第四話 これにて怪異の不在は断定される
「んー、容疑者の名前を挙げる前に、確認したいことが幾つかあるかなぁ」
他人行儀というよりは、思考に没頭している様子で、透海さんは指を二本立ててみせた。
「ひとつ、置き傘は、真実一本たりとも残っていなかったのか。ふたつ、盗まれた場所は玄関の傘立てからだけなのか」
「答えはどちらもイエスだね」
傘立てに傘は残されていなかったし、用心深く教室まで携帯していたものには手がつけられていなかった。
「それって、少しおかしいと近ちゃんは思うのよね」
「なぜ急に可愛らしい自称を……」
「だって、全部の傘がなくなったら、唐傘オバケは脅かせないでしょ?」
――それは、ひどく的を射た意見で。
彼女は、淡々と、自己の世界に没頭した様子で、続ける。
「もし、傘立てに一本だけ傘が残っていて、そのチョージローってひとがこれ幸いにと手に取って開いたら、よくも他人様の傘に手を出したなお仕置きだと、傘が脅かしてきた。そういう筋書きなら、ああ唐傘オバケが実在したんだなって、納得もできると思う。けれど、そうじゃない」
その通りだ。
現場には傘がなかった。
ただ一本を残して。
そしてそれは、唐傘オバケではなく、人を脅かしてもいない。
「ええ、つまり重要なのはその一点。方法や誰がやったかではなくて、動機の問題」
これが人為的な事件だとして、いったい何の目的で、百本近い置き傘を盗まなければいけなかったのか?
「答えは簡単で逆。盗む必要はなかった。ただ、そこに傘がないという状況だけが欲しかった。違う?」
「……なぜぼくに確認を?」
困ったように眉を下げ、口角を上げてみせれば、彼女は深くため息を吐いた。
「言ったはず。犯人はあたしたちの顔見知り。現状で該当する相手は、一人しかいない」
「恣意的な消去法だ」
「探偵ではないもの、あたし」
「確かに君は魔女だ」
魔女には魔女の流儀がある。
その役目こそを、彼女は押しつけられてこの部屋に幽閉されている。
占い。
訪ねてきた人物の問いに答えること。
ああ、そういうことか。
「つまり、透海さん、君はこう言いたいわけだ。犯人は茶太郎」
その、恋人である――と。
§§
「そこは初めから解っていたでしょう?」
怪訝そうにこちらを睨み、二度目のため息。
彼女はティーカップに口をつけ、舌先を湿らせてからはじめる。
すなわち、謎の解体を。
「えっと、あの娘――恋人ちゃんでいいか。恋人ちゃんは、チューノスケを以前から狙っていた」
「それは君の推理かい? あと、茶太郎だ」
「そう。でも、あたしは相談を受けていたから、ハルさんよりは情報アドがあったかも。ここ最近の雨が降ったりやんだりする天気は、恋人ちゃんが対象と接触を図るのに都合がよかった。あの娘はあわよくば相合い傘のチャンスを狙っていた」
高校生がそんな小学生のような展開を望むだろうか?
という疑問は、口から出る前に飲み込んだ。
ぼくらは自分のことを殊更大人のように考えるが、十数年後の視点から振り返れば、きっと幼稚なことばかり繰り返しているのだろう。
社会という巨大なシステムを前にして、真っ向から叛旗を翻すことも出来ず、かといって一歩引いた視点で俯瞰することも難しくて、流されるままに悩み、葛藤をする。
そんな自分を認めたくなくて、刹那的に生きて。
ならば、相合い傘を望むぐらいは、なにもおかしくはないはずだ。
この魔女が、悪徳のままにぼくへと間接キスを迫って、おちょくったのと同じく。
「けれど、問題はエータロウ」
「茶太郎だよ」
「その茶某が置き傘をしていたこと。これは由々しきことだった。アプローチをかけたくても、他の手段ではなかなか接触できない。だってその某は、結構人気者だった。違う?」
正解だ。
ぼくは自分を社交性のある人間だと言ったが、茶太郎ほど頼りがいのある男もいない。
彼は誰からも好かれている。
「そこで、絶対に上手く行くタイミングが必要だったの。直前まで傘が必要なくて、濡れると非常に困る瞬間」
「そうか。先週は持ち帰るべきプリント類が多かった」
「学校行事が持つ通知の側面。電子機器が発展しても、変わらない部分ね。七不思議もそういう所はあるのでしょうけど、いまは割愛。もし、そんな濡れられないときに大雨が降り、手元に傘がなく、置き傘もなかったなら、どう?」
「…………」
「スッと横合いから傘を差しだされれば、嬉しいと思わない?」
否定はできない。
いや、まだ予断がある。
「たまたま、という可能性もあるんじゃないかな? たまたま盗難事件が起きたとき、彼女は偶然にも折りたたみ傘を所有していて、善意で茶太郎を助けた」
「それは有り得ないの」
「なぜだい?」
「だって」
彼女は、まっすぐにぼくを指差して、こう言った。
「ハルさんが言ったんじゃない。あなたの親友殿は、雨にちっとも濡れなかったって」
「――っ」
「ええ、グッドな表情。いつも余裕綽々の耽美系が、冷や汗を掻きながら口元を強く結ぶ瞬間からしか摂取できない栄養素ってあるものね」
うっとりとした様子で、彼女は続ける。
「空手部期待のホープで、大柄な体付きの高校生が、女子生徒と相合い傘をして濡れないサイズの折りたたみ傘。そんなもの、普段から携帯しているわけがないの」
その通りだった。
どう考えてもかさばるし、そもそも必要性がないのだから。
「よって、こう結論づけることになる。恋人ちゃんは、初めから相合い傘をするつもりで大型の折りたたみ傘を用意していた。そんな計画を立てられる人間は、茶某のものも含めて、置き傘がすべてなくなっていると知っている人物でなくてはならない」
つまり、犯人は。
「恋人ちゃんってことでしょうね」
ぼくは。
彼女の推理を聞き終えて。
それでも悪あがきのように。
ひとつ、訊ねる。
「それでも、絶対に雨が降る確証なんて、なかったはずだ。これをどう説明する?」
透海近は。
魔女は。
「それは、前提でしょ?」
悪徳を煮詰めたような表情で、こう告げた。
「言ったはず。顔見知りで、相談を受けていたって。私はあの日、あの娘からこう訊ねられた。『あの日、あの時間、雨は降りますか?』って」
「ああ、それは」
それは、どうしようもない詰みの一手だ。
この魔女は、きっとこう答えたに違いない。
「ええ、絶対に雨は降らないでしょうね」
透海近。
予言の魔女。
彼女の予言は、100%外れる。
つまり現実の方がねじ曲げられて、ピンポイントであの時間、大雨になったのだ。
なぜなら彼女は魔女。
いまだ現存する、七不思議なのだから。
「透海さん」
「なに、ハルさん」
「君は、初めからこの事件を予期していたね? 相談を受けていた。つまり、置き傘を盗む可能性を理解していた」
それどころか、協力したんじゃないか?
なにせ百本近い傘だ。女子生徒一人で運び出すには手間だろう。
「うーん? 実行犯はあたしじゃないから、他に手伝ってくれたひとがいたんじゃない? でも、解っていたのはそう」
「理由は?」
「それも既に言ったはずだけど?」
景観を損ねるから、ない方がいい。
確かに彼女は、明言していた。
「透海さん」
「あたしを告発しようっていうなら、すこし考えたほうがいいかもね」
言いながら、彼女はポッキーの箱を取り出す。
蓋を開け、中身をぼくの見えるように傾ければ。
そこに、携帯端末がひとつ、お菓子の袋といっしょに収まっていた。
よりにもよって、録音状態で。
「いまの話を茶某にあたしは洗いざらい伝えてもいい。ハルさんの言葉を聞く限り、彼は男気のある人物でしょうから彼女を許すかも知れない。でも、はたしていままでと同じ気持ちで付き合えるかしら?」
「……君は」
なにが望みだと、問い掛ける間もなく。
魔女は、ニッカリと微笑む。
「だったら、必要でしょ、口封じ」
取り出されたのは、ポッキーが一本。
彼女はそれを、唇で浅く咥えながら。
悪徳に歪んだ、優越感に満ち満ちた眼差しで、ぼくへと問い掛けるのだ。
「ポッキーゲームって知ってる? 端からポッキーを食べていって、先に口を離すか折ってしまった方が負けなの。だから、もしハルさんが勝てたら――」
それ以上先を、言わせるつもりはなかった。
ぼくはズンと一歩を踏み出し、彼女へ迫り。
目を見開く魔女へ意趣返しを込めて、顔をいっぱいに近づけて。
ポッキーを、噛み折った。
「君の勝ちだ、透海近。この事件への、怪異の介入は否定された。唐傘オバケは欠席だ。おめでとう、君は漸く一歩、人間へ近づいたよ」
一息にそうまくし立て、ぼくはきびすを返して、教室を出る。
背後からは小さな舌打ちと。
「……次は、ハルさんといつ会える?」
そんな問いかけが飛んできた。
ぼくは振り返りもせず答える。
「またいつか、七不思議が姿を見せたときにね」
かくして、『翠城学園下駄箱の置き傘すべて盗難事件』は、魔女の勝利で幕を閉じたのだった。
……まったく。
これで共犯関係とは、ぞっとしない話だよ。
学園七不思議の2 『唐傘オバケ』――欠席
第一の謎はこれにて決着です。
次は二つ目の謎、つまり第三の七不思議を追います。
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