表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR

米・イラン関係と日本

掲載日:2026/03/16

5/10 12日戦争を中心に、加筆修正しました。 


3/23 末尾に、「イランのお国柄」の結論を追加。

 今回の米・イスラエルのイラン攻撃に端を発する戦争には、石油価格の下落・取引正常化のためにも、早期停戦と共に、対話と交渉による平和的解決が強く望まれるところ、従来の経緯を中心に、次の通り。


 1.イランと米・イスラエルの対立関係


(1)米国は、中東政策を展開するに際し、イスラエルの安全保障を最重視するので、イランを重大な脅威と見做し、イランと対峙するサウジアラビアなど、アラビア半島諸国等との友好関係を重視している。

 その際、イランをイスラム・シーア派の国家と認識し、宗教的に対立するスンニー派等、他のイスラム宗派の諸国との友好関係を重視している。


(2)イランでは、1951年に石油の国有化を打ち出したモサデク政権が、1953年、米国CIAの介在したクーデターにより転覆し、その後、パフラヴィー朝のモハンマド・レザー・シャー(国王)を中心とする親米政権が成立。

 これに対し、1979年には、イスラム革命が勃発し、これを打倒。ホメイニ師を中心とするイスラム共和国が成立した。シャーは米国に亡命、は打倒された。革命直後、テヘランの米国大使館が過激派に乗っ取られ、大使館員が1年以上に渡り、人質となった事件もあり、米イラン両国の国交が断絶し、関係回復が困難である。


(3)ホメイニ師は、イスラエルによるパレスチナ占領を非難し、イスラエルとの国交を断絶。イランの保守派は、イスラエルを「ムスリムの土地の不法な占領者」と見做し、イスラエルを滅ぼす旨発言してきた。このことから、イスラエルは、自ら核兵器を保有する一方、イランの核開発計画を存立の脅威と見做している。


(4)イラン・イラク戦争(1980~88年)では、米国はイランに経済制裁を課し、サダム・フセイン体制のイラクを支援。(戦争中、イランは北朝鮮から武器を調達した事が知られている)結果的にイラン・イラク両国の国境線の移動なく、賠償もないまま、米国は「イスラム革命の封じ込め」に一応成功。

 この戦争の最中、1988年7月、イラン航空のエアバス300(テヘラン発ドバイ行き)が米海軍のミサイル巡洋艦の誤射(戦闘機と誤解)によりペルシャ湾上空、ホルムズ海峡のすぐ西側のイラン領空内で撃墜され、290名の乗客全員が犠牲になった。(66名が子供)当時のレーガン米大統領は深い遺憾の意を表明。1996年にICJで米・イラン間で示談が成立し、法的義務を認めないまま米国は自主的に総額6180万ドルの支払いに応じた。


(5)欧米諸国の支援を得たイラクは、地域の軍事大国と化した。そして1990年8月、クウェートに侵攻し、これを制圧したが、1991年1月、米国を中心とする多国籍軍がイラク攻撃を開始し、6週間でクウェートが解放され、停戦が成立した。(湾岸戦争)

 更に2001年に起きた、9.11大規模同時多発テロ事件に対し、米国は「テロとの戦い」を開始し、同10月にアフガン攻撃を開始。またイラクが大量破壊兵器を保有しているとして、2003年3月、イラク攻撃を開始し、同4月にバクダッドが陥落した。(イラク戦争)

 米国主導によるこの2つの対イラク戦争の結果、皮肉にもイラン・イラク戦争以来、イランの宿敵だったイラクのサダム・フセイン政権が打倒され、イランは、再び地域の大国として浮上した。


(6)イランは、イスラエルを巡る中東和平問題では、パレスチナ側を支持し、レバノンを拠点とするシーア派組織、ヒズボラを支援。またシリアでは、旧アッサド政権を支援。米国はこの様なイランをテロ支援国家と位置付けた。

 イランは、特にイエメン内戦で反乱軍(フーシ派)を支援しているが、これはイランが、石油輸送に重要な、ホルムズ海峡と共に、アラビア半島西側の紅海ルートに関し、アデン湾への出口(バブ・アル・マンデブ海峡。反対側がジブチ)を支配下に収める企てと懸念され、サウジ等の産油国と共に、米国として看過できないのだろう。


(7)この中で、ロシアは、イランを支持しつつ、中東で影響力伸長を図ってきた。イラン南部ブシェ-ル原発の建設・運営には、ロシアの国営企業が協力し、イランは、ロシアの防空ミサイルS300も購入。ウクライナ戦争に際し、イランはロシアにドローンを提供してきた。

 また中国は、イラン産原油への高い依存に加え、貿易戦争を巡って米国に対し被害者意識を抱くだけに、イランに同情的と見られる。


 2.イランの核疑惑


(1)イランは、1970年にNPTに加盟し、1974年には国際原子力機関(IAEA)との間で包括的保障措置協定を締結。1976年から、旧西ドイツの協力で、ブシェール原子力発電所の建設を進めたが、1979年のイスラム革命で中断。同発電所は、イラン・イラク戦争の際、イラク空軍の爆撃を受けた。その後、イランは、ロシアの協力の下、ブシェールに100万キロワット級の軽水炉の建設などを進め、1993年には、ブシェール1号炉が完成し運転開始した。


(2)その後、イランの核開発には、1998年に、イランの隣国パキスタンが核実験に成功したのが、刺激剤となったと見られる。

 2002年には、イランのナタンズ、アラクの原子力施設の建設の発覚を皮切りに、IAEA等の場で取り上げられ、強い懸念の対象となった。IAEAにより、イランが、ウラン濃縮等を申告なく繰り返した事が判明したのだ。

 これに対し、イランは、核兵器開発の意図はなく、原子力活動は平和目的と主張し、2003年10月にIAEAに対し、原子力活動の申告書を提出し、2003年12月には、追加議定書に署名(未批准)。前向きな対応も見せたが、平和利用を主張しても「イランは重要な産油国であり、原子力開発する不必要」との見方があろうが、医療目的もあり得るか。


(3)イスラエルは、イランの核開発を戦略的脅威と見做し、もはや平和的でないと判断した場合、軍事行動を起こす権利があるとしてきた。2010年、イランは、20%のウラン濃縮に成功し、兵器級ウランに近づいたとの懸念が高まったが、2010年以降、テヘランで5人のイランの核科学者が暗殺され、イスラエルによるものと見られている。


 3.核合意と米国の離脱


(1)2015年、イランと米国(オバマ大統領)、国連安保理、ドイツは、イランの民生用核開発を管理するため、核合意に署名した。これは、イランが核開発計画を(ウランの濃縮制限、濃縮ウランの貯蔵制限、遠心分離機の削減等で)制限し、代わりに石油輸出等への経済制裁を解除するもので、隘路を縫って成立したものと歓迎された。


(2)米国トランプ政権は、2018年春、駐イスラエル米国大使館をエルサレムに移転し、大きく政策転換した。イランの核問題については、同年5月、「イランが核合意を遵守している」とのIAEA報告に拘わらず「この内容では、核開発が継続可能」として、核合意を離脱する旨発表し、イランに対する経済制裁を再開した。そして同年11月4日までにイラン産原油の輸入を0にするよう、各国に求めた。

 イランは、この協定放棄に対して、ウラン濃縮を段階的に増加させることで報復。また国際場裏では、核合意の維持を図る他の当事国(米以外のP5+独)の協力を求め、日本を含む友好国の理解と協力を求めてきた。


(3)トランプ政権の政策転換の背景には(パレスチナにおける、ユダヤ人の居住権利の正当性を示す)旧約聖書を重視する、キリスト教の福音派、またユダヤ教徒の影響が大きいとされ、イスラエルのネタニアフ政権を強く支持する姿勢として表れる。(ネタニアフ氏は、米国MITやハーバード大で教育を受けた人物)

 IS戦争で、米国と同様、イランはISを掃討する側にいたが、IS戦争の収束を背景に、イランが、自国の勢力伸長を図る姿勢に転じたので、米国は、これを牽制すべく、政策転換を図ったと見られる。

 更にトランプ政権として、イランを巡る中東情勢が不安定化し、テンションが上がる場合には、石油価格の上昇が見込まれ、産油国となった米国への景気浮揚効果さえ見込む可能性があろう。


(注)米国の対イラン強硬派は、米国人の「古代史ロマン」に訴え、「米国は海軍力に秀で、また独立宣言に記された様に、民主主義の理想を掲げており、民主主義の発祥した古代アテネの後継国家。他方、革命後のイランは個人の自由を抑制し、イスラム革命の輸出を標榜する国であり、古代アテネと対峙した、ペルシャの後継国家になぞらえる。従ってイランは、民主主義の脅威であり、米国はこれに対抗せねばならない」との説明を加えそうである。


(4)2021年までに、イランは、純度60%までウランを濃縮。2025年5月、IAEAは、イランが、純度60%のウランを409kg保有していると報告したが、軍用レベル相当と懸念された。またイランは、3つ目の核濃縮施設を建設し、IAEAの監視下に置くと発表した。


 4.イラン・イスラエル紛争(2024年)


 2024年4月1日、イスラエルはシリア・ダマスカスのイラン大使館領事部ビルを爆撃し、イランは革命防衛隊の司令官らが死亡したと発表し、イスラエル関連の船舶を拿捕。4月13日夜から翌日にかけて、イスラエルを弾道ミサイルや巡航ミサイル、自爆型ドローンで攻撃。イスラエルはイランとシリアに報復攻撃を実施した。

 この紛争では、イスラエルに向かうミサイルや無人機を米、英、仏、ヨルダンの軍が迎撃した。シリアは、イスラエルの迎撃機を数機撃墜し、同地域のイラン側の勢力もイスラエルを攻撃した。

 イスラエルはその後、ハマスへの攻撃を続けたほか、ヒズボラが拠点とするレバノンを空爆したうえで、陸軍が、国境を突破して北進した。10月1日、イランはイスラエル本土に約180発の弾道ミサイルを発射し、一部は着弾した。


 5.十二日間戦争(2025年)


 2025年6月13日、イスラエルは、イラン軍・革命防衛隊の首脳部や基地、原子炉などを空襲。イランは、イスラエルへの無人機・ミサイル発射で反撃し、これが12日間戦争へと発展した。6月22日には、米国が、イランの核施設を攻撃した。


(1)アメリカ中央軍(CENTCOM)のマイケル・クリラ司令官は2025年6月10日に、イランは「核兵器開発まであと数週間だ」と警告。 IAEAは、イランが20年ぶりに、核兵器に関する義務を遵守していないと認定。イランは核兵器を求めていないと主張し、最高指導者ハメネイは、核兵器は倫理に反するとするファトワーを発表した。


(2)2025年4月、米国のトランプ大統領は、イランとの核開発計画に関する交渉開始を発表した。イランに2ヶ月以内の合意を求めたが、この期限は、イスラエルによる攻撃の前日に切れた。


(3)イスラエルは、2025年6月13日早朝(イラン時間)、イランに軍事攻撃を開始。テヘラン各地で爆発が報告され、タブリーズ空港付近、軍事施設やナタンズ等の核施設も攻撃された。イスラム革命防衛隊(IRGC)司令官、イラン軍参謀総長、核科学者などが死亡し、子ども20人を含む市民も犠牲となった。


(4)同月22日には、米国がイランの核施設を軍事攻撃し、イランは、在カタール米軍基地を攻撃。一時、イラン国会によりホルムズ海峡の封鎖が承認されたが、6月23日にイスラエルとイランの停戦合意が成立した。停戦中も両国の緊張状態は続き、12月には、イランで大規模な反政府デモが発生した。


 6.2026年の対イラン侵攻


 2026年2月28日、イスラエル国防軍はアメリカ軍とともに共同でイランの首都・テヘランを攻撃し、同国の最高指導者ハメネイを殺害した。これを受けたイランは報復を行い、停戦は事実上約8か月で破棄され、両国は再度交戦状態に突入。イランは、ホルムズ海峡を事実上、封鎖し、これを対米交渉のカードとして使おうとしており、米国は同海峡のすぐ外側で「逆封鎖措置」を講じてこれに対抗しようとしている。

 米国にとり、理想的なシナリオは、地上軍を派遣せぬまま、イランの体制転覆、あるいは親米政権の誕生を実現させる事と見られる。


 7.イランの被害者意識


 イランの歴史は古く、古代オリエントの覇者としてギリシャとペルシャ戦争を戦ったアケメネス朝ペルシャ、またローマやビザンツ帝国と対峙し、その美術や文化が奈良にも伝わる、ササン朝ペルシャの栄光もあるが、アケメネス朝はアレクサンドロスの東方遠征により滅び、ササン朝は、アラブのイスラム勢力に制覇された。そのため国教だったゾロアスター教からイスラム教に改宗し、アラビア文字も受け入れた。(首都は、イラン国外のダマスカスやバグダッドに)その後もトルコ系、モンゴル系を含め外国民族の支配の歴史が長い。

 帝国主義時代、欧州諸国が植民地を求めて対外進出を図るようになると、英国やロシアの進出を許し、北部をロシアに、南部を英国に支配された。そして1917年のロシア革命でソ連が撤退すると、英国が1919年にイランを保護国化している。この結果、急進派のクーデターが起きて1925年にパーレビ朝が成立。英国、ソ連とも撤退し、独立を回復した。しかし第2次大戦(1939~)の際、枢軸国の進出を阻む為、再び英国とソ連が軍を進駐させ、国土を分割した。

 大戦後は、石油国有化を図ったモサデク政権の英米介入による失脚、シャーを中心とする親米政権成立を経て、1979年にイスラム革命が起きた。

 この様にイランは、外国支配の歴史が長く、近現代では、英国、ロシア、米国等が暗躍し、石油利権も密接に絡んでいる。従って、外国勢力への猜疑心が強く、困難な歴史の後、勝ち得た独立を守る性向が強いだろう。従って、根の深い「怨念」が働き、米国やイスラエルから攻撃されたからと言って、内部からの体制転覆を期待するのは、楽観的と見られる。


 8.日本の役割


(1)日本の中東石油への依存度が高い中で、特に親米的なサウジ、ア首連、カタール、クウェートからの輸入が多く、輸入額全体の75~6%にのぼり、イランは4~5%と見られる。従ってどちらか選択せざるを得ない場合には、親米的な国と結ぶのが、石油の安定供給の観点から整合的、との見方が、特に平時ならば常識的だろう。


(2)他方、イランを巻き込む紛争の際、イランは、最終的には、中東石油の重要な輸送ルートである、ホルムズ海峡の封鎖にまで言及しており、日本として喫緊の問題である。

 イランを巡って緊張が高まり、石油価格が上昇する場合、日本経済への影響は大きく、日本の石油関連産業には有利かも知れないが、多くの産業で経費上昇に繋がり、庶民の負担となろう。


(3)イランと国交を保ち、伝統的友好関係を維持してきた日本として、ペルシャ湾岸の安定回復のため、米・イラン両国の仲介をする余地があるのか、鋭意検討していくべきであり、石油問題や歴史・宗教的な問題に関する、日米の温度差を背景に、米国の説得にも努めるべきだろう。


(4)米国とイランの狭間で(要注意)


(ア)中東諸国から見れば日本もアジア競技大会のメンバーであり、「白人」でない日本人は、欧米人と比較すると、親近感を持ちやすいだろう。しかも欧米諸国の様に、植民地支配や戦争の歴史のしがらみがない事、また日本がキリスト教以外の文化圏で、初めて先進国になった事、更に太平洋戦争の敗北にも拘わらず、短期間で復興を成し遂げた事から、畏敬の念が底流にあろう。


(イ)因みに、日露戦争(1904~05年)が日本の勝利に終わった事は、南下を図るロシアと常に対峙してきたトルコ、イラン等の中東諸国を大いに勇気づけるものであり、親日感情の淵源となっている。イランでは、日本の勝利を、議会制の立憲制度の成果と捉え、1905年の立憲革命運動に結び付けた経緯がある。


(ウ)中東諸国では、経済開発を進める上で、日本から支援・協力して欲しいとの期待が働きやすく、従来からの日本の経済協力がこれを助長している。


(エ)然るにイランでは、日本が一貫して親米路線を示し、踏襲して崩さない。欧米諸国の側につき、米国の一部であるかのように振る舞う、との落胆と嘆きがあるだろう。

 日本の親米路線は、第二次大戦を背景とした、北東アジアの地政学の論理だろうが、イランでは、良く理解されないし、何故中東でも振りかざすのか、との心理になりがちと思われるので、要注意。


 9.イランのお国柄


 イランに関しては、次の様なお国柄が指摘され、踏まえるべきかと思われる。


(1)「作用に対する反作用」の明確に表れる国であり、「やられたらやり返す」(tit for tat)との性癖が強い。米国を含め、関係国は行動を抑制し、事態のエスカレートを防ぎ、収れんに向かう努力をすべし。 

 イラン領内の地上戦に発展した場合、事態の早期収束は望めなくなり、イランの対抗措置により、石油価格は一層、上昇傾向となり、中東の石油に依存する国々で、石油不足が深刻化するだろう。


(2)イランは、アケメネス朝やササン朝ペルシャ時代から、絵画、彫刻、建築など美術に優れた国であり、これは、カーペットの繊細なデザインや色遣いにも引き継がれている。

 しかし7世紀に、イスラム勢力が、ササン朝ペルシャを滅ぼしてから、イスラム教の戒律として、偶像崇拝が禁じられたため、美術において具象表現が抑制され、強い抑圧が加わった。その結果、唐草模様等、抽象的なデザインの細密画やカーペット、建築が残った。

 また特に、1979年のイスラム革命以降、「政教不分離」の原則から、イスラムの戒律が厳格に適用され、「西欧的で退廃的だ」として、目立つような具象表現は抑えられてきた。

 この様な事は、他のイスラム教国でも経験していようが、イラン人は、そもそも美術・芸術に優れた民族なだけに、表現力を強く抑制・抑圧された鬱屈感は、他に類を見ないのではなかろうか。(日本人にも、浮世絵やアニメ等、視覚に訴える美術・芸術に優れた資質があろうが、具象表現を禁じたら、何が起きるのだろうか?)

 このため、イランでは、特にイスラム革命以降、政治面に限らず、鬱積した感情が国民に広がり、転じて極端な政治的な主張等となり、これが表面化しているとも言えよう。


(3)アケメネス朝やササン朝ペルシャの栄光はあるものの、多様な民族が国土を蹂躙する、被征服民族の歴史が長いので、繊細で被害者意識に満ちており「女性的」な国民性が指摘される。従って、直接の攻撃や威嚇による「北風政策」には、強く反発する半面、その立場に寄り添い、懐柔する「太陽政策」には、前向きに反応しやすい。特に、イランの長い歴史と文化に対する敬意を示せば、心の琴線に触れるだろう。成果を得るための方法論としては、軍事的手段ではなく、平和的な外交努力が必要である。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ