表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ぼくらは七不思議にヒトを視る  作者: 雪車町地蔵
最終章 桜吹雪の下の机事件

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

38/39

第四話 素晴らしき日々

 端末から鳴り響いたのは、ピアノの音色だった。

 音楽にそこまで詳しくなくともわかる、穏やかで、軽やかで、優しさに満ちた打鍵。


 ベートヴェン、ピアノソナタ第31番。

 その連弾。

 こんな常軌を逸した技巧の演奏ができる人間を、ぼくはひと組しか知らない。

 いや、むしろ思い知っている。


大枝(おおえ)先輩と、弦本(つるもと)先輩……?」

「ええ、素敵でしょ」


 陽光を受けてできる、葉桜の木陰が揺れるたび、音は活き活きと跳ねまわり、これが録音などではないことが、すぐにわかった。

 彼らは、いま演奏しているのだ。


 あの日、あの夕暮れ。

 衝突ばかりしていた彼らは、互いを認め合い、支え合って、高みへの片道切符をもぎ取った。

 月光の音色が降り注ぐなかで、絆を確かめて。

 それと、遜色ない旋律がいま、奏でられている。


「他ならない、あなたのために。あたしたちのために」

「なぜ……」


 音色が転調する中で放った問い掛け。

 透海さんは答えず、代わりのものを取りだした。

 お弁当箱。


 ぼくと彼女の前に置かれたそれ。

 促されるまま蓋を開ければ、卵料理が山のように敷き詰められていて。


「東雲茶某の恋人ちゃんと、それから冨塚(とみづか)柊子(しゅうこ)さんに手伝って貰ったの。ほら、柊子さんは実家が養鶏場だし」


 茶太郎をめぐる恋の三角関係。

 卵が先か、鶏が先か、茶太郎が優しくしたのが先、惚れられたのが先か。

 惚れた腫れたは四百四病の外、つける薬なんてないという。

 人を盲目にして、ひた走らせるそれは、誰を傷つけようともとまらないもので。


「……すねこすり」


 ぼくの足下を、あたたかなものが抜けていった。

 黒猫が机の前に座り、ひょいっとくわえていたものを置く。

 それは獲物でもなく、与えられた食べ物でもなく、一枚のしおり。

 まるでこれまでの記憶をとどめてと言わんばかりの、寓意的なアーティファクト。


「……訂正するよ」


 根負けしたのかも知れない。

 ぼくは、口元を弱々しく歪めて、内心をこぼす。


「ぼくがやりたいことは、もう終わっていたんだ」


 透海近の存在を記録するために。

 ほかの七不思議を判定するために走り回った日々。

 なんでもない学園での生活。

 それが、いまでは輝いて見える。


 共犯関係の彼女と過ごしたかけがえのない毎日。

 きっとそれこそが、ぼくのやりたいことで、欲しいものだった。

 特別な彼女と過ごすことこそが、特別だった。


 だからこそ、思い残すことはない。

 ないはずなのに。


「ハルさんは、あたしを存続させるために記録をしてくれたよね」


 彼女が言う。

 一等星の双眸を、キラキラと、どうしようもないほどの希望に輝かせながら。


「同じだよ。ずっと、刻まれていたんだ」

「……そうかな」

「そうだよ。みんな覚えてる。ハルさんのことを。春町(はるまち)遼遠(りょうえん)を」


 机の上に置かれていた携帯端末が着信。

 表示されたのはメッセージ。

 差出人は――多賀(たが)恵留(える)


「ほら、あのへそ曲がりですら『遼遠くんのことは、忘れられないだろう』だってさ。あ、いや……これはちょっと呆れてるっぽいけど……」


 困ったように首をかしげる彼女を見て。

 ぼくは、いよいよ限界だった。

 両の目頭を押さえる。

 あふれ出しそうなものを堪える。


 そんな資格はないだろうと思っていた。

 学園のすべてに敵対したぼくには、七不思議である春町遼遠には、魔女の空き教室のような居場所すらないはずだと。

 なのに。


「あたしはね、往生際が悪い」


 自分で言うのもなんだけどねと肩をすくめながら、透海さんは続ける。


「諦めも悪いし、へこたれてもやらない。不可能だーって言われたら、なんとかしてやるって考えちゃう」


 それは悪徳だ。

 人間の持つ、変えようのない(さが)だ。

 ひときわ色濃く悪徳を備える彼女は。

 だから。


「だから、絶望なんかしない。方法は、いま思いつきました」


 ピアノの旋律がピークを迎えるなかで。

 少女が、高らかに告げる。


「透海近から七不思議の魔女へと問い掛ける」


 その質問は。


「春町遼遠は、人間ですか?」


 その答えは。


「いいえ、人間ではありません」


 ――必ず、間違える。


 刹那、世界が淡く、鮮やかに、色づいた。



§§



「わぁ」


 少女が感嘆の声を上げる。

 ぼくもまた、起きた現象に見蕩(みと)れていた。


 咲いていたんだ。

 桜の花が。

 とっくに季節外れのものが、これ以上も無く。

 双樹桜が、満開になっていて。


 散っていく。

 熱い風に吹かれて、急速に花が。


「ああ、そうか」


 唐突にぼくは理解した。

 自身にいま起きていることを。

 そしてこれから起きることを。


 待ちわびた春を(はる)かに遠くして、桜の吹雪(ふぶ)く今日がある。

 世に、有り得ないことのたとえは数あれど。

 きっとこれは、とびきりに不思議で、とびきりに素敵な。

 だからこそ、生きていればいつかは巡り会う。

 思いもよらない、けれど確かにあると断言できる。


 〝奇跡〟――というやつの、形なのだろう。


 いまこの場は四月。

 桜花舞い散る入学式の、あの日あのときあの場所で。

 違いは一つ。

 孤高でしかなかった席が、二つに増えて寄り添って。


「春町遼遠くん」


 彼女が言う。


「あたしは、ひとりぼっちより、ふたりぼっちがいい。支え合っていこうよ、双樹桜みたいに」

「けれど、あれは、病気で」

「あら、知らないの?」


 笑った。

 少女が(あや)しく。

 悪徳に満ちた、艶然(えんぜん)たる顔で。


「それは四百四病(しびゃくしびょう)(ほか)、どんな名医も治せない病。そして、(すこ)やかなるときも()めるときも寄り添うのが、理想というものなのです! だから」


 差しだされる手。


「一緒に、生きようよ!」


 ぼくは。

 他の誰でもない、春町遼遠は。

 その手を。

 いま、とって――


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ