこともほとんどできなくなって、ベッドの上で空を見上げることしかできないが、いまだから思う、拷問のような、最悪な人生だったかもしれないけど、それなりに楽しかった。
たった一度のカラダの記憶も、家族との楽しかった思い出も、罪悪感も、すべてひっくるめて、良い人生だった。
——そう思って終わりを迎えよう——
そうでなきゃ、やってられない。




