第八話 これをもって第五の試験は落第とする
普段は授業のやり方に評判がいいA先生。
けれど忙しくなってくると、テストの出題や答えがあやしくなる。
普通なら、忙しくなったから、という理由に着目するのが正しいだろう。
けれど、こと翠城学園においては、別のアプローチもまた必要になる。
電子化だ。
図書室の蔵書アーカイブスにはじまったこの施策は、教員に個別の端末を与えるまでに至っていた。
当然のこの端末は、試験問題の作成に用いられる。
そしてA先生のテスト内容は、ここ数年安定していない。
では、そこから類推される事柄はなにか。
「A先生は、問題の作成と、その解答にAIを使っていたの。自分の授業内容を学習させて、そこからアウトプットを行うように」
AIという突然の要素のポップに。
反論しようと、恵留さんが噛みつかんばかりの舌鋒をふるう直前。
「これは東雲君経由で、A先生本人から証言が取れています。職員会議でも問題になっていたみたいだし」
なんて、封殺の一手を透海さんが披露してしまったものだから、場にはいたたまれない沈黙が流れた。
「……言い逃れではないかね」
「なぜ、これが言い逃れになるの?」
ようやく絞り出された恵留さんのセリフには力がなく、また一時の沈黙が流れ。
彼女は、無理矢理に奮起するが如く、オーバーなアクションで叫ぶ。
「それでも、私が関与したなどという証拠はどこにもないね!」
……すこしばかり往生際が悪いようにも思えるが。
翻って考えれば、多賀恵留に罪などというものはなく、己を弁論することは極めて正しく。
だからこそ、こちらも反証の刃を持って、論理的に応対することとなるのだ。
「ハルさん、お願い」
頼まれるまま、ぼくは携帯端末を起動。
恵留さんの前に割って入り、その画面を見せる。
「……謀ったのかい? この呼び出しもっ」
ずっと、眼中に入れさせしなかったぼくを、とうとう睨み付ける彼女。
そうもなるだろう。
なにせ端末に表示されているのは、A先生に貸与されている端末。そこから出力されるAIが作ったテスト問題と、これに対する解答だったのだから。
そして、その内容は実施されたテスト問題と完全に一致していた。
満点が取れないところまで、含めてだ。
「見てわかるとおり、このAIの中では、矛盾なく問題と解答が成立しているのだけど……逆に言えば、これはAIの基底データベースが、その矛盾を正しいものとして認知しているということ」
つまりと、魔女が続ける。
AIの学習データはA先生が用意したもの。
繁忙期にテストがおかしな問題を出力していたのは、AIに任せ、チェックもなく使用していたから。
これ自体が、満点を取れないテストの正体。
誰にも解決も答えを見いだせない、間違いだらけの問い掛け。
これに、ただひとり正当を出したものがいた。
問題文を読み解いてもわからない。出題者の意図など存在しない。正しい答えなどないものに、それでも正解を叩きだした人物。
すなわち。
「A先生にたびたび接触し、AIのデータベース自体を改竄する、閲覧することができた生徒。そう、多賀ちゃんだけが、可能だったのです」
「だとしても、私には動機が!」
「他の誰にも、こんなことをする必要性はなかったよね? 多賀ちゃん以外には。だって」
透海近が。
核心を突く。
「こんなにもあたしに、執着している。勝ちたかったんでしょう?」
「――――っ!」
目を見開き、顔を憎悪に歪め、透海さんへと飛びかかろうとする多賀恵留。
これをぼくはさっと遠ざけ、大人しくするように目配せ。
恵留さんは強靱な精神力で、己の醜態を押さえつけ。
まっすぐに、ぼくらを睨み付け皮肉を口にした。
「だからなんだね? おまえたちが証明したところで、私は痛くもかゆくもない。それとも……また芸もなく、いまの会話を録音しているのかな? そうして今度は、全校生徒に聞かせて、こちらの名誉を毀損して……言っておくが、そんな真似をすれば、本当に透海近、おまえは私を害した加害者に落ちぶれる! 付けいる隙だ、奪ってやるとも! 地位も、名誉も、賛美も! そのいけ好かない男も! おまえからすべて――」
「――残念だけど」
ヒートアップしながら、復讐に酔ったようにふるわれる弁論は。
ただ一言によって、すべての熱量を剥奪されるのだった。
魔女の、痛打によって。
「多賀ちゃんは、もう忘れるから。だって、あたしは今後一切、多賀ちゃんに連絡しないもん」
「――は?」
呆然とした顔つきになる恵留さん。
透海さんが、悪徳の滲み出る表情で愉快そうに告げる。
「これまで多賀ちゃんがあたしに執着できたのは、覚えていたからです。あたしが、ずっとちょっかいかけていたから。メールしたり、グルチャで話しかけたり、身の回りに透海近が存在するようにしていた。でもね」
そう、七不思議の1たる予言の魔女は、人々の記憶から常に失われていく。
ならば、もし、その接触の一切が断たれたならば?
「誰もが忘れる。そもそもテストで不正があったとか、議論が対立して白熱したとか、どうでもよくなって、噂は勝手に沈静化する。喧伝する人――多賀ちゃんの記憶からも、あたしが消えるから」
「あ」
「でも、なくならないものもある」
「ああ」
明晰な頭脳が、答えを先回りして理解したのだろう。
多賀恵留が、怯えたように、一歩後じさる。
透海近は座したまま、まるで王者のように横柄に、鷹揚に、結論を吐き出した。
「あたしを対象にしていた感情。あなたは今度、正体不明の焦燥感と敗北感に打ちひしがれ、身を焼かれながら、けれど理由すらわからなくて煩悶としつつ、消すことも忘れることもできないで、生き続けるの。一生涯ずっと、ね?」
「あああ!」
絶望に見開かれる多賀恵留の両眼。
口から漏れ出す恐怖の声にならない声。
魔女が、とどめを刺す。
「それじゃあ、さよなら多賀ちゃん。あたしが人間に戻れたら、また会おうね?」
言外に、二度と邪魔をするなと言い含められて。
そうしなければ人生が台無しになるぞと告げられて、多賀恵留は。
「ああああああああああああああああ!!!」
ただ絶叫し、その場から逃げ出したのだった。
二度目の逃走。
きっと彼女は、今後も逃げ続けるのだろう。
もはや、選択肢は閉じてしまったのだから。
§§
「しかし、よかったのかい?」
多賀恵留が去った空き教室で、ぼくらはお茶を酌み交わしながら、アフタートークをしていた。
正確には、総括とでも言うべきことだが。
「なにが?」
不思議そうな顔をする透海さんに、「マッチポンプだよ」と言う。
彼女はこれまで、多賀恵留をギミックに組み込むことで、学園という土壌を用いた七不思議の収穫を行ってきた。
多賀恵留自身は気が付いていなかったが、彼女は歯車の一つに過ぎなかったのだ。
同様に、学生諸君も同じように扱われていた。
しかし今回の一件で分断に至り、修復不可能に見える関係の崩壊を招いた以上、解決方法は限られる。
そう、透海さんが接触を断ち、全て忘却させることだ。
モヤつく環状は残るとしても、表面上の醜聞、問題は綺麗さっぱり消えてなくなるだろう。
逆に言えば、これらを成立させていた深謀遠慮、ギミックの類い。
言い換えれば姑息で阿漕なやり方を、今後できなくなる。それでも構わないのかと問えば。
透海さんは、はにかんだような表情になって、こう答えた。
「いいよ。だって、一番欲しかったものは、近くにあるから」
「欲しかったもの?」
「……本当、ニブチン」
なにを言われているかわからない。
解るわけもない。
ぼくには人の心がないのだから。
だから、さっさと本題に入る。
「さて、これにて学園七不思議の6 絶対に満点が取れないテスト は、ある種の実在が証明された。おめでとう、透海近。君はとうとう、最後の七不思議に挑む権利を得た」
「うむ、苦しゅうない。よきにはからいなさい」
「つぎはいよいよ七番目。『もうひとりのクラスメート』だ。さて、この七不思議に関しては、他とはいささかルールが異なる。やって貰うことは、存在の否定だ」
「人為であると証明すればいいのね?」
「いや」
そうではない。
怪異であるとか、人為であるとかではない。
文字通りの在・不在証明。
「それは常に、この七不思議にまつわる事件を記録し続けてきた。すべての怪異の証明を執り行ってきたといってもいい。逆に言えば、七番さえ消滅すれば、振り返って一番まで――つまり、魔女までの七不思議は消え去る。つまり」
「あたしは、人間に戻れる……?」
「その通りだよ」
ぼくはゆっくりと立ち上がる。
マグカップを机に置き。
彼女の前に立ちはだかる。
「だから透海近。君には是が非でも挑んで貰う。存在を否定して貰う」
「なにを勿体ぶってるわけ? そんなにいろいろ言われなくたって、あたしはちゃんとするから」
お気楽そうにケラケラと笑い、彼女はこちらを見詰めて。
そして。
「……ハルさん?」
さっと顔色を青ざめさせた。
ぼくが、あまりに真剣な顔つきをしていたから。
「それでは告げるよ。翠城学園七不思議の第七番『もうひとりのクラスメート』」
それは。
「ぼく、春町遼遠だ」
「え?」
「さあ、ぼくを抹消してくれ。不在を証明してくれ、透海近」
だって、それだけが。
「君が人間に戻れる、唯一の方法なのだから」
春がゆき、夏が来る。
透海近と春町遼遠。
ぼくらの関係性がいま。
決着を、向かえようとしていた――
七不思議の6 絶対に満点の取れないテスト 出席




