第三話 容疑者アゲイン、リブート魔女
結論から言えば、透海近の推理は間違っていた。
たしかに音楽室の施錠キーを管理していた教諭は、魔女の占いを受けたことを認めたが、キーの貸し出しはここ二ヶ月間、すくなくとも噂が立ちのぼる以前から行われていないことが、帳簿からも確認された。
これは複数の教師陣からの証言も得られたため、本当に学校ぐるみの隠蔽工作でない限り、確実視してよいと思われる。
この事実を伝えると、魔女は大きな狼狽をみせた。
有り得ないとか、おかしいとか、しばらくブツブツと呟いた末に俯いてしまう彼女。
表情は蒼白で、普段の悪徳は欠片もない。
代わりに充填されているのは、ありありとした失意。
もしもこの場にいたのが茶太郎であったのなら、きっと彼女に対してベストな慰めの言葉か共感を口にしただろう。
けれど残念ながら、いま居合わせているのは春町遼遠、つまりひとの心の解らないぼくなのだ。
慰めを選ぶことはできる。
だが、共感はできない。
精々その心中を決着させられるぼくの行動は、〝糾弾〟であると言えた。
だから、実行する。
「透海さん」
「…………」
「君、自分で七不思議の種をまいて、推理を完成させようとしたね?」
ビクリと、彼女の肩が揺れた。
ほそい、頼りのない肩だった。
ゆっくりとあげられた眼差し。
宿っているのは、憤りだとか、呪いと呼ばれる類いの感情。一等星の輝きを宿しているはずの瞳が、淀んで歪み。
薄暗い言葉が、その口唇から吐き出される。
「悪い?」
「いや、過去にも同じアプローチをした人間はいただろうからね、悪くはない。ただ」
「手際がよくないって、嘲るわけ?」
嘲りはしない。
必死だったのは解る。
七不思議の第一、予言の魔女。
外との接触を断たれ、こんな部屋に隔離幽閉される年頃の娘が、なにを思うかなど、ぼく程度にはとてもうかがい知れない。
なにせ彼女は、他者から認知すらされない。
顔を合わせ、言葉を交わしても、その存在は記憶に残らない。
ぼくという例外則を除いて、魔女になったあとの透海近をいつまでも記憶していられる人間など、少なくとも学園の内部にはいない。
鼻で笑いたくなるような非常識。
とても通用しないような呆れた理屈だ。
だからこそ……透海さんが辛く、苦しいことぐらいは、推察できる。
心が解らなくても、論理で理解できる。
一刻も早い七不思議の解決のため能動的に動いた結果、彼女は自作自演をしたのだろう。
自ら噂をまき、七不思議の種と解決方法を植えて、育ったところで収穫する。
合理的だ、関心すらする。
ただ、今回は上手く行かなかったというだけのこと。
「事実、唐傘オバケのときは成功したじゃないか」
「……バレてるし。怒ってる?」
「ぼくらは利己的な共犯関係だ。互いを出し抜くことも考慮に入れている。だから、怒ってはいない」
「嘘」
「……そうだね、少しばかり、向かっ腹が立っているかな」
なにせ、今後七不思議が顕れたとき、すべては透海近がでっち上げた内容ではないかと疑うしかなくなるのだから。
「そうなれば、怪異の在・不在証明どころじゃない。それが七不思議かどうかから、判断しなくてはいけなくなるんだ」
「――あ」
なにかを理解したように、透海さんは目を開き。
それから、しゅんとうなだれた。
「自分で自分の首を絞めたことに、ハルさんは怒ってる?」
「どうかな。そうかもしれない。ぼくは優しくないが、可能な限り公平でありたいから」
「あたしを切り捨てようとか、考えないの?」
「なぜ?」
春町遼遠は君に利用価値を見いだしている。
そして君には、一定の協力者が必要だ。
「なにより、ぼくと君の仲だ。ここで見捨てるほど薄情でもない」
「ほんの、春先からの付き合いじゃない」
「そう、今年の入学式から今日までの、長い付き合いだ」
だから、彼女に必要なのが上っ面の言葉によるケアではないことは解る。
需要なのは、アフターフォローなのだから。
「もう一度、謎と真摯に向き合ってみるべきだよ。今度は先入観を捨ててだ」
「あたま、ぐちゃぐちゃで」
「切り替えていこう」
「……ハルさんは、残酷だね」
パンと、大きな音が響いた。
彼女が、自らの頬を強く叩いたのだ。
落ち込んでいた眉が、キュッと持ち上がる。
目つきが鋭さを取り戻し、透海近が戻ってくる。
拍手喝采をしたい気分だった。
それぐらい、彼女はえらかったからだ。
「よーしっ。気合い入ったぞー。とりあえず、弦本先輩と学校サイド共犯説は棚上げだー」
「証拠さえあれば可能性の目も出てくるからね、保留は正しい判断だと思うよ」
「……でもでも、例えばだけど、音楽室の鍵を借りることを、帳簿に記入する必要がない人物がかかわっていた、というのはどう?」
なるほど、まだ自説に囚われているらしいので、とりあえず傾聴に回る。
「吹奏楽部員とかだったら、音楽室を使えるでしょ?」
「翠城学園高等部の音楽室は、吹奏楽部の人数を収容できないという理由で練習には使われていないよ。専用の部活棟がある」
「え? でも、吹奏楽でもピアノって使うでしょ、あの小さなやつ」
それは。
「ひょっとして、オルガンの話をしているかい?」
「同じものでしょ?」
「違う。オルガンは空気を足踏みして吹き込むことで鳴らす管楽器だから吹奏楽部で使われる。ピアノは弦を叩く、打鍵楽器だから、楽器のジャンル自体が吹奏には含まれないんだ」
「マジ?」
「大いに本当だとも」
真剣な顔で頷いてみせれば、彼女は唖然となり。
それから、ぷっと吹き出した。
「なにそれ。なんでそんなこと詳しいの、ハルさんは?」
「笑うことはないだろう」
「だって、おかしくて」
ひとしきりお腹を抱えて肩をふるわせていた彼女が、身を起こす。
今度こそ、そこに予断はなかった。
透海近の瞳に、星が灯る。
「推理をやり直します。まず、これが七不思議、つまり怪異の仕業なら」
「存在理由はあるとしても、あらゆる超常現象が採用される。逆説的に、道筋の立った論理が証明されなければ、これを採用するしかない」
「そのさらに逆をいえば、人がかかわっていることの証明が必要。あってる?」
細かいことをいえば違う。
彼女が解放されるための条件は、あくまで七不思議が人の手によるものか、怪異によるものかを選り分けることにある。
なので、じつはピアノの弦が切れて音が鳴っていました、という自然現象。
もしくは、この弦を妖怪が切っていました、という超自然現象も選択肢に入ってくる。
「極めて了解。頭を再起動するからちょっと待って」
彼女は部屋備え付けのティーセットで一服。
その後、大きく深呼吸し、ひとつの推論を吐き出す。
「すごく初歩的な見落としをしていたの。本当はここで、ドカーンと大きな発想の飛躍を出すべきだと思うけど、まずはこっちを潰したほうがいいのは間違いなくて。だから……もう一度だけ、笑わずに聞いてくれる?」
「もちろん。そのために、ぼくはここに居る」
「授業」
「……?」
意味を図りかねるぼくへ。
透海近は、バツの悪そうな顔で、告げた。
「普通に授業で、音楽室には入れる。だから、そこでなにかしそうな人物を特定する方が、簡単だと思う」
§§
その後、ぼくの元に茶太郎から一件のメッセが届いた。
内容は頼んだばかりの調べごと。
つまり、無人の音楽室で鳴るピアノの怪。
この噂が流れはじめる少し前に、音楽室を利用した学生の中に、弦本先輩の関係者はいなかったか? というものだ。
メッセには、こう記されていた。
いた、と。
かくしてひとりの人物が、捜査線上に急浮上する。
その名は、大枝悠斗。
弦本鍵と、終生のライバルと呼ばれていた、三年生。
あの無演奏事件の日、同じコンテストに参加し、弦本先輩の直前に演奏をした人物であった。




