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ぼくらは七不思議にヒトを視る  作者: 雪車町地蔵
最終章 桜吹雪の下の机事件

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第二話 存在の綱引き

 係員の本来の役割は、魔女と七不思議に対するカウンターだ。

 未来を予言し、確定させ、不可思議と不条理を巻き起こす存在を牽制する役目を帯びている。

 あらゆる学生、学園のすべての味方こそ、七不思議の7『もうひとりのクラスメート』。

 〝災厄の予言〟から人々を守るもの。

 ……そのはずだった。


 けれど、透海さんは供物として捧げられた。

 理不尽な生贄にされた。

 彼女自身が、他の犠牲者を出さないために自分を捨てた。


 双樹桜の木の下で、花吹雪が舞う真っ只中。

 席につき続ける孤高の彼女を見て思った。


 ――本当に、美しいと。


 だから、彼女に肩入れする。

 役割は反転した。

 すべての学園、すべての害意から、魔女を守るために。


 特別を持たないはずの万人の味方が。

 唯一の例外として、特別を選んだ。


 おかげで、随分各所と揉めることになった。

 とくに、茶太郎とは、何度も衝突し、喧嘩沙汰にまで発展した。

 なにせ彼は、先輩や同級生に留まらず、後輩すらも敬うべき対象としていたのだから。

 そのロジックのなかで折り合いがつき、誰もを尊ぶのならば、特定の個人が犠牲になるのはおかしいと、他ならない彼が納得し、言ってくれたからこそ、いまは親友でいられる。


 七不思議の7 『もうひとりのクラスメート』は、抑止力であると語ってきた。

 ぼくには存在するだけで七不思議を抑え込む力があるし、万が一自身の存在が〝不在〟と確定されたとき、現行すべての七不思議を無力化――七不思議出席簿 裏巻に封じる機構が組み込まれている。

 ただ、それは七不思議のなかで最も危険性が高い魔女が野放しになったとき――ほかの七不思議が存在を固定化されたときに限るものだ。


「だから、透海さんには七不思議の在・不在証明をやってもらわなくちゃいけなかった」


 長い長い、苦しい日々。

 けれどそれも、ようやく終わる。

 この、暑く苦しい夏日に。


「これで最後だ。君のすべてに期待する。ぼく、春町遼遠の存在を――否定してくれないか」

「なに、を、いって……」


 見開かれた目。

 その中で一等星が、答えを探して揺れ続ける。


「えっと、冗談? だとしたら、やっぱりハルさんは下手っぴで」

「残念ながら」


 首を横に振れば、彼女はうつむき「わかってる」と呟いた。


「これまでハルさんは、一度だって怪異の実在を疑わなかった。学園の生徒だって、どこかで七不思議を疑わしいって思いながら、けれど目の前に現れて、はじめて嫌々飲み込むのに、ハルさんはそうじゃなかった。それは」


 彼女が言葉を飲み込む。

 けれど、そこまで論理を展開すれば、続きは明らかだ。

 ぼくという存在が、初めから怪異だったから。

 だから疑いなど、持つはずもなかった。

 それだけのことだ。


「……っ」


 顔を伏せたまま、歯を食いしばる透海さん。

 いま彼女が胸に抱く感情が、あまりプラスなものではないことぐらい、ぼくにもわかる。

 なにせ、長い付き合いなのだから。


「長くない……あっと言う間で、つい先日知り合って」

「知り合った日が、いまのぼくが生まれた日だ。だから、長い付き合いなんだよ、透海さん」

「…………」

「本来は、生じた瞬間には不在を突きつけられて、出席簿の裏巻に封じられるのがぼくだ。以前の春町遼遠も、その前も、もっと以前も、同じようにしてきた。けれど今回は、こんなにも一緒にいられたから」

「……ずっと、そんな気持ちでいたの?」


 顔を上げて、彼女が問う。

 真っ直ぐな瞳が、こちらを穿つ。

 そんな気持ちとは、どんな気持ちを指している言葉なのだろうか?

 春町遼遠にはわからない。

 ……ただ、相手を安心させるために、微笑むことはできる。


 透海さんが、息を呑んだ。

 そうして、顔をくしゃくしゃにする。


「他に方法はっ。ハルさんを犠牲にしないで、あたしが人間に戻る方法!」

「残念ながら、それはないよ」

「なんでっ」

「ぼくらはね、存在の綱引きをしているようなものだから」


 これが一番わかりやすいたとえ(・・・)だろう。

 人間、透海近か。

 怪異、春町遼遠か。

 残存できるのは、どちらかだけ。


「いいえ、いいえ。他に手段はある。ハルさんは間違ってる。在・不在証明は、確定さえできればどちらでも構わないでしょ? だったら」

「ぼくが実在していると証明する、そういってくれるのかい?」

「ええ、ハルさんがいなくなるのは、困るから。ほら、共犯関係だし、あたしたち」


 言い訳のような言葉をふるって。

 困惑の勝る笑顔を向けられても、ぼくとしては首を横に振るしかない。


「実在するのは春町遼遠じゃない。七不思議の7『もうひとりのクラスメート』だよ」

「なんで!」

「なんでもなにも、説明しただろう?」


 春町遼遠の人格は。

 あくまで透海近を美しいと思って発生したバグ。

 学園から魔女を守るという間違った挙動。

 であるなら、本来の在り方を肯定された瞬間、そのすべては。


「失われるさ」

「…………」

「問題は、そのとき『もうひとり』の力がどこまで波及するか、バグでしかないぼくには把握出来ないことだよ。もしかすると、透海さんの記憶や時間も消し去ってしまうかも知れない。想像の範囲になるけど、ぼくとかかわってきた時間はかなりの高確率で消えると思う」

「忘れちゃうの? ハルさんを、あたしが?」


 そういうことになる。

 ぼくとしても欲があるからね、覚えておいてくれれば嬉しい。


「もちろん、対策は取っている。というか、これはぼくを否定する場合でも必要なものだ」

「それは……出席簿……」

「その表巻だね」


 取りだした黒表紙をみせると、彼女は何かに気がついたのか、「まさか」と口にした。

 本当に聡いな、透海さんは。


「今日まで、ぼくはこの出席簿に記録をつけてきた。備忘録(・・・)。透海さんにかかわったすべての記録だ。これがバックアップとして機能するはずだから、在・不在証明を行う限り、透海近は実在証明が為される。最低限、君自身の行動と記憶は残るはずだ」

「あたしの、ために……ずっと……」

「楽しかったよ? 自分が物書きになったみたいな気分だった」


 一瞬の生涯において、なんとも物珍しい経験をさせて貰ったものだ。

 だから、図書室に収蔵された文芸部の著作〝突破〟には、いくらかヒントさえ貰ったものだった。


「あと、魔女が予言の対価に受け取るお菓子も、実は同じ働きをする。存在した(あかし)、記録、証拠という具合にね。だから、安心してぼくが不在であることを証明して欲しい。君は大丈夫だから」

「……このままじゃ、だめ?」

「それは、推理と役目を放棄するということかい? そうだね……あまり、オススメはしないかな」


 渋面になって、告げる。


「透海さんが言っているのは、消極的な役割の受容だ。君はやがて魔女として確定されてしまい、今度は透海近としての歴史が消失するだろう。そうなれば、記憶どころの騒ぎではない。パーソナルも、意志決定能力も、物事を覚えておくことさえも剥奪される。備忘録も、さすがにこれを補うことはできない」


 そうなれば、死ぬのと一緒だ。

 いままでのことを思えば、絶対に選択させるわけにはいかない。


「だったら」


 彼女はまだ何か言い募ろうとして。

 ギュッと拳を握った。


 小刻みに震えていた身体がぴたり止まり、背筋が一気に伸びる。

 大きな深呼吸。

 すっと俯いていた顔を上げたとき。


 そこに、一等星が、輝いていて。


「教えて、ハルさん。どうやって、あたしはあなたを否定するの?」

「方法はひとつだよ、透海さん。じつに簡単なことなんだ」


 それは。


「君は自身に問い掛けて、答えればいい。七不思議の7は存在するか?」


 この設問に。


「存在すると」


 ……ずっとこのときを待ち望んでいた。

 ぼくは魔女に、たったひとつ、自身の口で予言をさせるため、今日まで動いてきた。

 そのために、共犯関係になったのだから。


 なぜなら魔女の予言は。


「すべて、外れるようになっているからね」


 つまり、これこそが春町遼遠の、不在証明なのである。


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