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ぼくらは七不思議にヒトを視る  作者: 雪車町地蔵
第二章 無人音楽室の月光ソナタ事件
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第二話 バラバラ・ロジック

 放課後の空き教室。

 夕暮れの斜陽が差し込む窓辺で、予言の魔女こと透海(とおみ)(ちか)は、胸を張って結論づけた。


「瞭然なことに、この事件は人為(じんい)によるものだと断言できます」


 なんならそのあと、ぼくに向かって無意味に指を突きつけてきもした。

 ビシリという感じにだ。


 その指先を一端スルーし、無意味に常設されたティーセットから、ぼくは紅茶を勝手にわけてもらう。

 容器は紙コップを持参した。

 ついでにお茶請けみたいな顔で置かれていた羊羹(ようかん)を一切れ貰う。


「あー! 羊羹は表面が糖衣化するのを待ってたのに!? ハルさんわるいんだー!」


 どうせお礼として貰った品だろうから、(ふところ)など一つも痛まないだろうに抗議してくる魔女。

 この状況を見越していたぼくは、ため息をひとつつき、カバンから飴玉を取りだして、彼女へと差しだした。

 打って変わって、きょとんとした顔になる透海さん。

 その手の上に、飴玉を載せる。


「……わーい?」

「素直に喜んでいい所だと思うよ」

「なに味?」

「直火焙煎コーヒー味」

「…………わ、わーい」


 複雑そうにしながらも飴の封を切り、口の中に放り込む彼女。

 しばらくカラコロとやってから、


「つまり、犯人がいます」


 と、急に本題へと戻った。

 ぼくは紅茶を飲み「続けて」と促す。

 ついでに羊羹を口内へ放り込む。

 む、思ったよりイケる……。


「必要なのは論理的な思考というやつよ。無人の音楽室でピアノが鳴る。それは(つたな)いもので、昼夜を問わず聞こえてきた。これが今回の七不思議という前提は、合っている?」

「そうだね」


 もう一度、ぼくはカバンをあさる。

 取りだしたのは飴玉ではなく、黒い表紙の、紐でとじられた本だった。


「なにそれ」

「七不思議出席簿の表巻」

「なんの……なに?」


 怪訝という言葉を煮詰めたような顔をする彼女。

 そういえば、説明したことはなかったか。


「学園にいま、どの七不思議があらわれているかを示すものだよ」

「なんでハルさんがそんなもの持ってるわけ? そもそもハルさんは何者? ……って、聞いても教えてくれないよねぇ」


 そうだね、教えない。

 よく解ってるじゃないか。

 係員には、魔女と違って一応の守秘義務があるんだ。


「ちなみに出席簿ってことは、あたしの名前もあったり?」

「あるね。ほら、七不思議第一番、君たる魔女は〝出席〟になっている」

「うわ、ホントだ。で、二番〝唐傘オバケ〟は欠席で、三番〝音楽室のピアノ〟は未記入? ん? この備忘録っていうのと、七不思議の七番〝もうひとりのクラスメート〟って――」


 該当ページを開いてみせれば、彼女は目敏く他の七不思議の情報を取得してしまう。

 これ以上は過干渉になってしまうのでページを閉じれば、「なによ、もっとみせてくれてもいいんじゃない? なに、料金がいるの? 胸揉む?」などといってくるので大きく咳払いをして追い払う。

 指一本でも触れてみろ、彼女がぼくをセクハラ認定するのは目に見えている。

 それ以前に、うら若き乙女は、もっと自分を大切にして欲しい。


「それで? 透海さんは犯人がいると考えているんだね? 論拠は?」

「……これまでの流れを一切無視して自分の我を通そうとするいまのやりとりで、ハルさんが対人関係で問題を起こしてそうだということがひしひしと伝わってきたけど、あたしは聡明なので文意を読み取り、正しく順列の答えを出力するのでした。ええ、そう。犯人がいて、それは人間」

「もう一度聞くよ? 論拠はなに」


 煽るような言葉を無視して冷静に訊ねれば、彼女は双眸を細める。

 目蓋の隙間に、先ほどまではなりを潜めていた悪徳が、渦巻きはじめていた。


「実問題として、無人の教室でピアノが演奏されたとして、その原因にはどのようなものが思いつくでしょうか。はい、ハルさん速かった」

「なにも言っていないけどね……そうだな、ひとつは、本当はひとがいただ。つまり、観測した人間の勘違い」

「他には?」


 列挙しろというのなら、この国のエンタメに触れてきた人間として、それなりに提案できる。

 たとえば、自動ピアノのトリックだ。

 音楽メーカーがこぞって開発した、全自動で曲を鳴らしてくれるメカニズムが誤作動した、あるいは学園側でBGMとして、機械類のチェックとして使用したというのが真っ先に思いつくだろう。


 次に古典的な、部品の摩耗、というパターンだ。

 ピアノは弦を叩くことで音が鳴る楽器だ。

 もし、なにかの拍子に弦を叩くハンマーが動けば、当然音が鳴るだろう。

 例えばネジが外れたとかだ。


 逆に、ハンマーが半端な位置でとまっていれば、弦は空気の流れで揺れて音を鳴らせるかもしれない。

 これを聞き間違えた人物がいるのではないか。

 この説を採用する場合、何度も音が鳴るのを耳にしていることはおかしいとなる。

 だが、頻繁に音が鳴るほど老朽化しているからこそ、このパターンもあり得るという説得力に繋がる。


「他にも色々とあるね。鳴っているのはピアノではないパターン。ネズミなどの小動物が内部を走り回っているパターン。レコーダーとスピーカーを利用した些細なトリック。視覚と死角の問題、長い棒による演奏、それから」

「ふむふむ、意見出しご苦労様。でもね、ハルさん。ハルさんは重要なことを見逃しているよ」


 それはなにかと問えば。

 魔女は両目を、愉快そうに歪めた。


「そもそも音楽室は、平時において施錠されているってこと」



§§



 魔女の推理によれば、ぼくの論説の多くは棄却(ききゃく)できる、ということらしい。

 むべなるかな、もともと採用されるとは思っていない。

 七不思議を人為に(おとし)められるのは、突飛な発想だけだ。


「透海さんの主張が正しいとするのならば、なるほど確かにギミックが介在する余地はないように思えるね。なにせ防犯上の都合で出入りが自由ではないのだから、任意のタイミングで仕掛けを施すのは難しい。けれど、老朽化の線は消えていないよ?」

「あれは二年前ぐらいに入れ替えられたばかりのピアノだから、初期不良でもなければ、そうそうトラブルは起きないんじゃない?」


 ……その言説には、極めて強い違和感があった。

 強引な手触り。

 大人たちが頭ごなしにするようなそれ。

 反論を述べかけて、無理矢理に飲み込み。

 彼女に、結論を述べるよう伝える。


「いい? 犯人は、ハルさんの話の中に出てきた先輩、弦本(つるもと)(かぎ)ね。彼女が過去の栄光に縋り付き、動かない手で音楽室のピアノを鳴らしている。これがあたしの推理よ」

「けれど、君は自分の手で否定したはずだ、音楽室は施錠されていて立ち入れないと」

「そう、だから共犯者がいるの。それはこの学校の教師。つまりこの事件はね、ハルさん」


 彼女が、確信に満ちた表情で両手を広げる。


「傷心の鍵先輩に自殺されてはたまらない学校側が、ナイショで行っているメンタルケアの一環ってわけなの」


 メンタルケア。

 なるほど、未来を絶たれた天才が、せめてもの(なぐさ)めにとピアノへ触れることを願い出れば、学校側としては無碍(むげ)にはできないかも知れない。

 けれど、真っ当に考えるなら、これは極めて難しい話だ。


 第一に、弦本先輩が衝動的に自ら命を絶つような精神状態である、という話は聞いていないこと。

 第二に、音楽室を開放するということは、それこそ問題が起きたとき、学校側は関与を否定できなくなり、言い逃れが出来なくなるということ。

 第三に、天才ピアニストが触れられるピアノが、学校の音楽室にしかないなど、現実的に有り得ないこと。

 家とかピアノスクールとかに設営されているだろう、普通。

 よって、この七不思議が人為によるとは断定できない。


 無論、絶対的な確証でもあれば別だが。


「ありますとも」


 またも胸を張って、彼女は告げる。

 自信満々の表情、疑いを知らない無垢な思考。

 あるいは、どうしようもない思考の陥穽(おとしあな)


「音楽室の施錠キーを担当している先生に、訊ねてご覧なさいな。キーを貸し出しましたよねって」

「秘密裏であったのなら、言い逃れをするんじゃないかな」

「いいえ、それはできない。だって」


 魔女は、酷薄に(わら)う。


「あたしは、先生を占ってあげたんだもの。弦本鍵の腕は、二度と動かないって」


 ロジックが。

 バラバラと砕け散る、音がした。

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