第四話 天才のライバルは、己こそ被害者だと憤った
「今回は迂闊が過ぎました、反省。それはそれとしてハルさんや、そのピアノって、本当に聞いたことあるひとがいるの?」
透海さんが口にしたのはもっともな疑問だった。
加えて言うなれば、最初に確認すべきことだ。
だから彼女は先ほどまで、よほど冷静さを欠き、増上慢になっていたのだろうと推察される。
それでも落ち着いてくれたらしい魔女の質問に答えるため、ぼくは親友に用意して貰った音源を、携帯端末で再生する。
流れ出してきたのは、間違いなくピアノの音色だった。
「すごくたどたどしいけど……これって、月光?」
「そうだね、ピアノソナタ第14番だ」
「流行ってるの?」
「……意味をはかりかねるけど?」
「学生でピアノが絡めば月光みたいな風潮のことです」
「流行りではなく、共通認識の問題だと思うよ。モンスターと違って七不思議は、知っていることの形で出てくるものだからね。あるだろう? 全年齢通して教科書のネタで盛り上がれるパブリックイメージのようなもの。織田信長とかザビエルとか」
ぼくの説明を聞いて、彼女は数秒考え込み。
とても悪い顔で、
「それって、引き出しが少ないってこと?」
と、追及してくる。
さすがにノーコメントだ。
世界を向こうに回す覚悟ならあるが、無辜の世間を敵に回すほど恐いもの知らずじゃない。
まあ、そんなやりとりがあって、翌日。
ぼくは茶太郎に無理を聞いてもらい、とある人物との対面の場をセッティングしてもらった。
他でもない、弦本鍵……ではなく。
その終生のライバルと呼ばれた、同じく天才児。
高等部三年生、大枝悠斗先輩である。
現地に行くと、すでに茶太郎と大枝先輩がいた。
密談の場に選んだのは、屋上へと続く階段と踊り場だ。
ここならば、一方向だけに注意を払っていれば、誰かの不意の接近にも気がつける。
このご時世、屋上は出入り禁止で、キーの貸し出しもよほどのことがないとされないのだから。
とにもかくにも、まずは挨拶。
よく、外見や言動で相手を評価してはならないという言説を耳にするが、対人関係なんて十割ぐらいはファーストインプレッションに左右されるものだとぼくは考えている。
なので、可能な限り友好的な笑顔で切り出す。
「はじめまして、大枝先輩。ぼくは春町遼遠、茶太郎の親しい友人です」
「はっ」
名乗り終えるのと同時に、彼、大枝先輩は鼻で笑ってみせた。
神経質そうな顔立ちが、不愉快さを隠すこともなく歪む。
「初手で東雲の友人だとアピールするかよ。気にくわねぇな、こっちの勘所を押さえてますよってツラだ」
なにを言っているか解らない、という表情を作り、茶太郎へと曖昧な微笑みを向ける。
親友はため息。
「リョウ、俺の家と先輩の家は、親密にさせていただいている。つまり」
「茶太郎を盾にすれば、先輩は無碍にできないってことかな?」
「解っているなら恍けるならリョウ。先輩はすでに進学が決まっている身だが、音楽の道を邁進するための貴重な時間をさいて、この場に来て下さっているのだぞ」
それはそれは。
ありがたいことです、と一礼し。
本題を切り出す。
「では、早速。大枝先輩、あなたにはひとつの嫌疑がかけられています。音楽の授業中、教室内で細工をし、施錠された状況でもピアノが鳴るように仕向けた疑いです」
「……なるほど。テメェがくだらない噂話の帳尻を合わせる、今年の〝係員〟か。だったら挑発的な物言いも、こっちの顔色を窺って出し入れしてやがる礼節も不問にしてやる。おつれぇだろうからな」
「ご配慮、痛み入ります。それで、先輩は」
「大枝悠斗は、なんら手を出していない。誓約書を書いてもいい。こっちから言えることはそれだけだ」
先ほどまでとは違う、生真面目な表情で、先輩は己の関与を否定してみせた。
ふむ。
「いまの言葉は、音楽に対して、冒涜的なことはできないという、マエストロとしての矜持、感性によるものですか?」
前言どおり、沈黙を選ぶかに思えた先輩は。
片眉を、嫌そうに持ち上げ。
それから、ぼくが浮かべているのとは別種の、侮蔑の笑みをみせた。
「言葉を選ぶのが上手いな、後輩。音楽を持ち出されたら口をつぐめねぇ。苛立たしいよ。そうだな……答えはこうだ。おまえたちが考えている前提であればNOといえる」
ぼくらの前提。
いや、彼はぼくという存在を信用などしていない。
ならば、ここでいうおまえたちとは、茶太郎を中心に据えて放たれた言葉だ。
親友はなんと言っていた?
両手の不自由になった天才ピアニスト、無演奏の弦本鍵の心が、これ以上傷つかないように音楽室の事件を解決して欲しいと、そう口にしたのだ。
そして、大枝先輩は弦本鍵先輩の好敵手。
なるほど、配役は見えた。
「先輩、つまりあなたには、弦本先輩を害するつもりはない、ということですね?」
「……本当に、人の顔色を読むのが得意なガキだな」
「滅相もない。ただ、純粋に謎を安全に処理したいだけです。自分のために」
「そうかよ、だったらテメェが望んだ答えを言ってやる。逆だよ」
逆だと、彼は繰り返す。
「弦本鍵が、この大枝悠斗に嫌がらせをしているんだ」




