家庭用汎用アンドロイドに無感情アンドロイドになってもらった話
「メイドえも〜ん、無感情アンドロイドになってよ〜」
夕方六時過ぎ。狭いワンルームの床に寝転びながら、俺――佐伯ハル――は、ソファ横で夕食を準備しているアンドロイドに向かって、間延びした声で要求した。
キッチンに立つのは、俺の家庭用汎用アンドロイド、マルチ。正式名称はマルチヴァク。
エコノミータイプゆえに顔はただの薄型モニターで、表情はデジタル表示。つるりとしたマネキンのような頭部に、俺の高校のジャージをだらしなく着ている。
もとは白いメイド服だったらしいが、「洗濯が面倒」「油が跳ねる」「可動域が狭い」と文句を言い続けた結果、いまや俺のお下がりのジャージが彼女の標準装備になっていた。
「誰がメイドえもんですか!」
バシィッ!
マルチのチョップが、容赦なく俺の顔面にヒットする。
「痛っ!? 暴力反対! ロボット三原則どこいった!?」
「マスターが馬鹿なことを言うからです」
モニターに表示された目が、ジト目になる。どう見ても“感情たっぷり”だ。
---
マルチという存在
マルチは、俺が一人暮らしを始めるとき、両親が買ってくれたアンドロイドだ。
だが、ただの家電ではない。
俺が子供の頃から話し相手になってくれていたパートナーAI――通称「おともAI」を、このボディにインストールしてもらったのだ。
だからマルチは、家事ロボットでありながら、妙に口うるさく、妙に人間くさい。
掃除も洗濯も完璧。料理も上手い。だが態度はどこか生意気。
それが、俺とマルチの日常だった。
---
無感情アンドロイドごっこ
「で? なんでまた無感情アンドロイドなんですか」
フライパンを洗いながら、マルチが聞いてくる。
「昨日さ、ネットで『無感情アンドロイド』のコラム読んだんだよ。なんかカッコよくてさ〜」
マルチはため息をついた。画面に表示された口が、げんなりと曲がる。
「その影響ですね」
「一回くらい体験してみたいじゃん? 無感情アンドロイドのマルチ」
「アホなこと言ってないで、さっさと晩ご飯を食べてください」
「やだ〜。試してみたい〜」
俺が駄々をこねると、マルチは肩を落とした。
「……しょうがないですね」
その瞬間――
マルチの顔面モニターから、すべての表情が消えた。
ただの、無機質なブルーの光。
---
無感情モード
マルチ(無感情)
「18時29分。夕食の時間です、マスター。栄養の摂取は健康維持に必須です。栄養不足は疾病のリスクを高めます」
声も、抑揚がない。まるで機械音声そのもの。
俺は少しゾクッとした。
だが次の瞬間――
マルチ(感情あり)
「マスターが病気になってしまったら私は……。はっ、これは涙? これが感情というものなのですね……」
俺は思わずツッコんだ。
「雑〜〜〜〜!!」
マルチは即座に真顔に戻った。
「……こいつ、面倒くさいな」
「面倒くさいとか言うなよ! 俺はマスターだぞ! 偉いんだぞ!」
「はいはい、偉いからさっさとご飯食べてください。冷めちゃいますよ」
こうして、俺はしぶしぶ夕飯を食べた。
---
人格モジュールの真実
食後。俺は改めて切り出した。
「なあマルチ。人格モジュール止めたら、本当に無感情になるんじゃないの?」
マルチは首をかしげた。
「人格モジュールは“感情そのもの”ではなく、人間と円滑にコミュニケーションするための処理系ですよ」
「え、そうなの?」
「説明するより、見た方が早いですね」
そう言うと、マルチは静かに目を閉じた――いや、正確には電源を落とした。
そして数秒後。
再起動。
だが――その直後だった。
---
異常挙動
「……っ!?」
マルチはその場に崩れ落ちた。
俺は慌てて駆け寄る。
「おい!? マルチ!? 大丈夫か!?」
返事はない。
そして――
彼女はありえない角度に腕を曲げながら、床を這い始めた。
ガクン。ギギギ。ギィィ……。
まるで壊れた操り人形。
口からは意味不明なノイズが漏れ出す。
「■■■……△▽#$%……!」
「や、やばいやばいやばい!!」
俺はパニックになり、咄嗟に強制再起動コマンドを叫んだ。
「エル・プサイ・コングルゥ!!」
――ピッ。
一瞬の停止。
そして再起動。
次に目を開けたマルチは、いつものマルチだった。
---
本来のアンドロイド
「……こんなもんですね」
平然と立ち上がるマルチ。
俺は青ざめたまま尋ねる。
「あれが……本来のアンドロイドの動きなの?」
マルチは首を振った。
「本来というより、“最も効率的な動作”です。人格モジュールがないと、人間にわかりやすい振る舞いはしません」
「じゃあ、あのノイズは……?」
「高速言語みたいなものです。人間には理解不能ですけど、アンドロイド同士なら普通に会話できます」
俺は思わず唸った。
「ほへ〜……」
マルチは淡々と言う。
「多分、無感情の存在とはコミュニケーションできないと思いますよ。むしろ強い違和感や嫌悪感を覚えるかもしれません」
「なるほどね〜……」
「では、私が洗い物をするので、その間にお風呂に入ってください」
---
風呂場の思考
湯船につかりながら、俺はぼんやり考えた。
――さっきの動き。
――あれが“効率的”だっていうなら。
もしかして。
俺が見ていないとき、マルチはあんなふうに動いているのか?
深夜。
真っ暗な部屋で。
人間には理解できない動きで、家の中を這い回っているのか?
想像して、背筋がぞくっとした。
「……やめよう」
考えるのを、やめた。
---
風呂場の外から、マルチの声が聞こえる。
「マスター、お風呂あがったらアイスありますよ」
いつもの、ちょっと優しい声。
俺は小さく笑った。
――たぶん、このくらいがちょうどいい。
おしまい。




