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ぼくらは七不思議にヒトを視る  作者: 雪車町地蔵
第二章 無人音楽室の月光ソナタ事件
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第一話 親友曰く、誰もいない音楽室で鳴るピアノについて

「この通りだ、リョウ。男一匹が頭を下げて嘆願をする、その意味を考えてくれ」


 ぼくこと春町(はるまち)遼遠(りょうえん)をリョウと呼ぶ、学内唯一の親友。

 つまるところ東雲(しののめ)茶太郎(ちゃたろう)は、すっと頭を下げてみせた。

 じつに清々しい、空手部仕込みの美しいお辞儀である。


 ここは昼休みの教室。

 当然、学友達は昼食をとっていたり雑談に興じていたりする。

 その中で、平均身長から二回りも背の高い巨漢が、身体を折りたたむようにしたのだ。ぼくはたいそう居心地の悪い視線を浴びることになった。


「茶太郎、ぼくに怨みがないのならね、まずは顔を上げてくれないかな。それから、事情をもう一度説明して欲しい」

「頼まれてくれると捉えていいか」

「……ずっとそのままでいるつもりなら、ぼくが折れるしかないだろうね」

「リョウという親友を得られたことを、俺は誇りに思う」


 嫌味のひとつでも口にしたものの、彼には通じなかったらしく、ガバッと顔を上げ、両手を取られ、ブンブンと振り回された。

 正直に言おう。腕がもげるかと思った。


「それで、なにをさせたいんだい?」

「リョウのことだ、既に聞き及んでいると思うが……音楽室に出る(・・)という話があるだろう」


 一瞬、(とぼ)けるという選択肢が脳裏に浮かぶ。

 が、メリットがない。

 ぼくが魔女と関係していることは露見していないはずだが、一方で学園にいながら七不思議を知らないというのも通じないだろう。

 円滑に会話を運ぶためにも首肯してみせる。


「聞いているよ。なんでも、無人のピアノが鳴るんだって?」

「ああ、月光だ」

「ベートーヴェンが命名していない方の?」

「そうだ、ソナタだな。これが早朝や夕方、深夜にも鳴るらしい」

「深夜の学校は立ち入り禁止のはずだよ。迂闊に侵入しようものならセキュリティー会社が飛んでくる」

「だから、噂だ。立ち入ったという話ではないぞ。問題はだ、リョウ。この話を聞いて、辛い思いをする先輩がいる、ということなんだ」


 先輩と言ったか、この大男は。

 ここで安易に、空手部の先達と考えるのは、茶太郎という人間を理解していないものの振る舞いだ。

 以前、ぼくは自分を社交的だと表現したが、こと茶太郎に関しては、そのレベルを大きく逸脱している。


 やたらめったら可愛がられる体質、とでも言えばいいのか。

 本人の生真面目さと誠実さ、過酷で拘束時間の長い部活をこなしながら、交友関係を一切滞らせず、学校行事や地域のボランティアにも積極的に参加するこの親友は、とにもかくにも上の世代から気に入られている。


 その彼がいう先輩が、誰を差すのかは、正直絞り込むことができなかった。

 或いは、先日から交際を始めたという女子が先輩だったのかと思ったが、出てきたのは別の女性の名前で。


弦本(つるもと)(かぎ)先輩だ」

「ひょっとして、ピアノ無演奏の?」

「リョウ、二度とその呼び方はするな。俺でなければ、実力を行使されても致し方ない」


 (いわお)のような男が、義憤(ぎふん)をあらわにする。

 とんでもないプレッシャーだったが、彼が人のために怒っていることはよく解った。

 なにより、そこまで感情移入するのなら、相手は決まりだろう。


 弦本鍵。

 翠城学園高等部三年生。

 かつて天才の名をほしいままにしたピアニストにして。

 才能と地位と名声のすべてを失った怪我人だった。



§§



 翠城学園は進学校として有名ではあるが、進学先、就職先以外に、目立った功績を持たない。それは大学府の分野だからだ。

 だから、本来ならば弦本鍵……弦本先輩が、この高校に在籍する意味などない。

 彼女には掛け値なしに、ピアニストとしての天賦の才があったのだから。


 しかしながらだ。

 事実として、彼女は三年間学問を(おさ)め、いま卒業を待っている。

 なによりも弦本先輩にはもう、ピアノを演奏する力が残っていない。


 事件が起きたのは、去年のことだ。

 県下最大のピアノコンクールに弦本先輩は出場した。

 下馬評(げばひょう)は、彼女の圧勝を示しており、食らいつけるのは長年のライバルだという男子ぐらいのものだとされていた。

 その彼の演奏が終わり、先輩の番が回ってくる。

 しかし、こと演奏のタイミングになって、弦本鍵は、己の責務を放棄した。


 彼女は自らに与えられた持ち時間、ただの一度も、鍵盤に触れることさえなかったのだ。

 ジョン・ケージの4分33秒もかくやという無音。


 結果として、この振る舞いは炎上を招く。いや、招きかけた。

 行儀のなっていない観覧者が、一連の流れを携帯端末で撮影、SNSにアップロードしたからだ。

 無演奏の弦本鍵。

 悪名は瞬く間に燃え広がり――その寸前で、消し飛ぶ。


 先輩が、事故に巻き込まれたためだ。

 居眠り運転をしていたトラックによる十割の事故。

 ピアノの世界に新たな未来を作るはずだった彼女の両腕はへし折れ、よって、その未来の展望はことごとく潰えた。


 SNS上では、当初こそ天罰だとか(わめ)かれていたが――少なくとも我が高校の暗部である裏掲示板では、彼女を普段から(こころよ)く思わなかった者たちが好き勝手に書き連ねていたのだが――ピアノ界の重鎮がその才覚の喪失(そうしつ)を深く(いた)んだことで、沈静化。

 もとよりボヤになる以前の段階だったのだ。

 なんなら、巡り巡って無演奏の映像は、彼女の最後の晴れ舞台として、一種のシュールレアリスト的芸術として現在では認知されてすらいる。

 それこそ、4分33秒のように。


 だから、弦本先輩の扱いは、学園でもまたセンシティヴな、言い換えれば腫れ物扱いであったのだが……そこに降って湧いたのが、誰もいない音楽室で鳴り響くピアノだった。

 なるほど、自分は演奏できなくなったのに、影も形も見えない誰かが当てつけのように打鍵しているとなれば、心中穏やかではないだろうと、納得する。

 ところが、茶太郎がいうには、もう少しばかり続きがあるのだという。


「リョウ、こんなことを聞くのは、おまえが俺の知る限り達観というやつを得ている唯一の友人だからだが……高校というものを、どう思う?」

「義務教育に該当しない学習機関だね」

「そう言うと思った。が、そこまで簡単ではないし、割り切れる人間なんていない」


 小さくため息を吐き、茶太郎は腕を組み、太い首を傾けてみせた。


「俺が想うに、ここは矛盾だ」

「外と内の話かな」

「さすがに話が早いな。そうだ、学校というのは閉じている。外の環境、家庭やそれまでの経歴で優劣が決まるくせに、内部でしか通用しないルールが適応され、まかり通る」


 言いたいことは解る。

 学校はひとつの世界だ。


 だからこそ、七不思議などという妙ちきりんな噂話が力を持ち、集団心理として生徒から肯定される。

 あるわけがないと誰もが一度ならず否定するのに、飲み込むよりほかなくなる。

 理屈ではない。

 同調圧力があり、そうであるほうが都合のいい者たちがいる限りはそうなのだから。


「そんな環境で、すべてを失った才女がどう扱われるかなど……リョウにはわざわざ言葉にするまでもないだろう。その……」


 周囲を伺い、声を潜めて親友は言う。


「一部で噂になっている、〝係員〟はおまえじゃないかと」


 その瞳に宿っているのは、気遣いの色。

 おっと、どうやら彼はぼくの予想などよりもよっぽど、こちらの事情に精通しているらしい。


 〝係員〟。

 七不思議にまつわるルールを司るもの。

 学園でひとり、必ず生じる誰か。

 ……確証もないだろうに、よくもまあ辿り着く。

 まったく、友達甲斐のある男だよ、本当に。


「そうだね、確かに腫れ物扱いは辛い。けれど茶太郎、もっと辛いのは脱却だ。与えられた形、憐憫の対象から足抜けしようとすれば」

「ああ、目も当てられないことになる。憐憫は容易く憎悪に取って代わられる。俺は先輩に、これ以上の心痛を味わって欲しくない。ただ穏便に卒業して欲しいのだ」


 たとえいま苦痛の最中にあっても、より一層の重荷を背負い込む必要はないと。

 親友の表情は、如実に物語っていた。


「解った。ぼくも動いてみよう。できるだけ穏便に、波風を立てずにね」

「感謝する。また殴り合いにならなくてよかった」

「まったくだ」


 この屈強な男を向こうに回すなど、人生で二度はあって欲しくないものなのだから。

 さて、となればやるべきことはひとつだ。

 いま手元にある謎と情報を〝彼女〟に届けるべきだろう。

 それでどんな出目になるかは、さすがに想定できない。

 何せ彼女は、


「魔女、か」


 自分の声が、僅かな高揚感を含んでいることを、ぼくは否定しなければならなかった。


 そうして、放課後。

 誰も使っていないはずの空き教室で。


「あら簡単。この七不思議は、共犯者の存在で解体できる。ピアノオバケには、早期のご退場を願いましょう」


 放課後の魔女、七不思議の第一号、透海(とうみ)(ちか)は。

 腰に手を当て、胸を張ってそう断言したのだった。


 ……本当、面白いひとだよ、君は。


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